私の誤算
結局夜まで事情聴取を受けて、自宅に戻った時にはお気に入りのドラマも終わっていた。
先輩としては七不思議というワードを広めて欲しかっただろうけど、頭がおかしい奴だと思われるのは嫌なのでその点に関しては沈黙を貫いた。
先生は最後の最後まで私が部長を殺したことを疑っていたけど、警察が現場検証をしていたので自殺と断定されるのも時間の問題だと思う。
それはそうと私の計画は大きく狂ってしまった。本来なら死んでいたはずなのに今もこうして息をしている。
自分なりの終活をして今朝家を出たのに……。
「あーあ、どうしよ」
私の前には血だらけの父の死体が転がっている。
100箇所近く刺したので腹部周りはぐっちゃぐちゃだ。
美味しい臭いを嗅ぎつけたのか数匹の蝿が天使の輪のように父の頭上を旋回していた。
正直、この状況は言い逃れられない。指紋はふき取っていないし、父の爪の間には抵抗された時に抉られた私の皮膚が詰まっている。
指を全部切断しようか……いや、そんなことしても警察はすぐに私に辿り着く。
「死にますか」
やっぱりそれが一番丸い。
このまま生きていてもろくな人生を歩めないのは自分自身が一番理解している。
包丁で心臓を一突き──と思ったけど、部長のこの世のものとは思えない顔を見た後では勇気が出ない。
ここは王道の首吊りでいこう。
納屋から持ってきたロープを梁に通して輪っかの中に首を入れた。
後はこの椅子を蹴とばせば全てが終わる。
母に宛てた遺書は残しておいた。恥ずかしくて言えなかった感謝の言葉も父を殺した後ならスラスラと書けた。
未練や後悔はないので簡単に死ねる。
しかし、
「……ん?」
足が接着剤でくっついたように椅子から離れない。潜在的な恐怖? それにしては心は穏やかだけど。
すると箪笥がひとりでに倒れた。こんな時に地震……いや、全く揺れていない。
無人の台所からラップ音が響いて、意思を持ったように包丁が宙を舞った。放たれた矢のように一直線に飛んだ包丁は、ロープを切って壁に突き刺さる。
私はもう死んでいて幻を見ているのだろうか。
頬を抓るという古典的な方法を試すと、痛覚は失われていないことがわかった。
だとしたらこれは何だ。こんな摩訶不思議で奇想天外で奇々怪々なことが現実に起こり得るなんて信じられない。
「──あっ」
一つだけ心当たりがあった。
この状況で私の自殺を何としてでも阻止する人物。
「部長ですか?」
ラップ音が止んだ。
「えぇ……」
まさか本当に霊になって出てくるとは。
「自殺の邪魔しないでください」
抗議するように本や新聞が飛び交う。無視して自殺に踏み切ろうとしても体を内側から制御されてしまう。
尚も抵抗を続けると腸を捻じられたように腹部に激痛が走った。
私の体は部長に掌握されていた。幽体にも慣れてきたのかどんどん部長の力が増して幅が広がっている。
体の主導権を奪った部長は椅子から下りて遺書をガスコンロで燃やした。
父の死体を浴室に運んで包丁で細かく切り刻みながら大量の血を洗い流す。
私はただそれを眺めるだけ。視覚はあるけど声は出せないので、一人称視点の映画を見てるみたい。
その時、シャワーの音に紛れて玄関の扉が開く音が微かに聞こえた。
部長はシャワーを止めずに血と水滴が混じった足で浴室を出る。
私の耳が大量の血を発見して驚愕する母の声を捉えた。
駄目、それだけは絶対に駄目。
主導権を奪い返そうとするが、意思に反して手が包丁を掴む。
走り出した私は母を滅多刺しにしていた。
生気が失われた瞳と何度も目が合う。
どうしてこうなったんだろう。
「オレに任せておけば棗君は絶対に捕まらない」
風呂場で二人分の死体を処理しながら部長が呟く。
部長? でもこれは紛れもなく私の声だ。
もう部長でも私でもどっちでもいい。
「霊体になっている間にチカ君を発見した。死んだことを受け入れられずに彷徨っていたらしい」
それを証明するように風呂場のライトが付いたり消えたりを繰り返す。
「さぁ、七不思議を広めようじゃないか」
霊体に操られる私という存在が七不思議に含まれていないのは可笑しい。
そう思っても自分の意思で笑うことすらできない。
私は鼻唄交じりに包丁を振り下ろすのだった。
七不思議のお約束 二条颯太 @super_pokoteng
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