こんな「島」なら、死んでもいい――。


 その考えが、誠の思考を満たしていく。


 燃えるような赤い太陽が、墨汁のような海の果てに沈む。

 すべては立体感を失ってシルエットと化し、雲一つない夜空には南十字星の四つ星がちかちかと輝いていた。

 既に、手帳のページは暗がりに紛れ読めない。

 しかし、まだ死ぬわけには行かない。

 まだ、澪の心を開く出来事イベントが終わっていない。この後に澪も誠への態度を改め、徐々に胸襟きょうきんを開いていくことになるのだ。

 震える腕をゆっくりと持ち上げ、文章の続きを書こうとする。

 その瞬間――ぽとり、と鉛筆が手から零れ落ちる。

 ――ああ、もう、駄目なのか。

 視界が霞み、南十字星の光が薄れる。波の音がいつのまにか消え、辺りは完璧な静寂の世界になっていた。

 夜空の天辺てっぺんで輝く月の光だけが、誠の網膜をかすかに刺激する。


 ――俺は、駄目な男であった。


 手帳が手元から滑り落ちる感触。

 身体の感覚がみるみるうちに失われ、誠は夜の中に浮かんでいるような錯覚を覚えていた。


 ――軍人としての務めも果たせず、さりとて守るべき情もうしなってしまった。

 今の俺は、誰からも欲されないのだ。なんと哀れで惨めな存在であろうか。

 もし彼女が俺を見れば、失望するだろうか。あるいは怒りに何も言えなくなるであろうか。


 身体を包んでいた熱気は消え失せ、手足の先からは、常夏の島とは思えない寒気が這い寄るように上ってきていた。


 寒い――。


 ちかちかと瞬く星が、たちまち無数の雪へと変わる。

 空から降り注ぐ細雪ささめゆきに、家も、道路も、すべてが白く沈黙していた。


 ここは、どこだっけ――、


 辺りを見回そうとしたとき、後ろから声がかかる。


「誠くん、何しとるの。はよう帰らんば、冷えてまぁよ?」


 振り返ると、少女が立っていた。

 手に息を吐きかけ、寒そうにしている。

 その瞬間、誠は思い出していた。


「ごめん、京子。俺、おにひで事、言うてしもて……、

 俺、本当は……」


「わかってるよぉ、誠くん。

 大丈夫あちこたねえ大丈夫あちこたねえらすけ」


 京子が微笑む。

 俺は、京子の手を取る。京子が、そっと俺の手を握り返す。

 無音の町に、ふたりの足音だけが、響いていく。



**



 神殿の中は、外から射し込む松明の光にぼんやりと輪郭を浮かべていた。

 内部は静寂の底に沈んでいる。先ほどまでここで大声を上げていた観光客も、島民たちも、既にどこかへと姿を消していた。

 神殿の最奥部の壁には、人骨が架けられている。人骨の手前にあつらえられた祭壇には、色褪せたカーキ色の鉄帽と軍服、一本の軍刀、そして今にも解けそうな擦り切れた黒革の手帳が厳かに飾られていた。

 ざり、という足音が、暗闇に響く。神殿の入り口をくぐる何者かの影が、石畳の上に投げかけられる。

 闖入者ちんにゅうしゃは、ゆったりとした足取りで神殿の中を進む。足音に交じり、かつん、かつんという甲高い杖の音が闇の中に反響した。

 彼女は、震える手で黒革の手帳を取り上げ、ページをめくる。よほど滑稽な内容だったのか、くすりという笑いが、彼女の口から洩れた。

 やがて、人骨のもとへと着いた彼女は――ゆっくりと、人骨へ手を伸ばし――その亡骸の、右手を――その両手で、やわらかにつつみこんだ。

 そして、ちいさな、ちいさな声で――ぽつりと一言だけ、呟いた。




〈了〉


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ドキッ★ときめきトロピカル淫習アイランド ~ひと夏の南国生活と恋の行方~ デストロ @death_troll_don

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