七不思議のお約束
二条颯太
滝野西高校ミステリー研究会
滝野西高校ミステリー研究会の主な活動内容は、課題の本を決めて感想を述べる批評会と視聴覚室でミステリー映画を見る上映会の二つ。
私は特段ミステリーが好きというわけではない。部活強制加入という昨今の時世にそぐわない学校の方針で、仕方なくミス研に籍を置いているだけだ。
幽霊部員になればいいものを毎日足しげく部室に通っている。
一番の理由は静寂と平穏。家に帰ればアル中の父に殴られるだけだから部活を免罪符に帰宅時間を遅らせているというわけ。
母もDVの標的になっていて最近は家を空けることが多くなっていた。私のことを心配してたまに戻ってきては、父に見つからないようそっとお金を渡してくれる。
親なら子を守れよなんてことは微塵も思わない。母は私の何倍も殴られているし見捨てないだけ立派だ。
複雑な家庭環境の話はこれまでにしておく。
ミス研の部室には長机が二つと異様に軋むパイプ椅子。両サイドの本棚には小説がびっしりと詰まっている。
既に部長と後輩のチカちゃんがいて、推理小説片手に談笑していた。
チカちゃんが小さく会釈をしたので小さく手を上げて応える。そして名残惜しそうにしながらチカちゃんは自分の席に戻った。
不本意ながら邪魔してしまった。
チカちゃんは部長に恋をしている。推理小説のトリックを一度も見破ったことのない私でもこれだけは断言できる。
気まずいけど帰るのも違うので、謝罪の意を込めて扉に近い下座に腰を下ろした。
ミス研に在籍する部員は8名。三年生は部長を含めて6人いるけど、ほとんどが他の部活と掛け持ちをしていて批評会の時にしか顔を出さない。
来年は必然的に私が部長になる。そして高確率でミス研は部活から同好会に格下げされると思う。
それからは静かな時間が流れた。聞こえてくるのは吹奏楽部の音色と異様に響く野球部の声だけ。
平穏なまま下校時刻を迎えると思いきや今日は違った。
「時に棗君、滝野西高校の七不思議を知っているかい?」
突然質問をされてシャーペンの芯が折れた。数学の課題の手を止めて考えてみたが、七不思議のなの字も聞いたことがない。
無言で首を振ると、同じ質問がチカちゃんに投げられた。
「わ、わたしも知りません……」
蚊の鳴くようなチカちゃんの声はページをめくる音にすら負けているので、前屈みになって聞く必要がある。
「やはりか。オレもネットワークを駆使して探したが発見できなかった」
「それって単純に七不思議がないんじゃ?」
「ミステリーを愛する者としては悲しいね」
「私は別に」
「チカ君はどう思う?」
「わ、わたしは残念です」
意見が割れた時、どんな暴論だろうとチカちゃんは部長側につく。
一般的にはあざといとかこすいとか思われがちだけど、好きな人に振り向いてもらおうと努力するチカちゃんを嫌いになれない。
「ないなら七不思議を作ればいい」
また始まった……と思うが、チカちゃんはアーモンド型の瞳を輝かせている。
「オレたちの作った七不思議が未来永劫語り継がれる。これがどれほど名誉なことか君たちには分かるかい?」
「す、すてきです!」
「誰の目にも留まらない部誌を発行するより遥かに有意義な活動だ。棗君の意見を聞かせてくれ」
1VS2の構図が出来上がった時点で何を言っても無駄。
結果として乗り気な二人と一緒に半強制的に七不思議を作ることになった。
「音楽室の肖像画の目が動く、夜になるとピアノが音を奏でる、これらが定番だがそんな出涸らしのような七不思議を語り継ぐつもりは毛頭ない」
部長は大仰に手を広げる。
「七不思議で重要な要素は──死。これに尽きる」
「それこそ出涸らしですよ」
「そう思うのは実際にこの高校と死が絡んでいないからだ。校庭の桜の木で誰かが首を吊って自殺すれば確実に後世まで語り継がれるだろう」
「インパクトはありますけど、そんな都合よく自殺は起きませんよ」
「起きなければ起こせばいい」
部長はクソ真面目な顔をして言った。
そしてチカちゃんの肩を掴むと希望に満ち溢れた目を向ける。
「わかってくれるな、チカ君」
「えっ? ぁ、はい??」
「七不思議の一発目に相応しいのはチカ君の死だ」
「ぁー……えぇっ!?」
チカちゃんは部長の提案よりも肩を掴まれて距離が縮まったことに驚いている。
余りにもしょうもなく突飛した意見に付き合うほど暇じゃないので、私は先に失礼させてもらう。
「では、お疲れさまでした」
邪魔者は消えたので後は下校時間まで二人の時間を存分に楽しんでもらいたい。
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