テトラ・ビブロス~異世界転移した司書(俺)の四書が、最強な件~

蒼乃ロゼ

異世界転移した司書(俺)の四書が、最強な件

「────貴様、よりにもよって魔力無しじゃな!?」

「はぁ!!??」


 とある休日。

 毎月恒例、給料日後に本屋で4冊の本を買う儀式。

 本を購入した俺は、いそいそと。

 それはもう、読むのを楽しみにしていた本が手に入ったもんだから、ウッキウキで本屋を出た。


 ……出たはずなんだが、なぜか俺はここにいる。

 どこだよここ。


「神官長、どういうことじゃ!?」


 めちゃめちゃ偉そうなおっさん。

 もとい、豪華な服装から察するに王様みたいな人が白い装束のおっさんを罵倒する。

 地獄だ……。


「そ、それが召喚の儀式はとどこおりなく成功。魔力の高い異世界の人物を召喚した……、はずなのですが……」

「ええい! わしの眼はごまかせんぞ!」


 白髪しらが白髭しろひげの王様は、なにか呟いたかと思うと俺を凝視ぎょうしする。

 なんなんだ。


「────……っ」

「……?」

「指先……」

「ゆびさき?」


 自分の手を見てみる。

 特に異常は見当たらない。

 この状況の方がよっぽど異常だ。


 変に落ち着いているのは、手元に4冊の本がある以上これは現実だと認識しているから。

 異世界ファンタジーの本もよく読んでいた俺は、妙に受け入れが早い。

 いや、まさか自分が実際になるとはぜんぜん思ってなかったけどな!?


「指先に、わずかに……魔力が……」


 絶望した顔で俺の指先を凝視する王様っぽい人。


「……もしや、貴様の世界では魔力は一般的ではないのか?」

「え? そりゃぁ、そうでしょう。魔法なんて使える人はいませんよ」


 絶望して最初の勢いを失った王様は、全てが終わったとでも言いそうな表情だ。


「へ、陛下──」

「ええい!! こうなった以上、どうしようもないわ!

 そいつは牢屋にでも入れておけ!!」

「っはぁ!?」


 牢屋!?

 勝手に召喚とやらをしておいて、それはないんじゃないか!?


「ちょ、イキナリ召喚ってのされて、こっちはワケが──」

「魔力無し、……いや。ゴミ魔力になんぞ用はないわ!! 貴様の処分は追って伝える。連れて行け!」


 おいおい待てよ。

 いきなり牢屋、って展開はさすがに読めなかった。

 そもそもこいつらは何で召喚なんてしたんだ?

 妙に慌ててるみたいだし。

 周りを見回せば、俺へ対応する人員とは別に色んな職種の人がせわしなく動いているようだった。


 そこへ甲冑を着た兵士が俺の元にやってくる。


「立てっ!」

「えぇ!?」


 本気だ。本気で牢屋に入れる気だ……!

 早く、逃げないと。

 

 ……かと言って、王様が言うには俺。ゴミ魔力なんだろ?

 状況を打破するような策はない。

 ここは大人しくしとくのが正解……なのか?


 策も無い俺は両手を縛られ、大人しく兵士二人に挟まれ着いて行く。

 足取りは重い。

 豪華な広間を出て、同じく豪華な廊下をずんずんと進むと次第に装飾のない簡素な通路になる。


「な、なぁ」

「黙って着いて来い」

「……」


 せめて、何が起きているのかだけでも知りたい。

 そうでもなきゃ、自分の立場も分からない。


 王様は、異世界から魔力の高い人物を召喚したかった。


 ってことは、ここはもちろん異世界で、王様は力が欲しかったワケだよな?


 なにかから国を守るため?

 それとも──。


 しばらく黙って着いて行くと、今度は地下に降る階段が見えた。

 石造りのそれは、見るからに冷たそう。

 11月の気候に合わせた俺の服装では、若干寒すぎるように思える。


「マジかよ」


 本気の牢屋。

 人生で初めて見る。


 ごくごく普通の司書として働いていた俺には、それはあまりにも現実離れしていた。

 いや、今の状況もそうだけど。


「入れ」


 抵抗する気力も失せた。

 牢屋に入る前に、俺の心からの楽しみである4冊の本が入った鞄が奪われた。

 あぁ、せめてそれ読ませてくれよ……。


「いいか、脱走するなんて考えるなよ。

 ……まぁ、ゴミ魔力じゃ無理だろうがな!」

「ハハハ! ちがいない」


 それだけ言うと、兵士二人は見張りの兵士に何かを言づけて去って行った。

 一々ひどい奴らだな。


「最悪だ……」


 少し。

 ファンタジーな物語が好きな俺はほんの少しだけ、異世界というものに憧れを抱いていたが。

 見事に、期待を打ち砕かれた。



 ◇



「なぁ」

「!?」


 俺は横になっていた。

 最初の淡い期待、驚き、色んな感情が一気に絶望に追いやられ、考えるという気力も奪ったからだ。

 あまりに冷たい床。ゴロゴロと転がり摩擦で熱をとろうと試していると、目の前の牢屋から声が聞こえた。


「だ、誰だ……?」


 会話は誰にも遮られることなく続けられた。


「オレ? オレはウル、魔族だ。あんたも不運だなぁ」

「ま、魔族!?」


 さっきの王様たちは、見た目だけでいうと俺と同じ人間に見えた。

 この声の主の姿は、互いの場所が暗すぎるためハッキリとは見えない。

 俺よりも低い声は、一言でいうとイケボ。

 牢屋という場所には不釣り合いで、妙に落ち着いている。


 かろうじて通路の灯りのおかげで、輪郭だけが見える。

 向かいの牢屋では、片脚を立てて一人の男が座っているようだった。


「ここに連れて来られたってことは、重罪人なんだろ?」

「はぁ!? イヤイヤ、なんもしてないって!」


 むしろ害を被っている側だが!?


「そうなのか? ここには人間どもの魔封じの結界が張られている。

 重罪人か、……もしくは魔力の高い重要人物が連れて来られるんだが……後者だったか」

「あ、いや。俺、王様? が言うにはゴミ魔力らしいけど」


 どこかコロコロと面白そうに言葉を紡ぐ、魔族のウルとやらに影響される。

 俺も少しずつだが落ち着きを取り戻していた。


「へぇ。……ってことは、珍しいスキル持ちか?」

「スキル?」


 まるでゲームのような単語が出てくる。


「あるいは、『鑑定』で見破れなかった……か」

「鑑定? ……あぁ、王様の?」


 あの時指先を凝視していたのは、『鑑定』ってスキルで俺の情報を集めようとしていたのか。


「そっ。なんだ、人間にしては面白いヤツだな、お前」

「いや、何にも面白くないけど……」


 いったいどこに面白さを感じたんだ。

 ウルという奴の感性がよく分からない。


「名前、なんていうんだ?」

「俺? 本多唯人……あー、こっちで言うとユイト・ホンダ?」

「ユイトか、何かの縁だ。覚えておこう」

「あ、うん……?」


 覚えておこう、って。

 まるで、牢屋に居るってことを忘れてるかのように言うんだな。

 ウルってのは不思議な魔族だ。


「ところで、何か面白いスキルでも覚えているのか?」

「い、いやそもそもスキルってのが何なのか……」

「? おかしなヤツだ。自分の魔力を感知できているなら、スキルも認識できるだろう」


 自分の魔力、か。

 指先を見てみる。

 王様が言うには、指先から、ほんのわずかに魔力が流れているらしい。


「うーん」


 集中。意識がまるで体の中を巡り、体内から指先を通って外へ飛び出すような。

 魔力と自分の意識を、繋げるように。


 ……?

 なんだ、妙に指先があったかい。


「──うわっ!?」


 ぬるま湯に触れたかのような温かさを感じたと思えば、目の前にはゲームのステータス画面のようなものが現れた。

 そこには自分の情報はほとんどマスクされていて、代わりに【スキル】という項目だけが分かりやすく表示されていた。


「……【テトラ・ビブロス四書】?」


 たった一つだけ、そこには書いてあった。

 説明も、何にもない。


「ほう」

「いや、なんだこれ」


 ワケは分からないが、その名前には覚えがあった。


 四書ししょ


 俺が、毎月4冊の本を買おうと決めた理由。

 それがスキル名、ってのになっているのが謎だが。


「どんなスキルなんだ?」

「いや、俺にもさっぱり……」


 司書の資格を取るために、俺は大学に通っていた。

 そこで西洋史といった歴史の授業をいくつか受けていた俺は、その単語に出会う。


 それは特定の『なにか』を指す言葉でもあれば、『四巻からなる書』という意味も持つ。

 

 経典のような、何らかの教え。

 あるいは研究の成果を示す本。


 その単語に出会った本好きな俺は、やがて司書となり。

 仕事上、子供への読み聞かせの機会が多い俺はどちらかというと絵本を手に取る機会が増えた。


 プライベートで文学や実用書の読書量が減ったと感じた俺は、『四書』という言葉を思い出し。週に1冊。月に4冊。


 司書ししょ四書ししょをかけ、それだけは毎月の楽しみとして本を読もうと決めた。

 話題の本や面白そうな本を自分のために選書して、利用者さんにも薦められるように。


 ……まぁ、若干中二っぽさが出てるかもしれないが。


「お」

「ん?」

「動いたか」

「なにが?」

「オレの部下だ」

「──え!?」


 部下。部下ってことはつまり……魔族!?


「あ、あのー。もしかしてなんですけど」


 なぜか敬語になる。

 ウルがここに捕らわれているってことは、つまり?


「なんだ?」

「ウルたちと、王様たちの国って──」

「あぁ。奴らが攻めてきたからな。とりあえずオレが捕まったことで、『取り返す』って口実ができたな」

「デスヨネェ」


 異世界ファンタジーのイメージ。

 人間と魔族が対立の構図。

 どうやら、間違っていなかったようだ。


 というか、魔封じの結界があるのにウルはなんで分かるんだ……?



 ◇



「ねぇ、まだですの?」

「まだですよ。彼の合図がないですから」

「……ヒマ」

「めんどくせぇな」


 愚かにも魔族領に侵攻しようとした国の王都。

 その一角にある王城の側で、今か今かとその時を待ちわびる。


「リアリア、我慢して」

「カルナったら、貴女だって心配でしょう?」


 ぶっきらぼうな顔して、本当は誰よりも心配しているくせに。

 腰元の双剣を、無意識に握っているのがバレバレなのよね。


「あいつに心配は不要だろ」

「バドラート、不敬ですよ」

「メノンよぉ、堅すぎな」


 男どもは相変わらず。

 はぁ。バドラートもメノンも。

 顔はイイけれど、あの痺れるような雰囲気はない。


 何者も寄せ付けず。何にも屈せず。

 そんな恐ろしいまでの美しい魔力をお持ちなのに……。

 同族に対してだけは、とてもお優しい。


 今回だって、わざわざ遠回りしてまで人間どもに絶望を与え、魔族に手を出させる気を失わせようとしている。

 計略とは分かっていても……、気が気でない。


「おや」

「どうした」

「何やら、楽しそうです」

「へぇ? 俺にゃぁ、感じねぇな」

「筋肉バカには分からないでしょ」

「お前もだろーが、カルナ」

「もぉ、どっちもどっちでしょ」


 メノンの言う通り、あの方の魔力は少し前と比べるとどこか和らいでいる。

 ……というか、あら?

 結界が、弱まって……?


「おかしいですね。いくら彼が強大とはいえ、結界自体に干渉はしていないはずですが」

「楽しそうなのと関係あんのか?」

「でしょうかねぇ」

「とりあえず、奴らが逃げれないように四方でも囲っとくか?」

「そうですね、そうしましょうか」



 ◇



「ええい、すぐに兵を向かわせろ!!」

「陛下―っ! すでに四方を魔将軍に囲まれています!

 兵を分散すれば、容易く突破されてしまいますぞ!」

「ぐぬぬ……! 冒険者どもの隊を二つに分けよ!」


 なぜ、こうなった。

 魔石の豊富な魔族領。そこは各国が狙う場所であり、忌々しい魔族どもの住まう場所。


 近隣三国が足踏みをしている中、先駆けようと腕利きの冒険者とやらを集め、魔族領の集落一つを攻め落とした。

 魔王との取引材料になればと、そこを治める『ウル』という若者を捕らえたはいいが──。

 そいつを捕まえた途端、集落は忽然と姿を消した。

 わしらは魔族共の、掌の上だったとでも言うのか。


「陛下――っ!!」

「今度はなんじゃ!?」

「そ、それがっ。地下の結界が、消えているようでして……!」

「──なにぃ!? あそこは神官らが常に結界を張っておるじゃろう!」

「わ、わたしにも理由は……。異世界人を放り込んだ直後、そうなったようでして……」

「!? あやつ、まさか……スキルか?」


 なんてことだ。

 『鑑定』では魔力の流れしか視えなかった、異世界人。

 名も知らない黒髪の男は、見るからに弱そうであったが……。まさか、未知のスキルを備えていたとでも言うのか。


「い、如何しましょう。地下にはあの者が」

「……交渉じゃ」

「え?」

「兵の四分の一は奴を逃がさんよう、しっかり見張っておれ」

「え!?」

「わしが、魔将軍と交渉をしようぞ」


 恐らく、『ウル』という若者を助けに来た魔族たちの将。

 魔族は冷徹で残忍だが、同族間の情は厚いと聞く。……同族を盾にされれば迂闊な真似もできまい。


「ふん」


 何が魔族だ。

 魔力が強いとはいえ、所詮数の少ない種族。

 大陸の大多数は人間の領地。

 同盟国の名を出せば、奴らも考え直すだろう。

 デカい顔をしていられると思うな。



 ◇



「……そろそろ、行くか」

「え?」

「ユイトも来るか? 面白いものが見れるぞ」

「えぇ?」


 大体、ここから出る術もないってのに──


「──!?」


 そう思っていると、目の前の格子が轟音ごうおんと共に文字通り吹き飛んだ。

 な、何が起きたんだ!?


「ふむ。……やはり」

「なにしてんのー!?」


 吹っ飛んだ格子の奥から、徐々に近づいて来るのは……背の高い男。

 それも、とびっきり綺麗な顔をした。

 俺と同じ黒い髪は、長い。


「う、わー」

「? どうした」

「いや、いろんなこと同時に考えて」


 吹っ飛んだ格子にも驚いたし、ウルの風貌。魔族だからか先のとがった耳。イケメンで背の高い、イケボ。現実離れしたカッコいい男とやらを見た衝撃。

 

 なんだか一度にいろんな情報が巡って、とにかく「うわぁ」としか言えない。

 語彙力が……。


「行くぞ」

「でも、見張りいるし……」


 牢屋から出られるのはありがたいが、どう考えてもここで逃げたら国に追われる立場になる。

 せめて、誰にもバレずにってならその提案には乗りたいところだが……。


「奴らなら夢の中だ。お前のおかげだぞ、ユイト」

「? どういう」


 確かに重要人物とやらが収監されるには、えらいザルな警備だなぁとは思ったけど。


「なんだ、無意識か」

「よく分からんけど、こっそり抜け出せるなら……いいか?」


 良くはない。場合によっては手配書だのが出回って国中を追われるだろう。

 でも、少なくても俺はこの国に居ない方がいい気がする。

 第一印象が最悪だったからな。


 どうなるかは分からないが、状況を打破する提案。

 今はそれに懸けるしかない。



 ◇



「──そなたが、魔将軍か」

「はい。メノンと申します」


 人間の王。

 小柄ながらも健康的な体つきは、いい生活をしているのだと思わせる。

 何らかの決意をして人間の総大将が出てきたのだ。

 にっこりと、温厚な態度を見せてやる。

 ぐるりと周囲を兵に囲まれているのに、何とも優しいものだと自分でも思う。


「ふん。わしのことは知っておるな。……まぁ、そんなことはどうでもいい。

 少し話をしようじゃないか」


 下手に出てみれば、まぁなんと傲慢ごうまん

 魔族に名乗る名はない、とでも言うのか。

 愚かな……。


「お話、ですか?」

「そなたらが来た理由は分かっておる。……あの、ウルという若者を取り戻しに来たんじゃろう。そなたらが全員撤退すれば、国境付近で奴を解放してやる」

「…………はい?」


 立場を、まるでわかっていない。

 彼らが攻め落としたはずの魔族の集落。

 それが存在しなかったことは、理解しているだろうに。

 まさか、その幻想を生み出したのが彼であると……気付いていないのか?


「私、もう年なもので耳が……」

「なんじゃ、譲歩じょうほしておるというのに。聴こえなかったか。全面撤退すれば、ウルという者を解放すると言ったのじゃ」


 この場に居たのが他の三人でなくてよかった。

 四人の中で一番冷静であると自負している、自分で本当によかった。

 それでなくとも怒りや呆れというものは、ふつふつと湧いてくる。


「あの、今一度、ご自身の立場をよく考慮された方が──」

「へ、陛下!!!!」


 人間の王の後ろ、王城の門より一人の男が走ってくる。


「な、なんじゃ」

「それが、地下からヤツが──! すでにこちらに向かっていて!!」

「なにぃ!? 見張りは、増員した兵はどうしたんじゃ!!」

「おや」


 あまりに目の前の者がトンチンカンなことを言うものだから、合図とやらを見逃してしまった。


「もうこちらに向かわれているのですか」


 行動が早い。であれば、他の三人も彼に従ってここで合流するでしょう。


「そ、それが、いとも簡単に突破されまして……」

「ぐぬぬ……っ!」


 彼の正体に気付いていないのだから、まぁ当然の反応。

 侮るから、そうなるのです。


「しかも、異世界人も一緒でしてっ」

「!!??」

「異世界人……?」


 我々に対抗すべく、人間どもが召喚したのでしょうか?

 ふむ、彼が楽しそうだったのはその者の存在が原因だったのか。


「────待たせたな」

「! ウルヴィス様」


 正面からやってくるものだと思われたの方は、気配もなく背後から現れた。



 ◇



 ウルに着いて牢屋を出ると、見張りの者と思われる兵士たちは確かに眠っていて。

 階段を登って逃げようとすれば、新たな兵士たちがわらわらと沸いて出てきた。

 ……と思えば、ウルは掌を兵士たちに向け、荒れ狂う風を繰り出し吹っ飛ばす。


「ちょっ!?」

「掴まっていろ」

「へぇ!?」


 言うやいなや俺を抱き寄せて笑うと、次に目にしたのはあの王様たちと、金髪の美青年。


「ちょ、ちょっとぉー!? なに、なに!? ワープ!?」

「おや。面白い拾いものですね」

「だろう?」

「ねぇ、なに!? なんなの!?」


 おっとりとしたお兄さん。

 だが、耳の形から察するに恐らく魔族。


「初めまして、メノンと申します」

「え? あ、はい。ユイトと申します……」


 これはご丁寧に……、と日本人らしく思わず答えてしまった。


「同じ人間でもずいぶんと違うのですねぇ」

「メノン、状況は?」

「はい。この者が貴方を解放する代わりに、撤退せよとのことです。

 如何いたしましょう?」

「ほう、このオレを? ……ずいぶんと、人間というのは強いんだな」


 にやりとウルが笑う。

 妖しく輝く紅い眼が、妙に怖い。


「な、ななななんじゃ!! おぬし、どうして魔法が──」

「実は、彼には魔封じの道具が付けられているのですよ」


 こっそりと、おっとり兄さんことメノンが教えてくれた。

 ……ってことは、牢屋に居なくても本来であれば力が封じられているはずだってことか? そら王様たちもビビるわけだ。


「ユイト、しっかり見ておけ」

「ん?」

「これが、愚かにも魔族を脅かそうとする者どもの末路だ」

「──!?」


 そう言うと、いつの間にやら王様の背後。そして左右に、二人の女と大柄の男が立っていた。


「!?」


 慌てて王様の周りを兵士が守るように取り囲む。

 後ろに控える神官は、詠唱だろうか。いつでも魔法が繰り出せるように、身構えている。


「まぁ、ウルヴィスさま。なんです? その者は。人間ではありませんか」

「……」

「で? こいつはやっていいんだよな?」

「好きにしろ」


 ウルがそう言うと、大柄の男は背負っていた大剣を構えた。


「お、おいおい!!」


 好きにしろ、ってそういうことか!?

 いくら王様がムカつく奴とはいえ、ちょっと……!


「? なんだ、こいつから理不尽な目にあったのだろう」

「いや、そうだけど!」

「お、おおおまえたちぃ!! なんとかせんかぁ!!」


 王様はたまらず神官や兵に号令を出す。

 神官と兵に挟まれる形で立っていた男は、突っ込んできた兵をひょいっと躱すと、素手でぶっ飛ばした。


「まぁ、ちょこざいな」


 神官たちが詠唱を終えようとすると、今度は左手に立っていた露出度の高い美女が口元に手を添え、息を吹きかけるような仕草を見せた。


「あ」


 次の瞬間には、そいつらはまるで魂を抜かれたようにガクン、と力尽きる。

 そのまま地面に倒れる……かと思いきや、奇妙に起き上がり女の指示を待っているかのようだった。操っている、のか?


「な、なんじゃ──」


 王様が声をあげようとすると、薄いピンク色の髪が目立つ美少女が喉元に剣を向ける。


「……うるさい」


 若干、怒っているようだ。


「な、なぁウル」

「なんだ、ユイト」


 一応、ダメ元で聞いてみた。


「あのさ、そのぉ。……もう、許してあげれない?」

「! 人間めぇ、なにを──」

「異世界の方はお優しいのですねぇ」

「異世界? へぇ、召喚でもやったのか」

「……」


 ヤバイ。特に女性陣二人からの視線が痛い。もう視線だけで殺されそうだ。


「ユイト。オレたちは何も、こいつらをどうこうしたい訳じゃない」

「え?」

「だが、仮にも理由なくオレたちの領土を侵したんだ。

 お仕置きが必要だとは思わないか?」

「そ、それは……」


 正直、王様がウルたちに何をしたのか知らない。

 俺には何も言えることがなかった。


「異世界の常識が、こちらで通用するとは限りませんよ。ユイト」


 そう言うと、おっとりとしていたはずのメノンは、人が変わったかのように鋭い目線を王様に向ける。


「ひ、ひぃっ──」

「弱者をいたぶるのは趣味ではないがな。己の過ちというのは、己では気付きにくいものだ」


 まるで「やれ」とでも言うように、ウルが手を挙げ合図する。

 彼の従者であろう四人は、一斉に王様へ駆けだした。


 分かってる。王様が、魔族に何かしたんだろう。それの報復。

 分かってはいる、が……。

 でも、だからといって──っ!!


「「「「!」」」」


 言葉にできない感情が俺の中を渦巻くと、それはまるで指先に感じていたあの感覚のように外へと放出された。

 そして、目の前には──見張りの兵に奪われた、4冊の本。それが並んで宙に浮く。


「……?」


 間違いなく、俺が買った本たち。だが、その装丁そうていは俺の知っているものではなかった。


「ほう?」


奥を見れば、四人の動きがピタリと止まっている。


「に、人間! なにを──!!」

「うわっ」


 ギロリと。かろうじて俺に顔を向ける、髪を一つにまとめた色っぽい美女。

 なんとか掌をかざし、恐らく神官たちと同じような魔法を俺に放つ。


「──っ、…………?」

「あ、あら?」


 何も、起きない。


「リアリアの魅了チャームが効かないとは。まさか、彼女よりも魔力が……?」

「じょっ、ジョーダンじゃないわ!! 人間ごときに、このわたくしが──」


 今度は体ごとこちらに向かってくる。


「ちょ、」


 爪先が妙に鋭いのは気のせいだろうか。俺のことを切り裂いてやるとでも言いそうな、ものすごい形相で迫りくる。


「──っ!!」


 成す術もない俺は、顔の前を腕で覆い隠すしかない。


魔封書まふうしょ、か」

「……え?」


 一向にこない衝撃を不思議に思い腕の隙間から覗き見ると、美女は操り糸に絡み取られたかのようにまたピタリと俺の目の前で動きを止めていた。


「な、なぜ……!」

「お前達、やめておけ。恐らくユイトのスキルだ」

「え!? 俺!?」

「地下牢でもそうだった。恐らく、あれは魔封じの結界すら無効にしていたんだな。

 魔力を持つあらゆるものを制御する。ユイトの持つ本は、魔封書なんだろう」

「ま、マジ……?」


 なんで? ただの趣味。いや、ノルマっていうのか?

 本好きな俺が、自分に課しただけの……4冊の本。

 それが異世界だと、魔封じの書になるの!?

 なんで!?


「ということは、なんだ? 俺たちはコイツに封じられてんのか?」

「ちょうど四つの書がある。……ユイト、ページをめくってみてくれ」

「?」


 ウルが言う様に中を読めば、


「バドラート……?」

「!」


 とある名前が記されていた。

 そこには名前以外にも、年齢、性別、出身といった……ステータスのようなものが書かれていた。


「! まさか、私たちの同意なく、契約を……?」

「魔封じとは本来、従わせるものだろう」

「え? なに、俺が……?」


 勝手に、契約? ……だれと?


「人間、やるわね」

「これには驚きました。ということは、この1冊1冊には私たちを上回る魔力が込められているのですか」

「なるほど。通りでユイト自身には魔力が少ないわけだ」

「くっ、屈辱だわ……。まさか、人間ごときに──」


 えーっと、つまり?


「俺、……じゃなくて。この本が、すごい魔力の持ち主!?」

「だがユイトのスキルなのだから、実質お前の魔力だろう」

「いや、そう言われてもぜんぜん……」


 まったくもって、実感がない。


「! お待ち!」


 俺たちがあーだこーだ言っている内に、王様が逃げようとしていた。


「ひ、ひぃっ!」

「……逃がさない」


 あぁ、なんか色々ありすぎてどうすればいいのやら……。


「どうします? このまま国を乗っ取ってもよろしいですよ」

「お、いいなそれ」

「よっ、よくない!! で、でもまぁ……王様にも反省はして欲しいというか……」


 かと言って命を奪うようなやり方も好まない。どうする……。


「あらぁ、異世界人ってのはずいぶんと甘ちゃんなのねぇ」


 俺に攻撃できないと悟った美女は、早々に諦め爪の手入れをはじめていた。


「甘……い、っていうか。あんまりそういう考えにならないというか。

 王様にはしっかり反省してもらって、俺を……元の世界に帰して欲しいというか」

「だ、そうだが?」

「ム、ムリじゃっ。あれは、一方通行の召喚で……!」

「はぁ!? ……本当、勘弁してくれ……」


 勝手に巻き込んでおいて、それはない。


「行く宛てがないのか? なら、魔族領にでも来るか」

「え!?」

「このまま人間どもをオレが攻撃すれば、四人を従えたユイトとぶつかる。

 ……同族とはなるべく争いたくはないからな」

「ウル……」

「はぁ、もう最悪ですわ」


 王様たちが俺を召喚してどうしたかったのかはよく分からないが。

 結果的に、王様たちを救った……のか?


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