あなたのフィナーレに花束を

DITinoue(上楽竜文)

フィナーレを飾る花束

 すっかり騙されていた、私。

 あんたのフィナーレは私がキレイに飾ってあげるよ。

 私は静かに屋根に雪の積もった豪邸へ歩みを進めた。


 ◆◇◆


 大学の男女混合のテニス部であの人と会ってから、私は彼の虜になってしまった。

 何といっても、育ちの良さそうな体格に高身長、しかも料理もできて勉強もできてイケメンで物静かでスポーツまでできてしまう。

 こんな完璧な子は他にいるのだろうか。

 毎週のテニス部はそっと、そっと彼に接近するようになっていた。

 彼の方も時々練習試合の相手に私を指名してくれるようになった。実際私はテニスも上手い方だとは思ってたし、性格はいい方だと自分で思ってた。

 それでも、彼は絶対に私を見てラリーを続けてくれる。そう信じて私は彼のことを見つめていた。


「ねぇねぇ、湯浅君なんだけどさ、知ってる?」

 今日のような雪の降る日の体育館練習で同級生が声を掛けてきた。

 彼——湯浅豊ゆあさゆたかのこと。もしかして、あなたも? と思ったが、それは杞憂だった。

「彼さ、実はさ、ユアサホールディングスの総合商社の社長の息子らしいんだよ。知ってた?」

 ものすごい嬉々とした顔で話してくる彼女に、私は首を横に振って対応した。

「それでさ、なんとなんと彼、中学時代からものすごい量の彼女がいたらしいのね」

「それが何か?」

 内心私は動揺していた。やっぱり彼、モテてたんだ。たくさん彼女いたんだ。今も他に狙ってる子沢山いるのかな……?

 出来るだけこの心境がバレないように私は言った。

「っていうのも、彼ものすごい宝石に詳しいのよ。ものすごい好きらしくて」

 宝石。ユアサホールディングスの息子は違うなぁ。たくさんの財があって、結婚したら私も大金持ちかぁ……。

 豪華なウエディングドレスを着た私を想像していると、彼女は肩をゆすってきた。

「聞いてる? それでさ、実は彼ものすごい女好きらしいんだけど……」

「マジで?」

 女好きってことは絶対私も見てるよね? うん、絶対見てる! ものすごい心が躍って、思わず飛び跳ねたくなった。

「それでさ、二股どころじゃなくてものすごい量の女の子と付き合ってたらしいの。しかも、その方法が酷くてさ」

 一旦言葉を切って彼女は言った。

「彼は元々ものすごい性格悪くて、それでいて褒められる成績だったから嫌われてたらしいのよ。なのに、そこで宝石を使って彼は近寄ってきて、見せびらかすらしいの。僕と付き合ったらこの宝石あげるよ、って誘惑して。それに負けてみんな付き合って。彼はたくさんの子とお遊びを楽しめるっていう。酷いと思わない?」

「……え」

 頭にものすごい重さの石を落とされたようなショッキングな話だった。


 私は、そんな男をずっと気になって見てたの……?


 彼はそんな性格酷かったの? しかも嫌われて。金で女を手に入れてたの? 家族は金では手に入れられない。恋愛ってそんなもんじゃないでしょ? 

 私は彼女が彼の愚痴を言いふらしているらしいことを聞き流し、必死にあがる息を抑えていた。




 それからというものの、出来るだけ彼には近づかないようにしてきたつもりだった。

 私のパパもまあまあ名の知れた自動車部品を作る中小企業の社長だ。まあまあお金もある。

 それでも、パパは自分の道徳観をみっちりと私に教え込んで、こんな素晴らしい人間に育て上げてくれた。

 ママも身の回りの世話をしっかりして、あまり怒らない人だった。

 それでも、人に感謝をすることの大切さ、家族の大切さ、友人関係のこと、と言った教育には口うるさかった。

 私はこの道徳観を見事に踏みにじる湯浅君を恨んだ。化け物を見るような目で睨むようになった。


 と、春になって新学期を迎えたころだった。

「ねぇねぇ、アキちゃ~ん」

 彼が近づいてきた。

「何よ、あんた。忙しいんですけど」

「ごめんごめん」

「要件は?」

「ええっとね、単刀直入に言うとね、僕と付き合ってくれない? というか、結婚してくれない?」

「……は?」

 思わず何も言えなくなってしまった。

 何、急に。なんで急にこんなこと言うの。数カ月前の私だったら飛び上がってお願いしますと言っていただろうが、今の私は即座に断ることを考えた。

「ごめ……」

「ストップ。ねぇ、分かってるよね。自分の会社の状況。ものすごい財政傾いてるって聞いたよ」

 な、何で知ってるの。

 確かに、今の私のパパの会社は競合他社のせいで財政難に陥っている。下手すりゃ倒産してしまうというところ。

「僕ね、もうすぐユアサの社員になるんだよ。それで、ものすごい出世して最終的に社長になるってことが父さんに約束されてるの。うちはね、君のお父さんが作るボルトをものすごい評価してるの。ここで潰れてもらったら困るんだよね。だから、支援したい。でもね、一個だけ条件があるの」

「……私と湯浅君が結婚するってこと?」

「そっそ。分かってんじゃないの」

 お坊ちゃまらしい口調で話す彼。

 私は頭が真っ白になっていた。




 この話を持ち帰ってパパに話をしてみると、本当にそれでいいのかと聞かれた。

 私は言い淀んでしまった。

 あいつと結婚したくはないけど、これでパパの会社が救われるなら本望だとも思っていたからだ。


 そして、結論を出せないまま夏になった。

 会社はどんどん傾いていった。取引先にも銀行にも捨てられた。

 もうダメだ……と思った夏のある日。パパが私の部屋に久しぶりに入ってきた。

「どうしたの?」

 明るく話しかけたが、パパの暗い表情を見て私も表情を固めた。

「アキちゃん……少し頼めないだろうか。会社の金のことなんだが……」

 脳内に電撃が走った。

「……頼めないだろうか。金さえ得られれば離婚すればいいから」

 恐る恐ると言った一言。

「十日以内に結論を出してくれ。銀行さんに会うからそれまでにどうにかしないといけないんだ。頼むっ」

 十日? 短すぎる。でも、ここまで育ててくれたパパに恩返しをしたいと考えたことも事実だった。

「じゃあ……よろしく」

 パパは出て行った。

「ちょっと待って」

 思わず止めてしまった。私自身も惹かれていたのだ。彼にではない。富豪の暮らしに。

「良いよ。湯浅君と。実際……好きだったし」

 半分は嘘、半分は本当の宣言をしてしまった。

 今でもこれは言っていいことだったのか悪いことだったのかで迷っている。

 パパの表情はパアッと明るくなり、少し目を潤ませながら私を強い力で抱きしめた。

 どうしよ、私……。


 ◆◇◆


 思い出したくもない、この記憶は。

 憤慨しながら私は手順を頭の中で確認する。

 まず、ピンポン鳴らして、開けてーって言う。次に、開いたら豊くーんと親しそうに駆け寄っていく。で、首根っこにナイフを突きさす……。

 ポケットの中の金属のひんやりとした感覚を確認した私は少し小走りになって、夜の街を抜けていく。


 商店街や住宅街の少し外れたところに、彼の豪邸はある。

 今は彼も一人暮らしなのだ。私たちは結婚しても離れて住むことにしていた。

 式を一週間前に済ませ、彼は役所の手続きとかで大忙しのはずだ。だから家で休んで宝石でも眺めているのだろう。

 と、大きなモミの木のてっぺんが少しずつ見えてきた。家の屋根と塀も。

 平安貴族の寝殿造くらいの巨大な豪邸。いや、屋敷と言った方が正しいのかもしれない。


「ついに、私はやるんだな」

 誰もいないところでぽつりと自分に問いかけてみた。

「当たり前だよ。宝石で人を釣って、女をおもちゃのように扱って、結婚しても浮気ばかりしてるあのクズには天罰を下さなきゃいけない……」

 ブツブツ、ブツブツと静かな路地で呟いている。

 と――。

「ちょ、あんた!」

 いきなりどすの聞いた低い声が飛んできた。

「はい?」

 殺す前に人に会うとは思わなくて、少し引いた。

 目の前にいるのは私と同じくらいに年齢と見える、いかつい顔の女性だった。

「あんた、豊の嫁だろ?」

「……そうですけど」

「まさか、あんたもりにいくのか」

「……」

 なんで彼女は知っているのだろう。もしかして彼女も彼と付き合ってたのだろうか。

「答えろよ。あんたもなのか?」

「……あなたは誰ですか?」

「アタイはそこらの組の女。豊と交際もしてた。けどさ、あいつマジで浮気ばっかすんのね。それでもう付き合うの止めようとすると金で釣ってくる。最低な男だよ。ケッ」

 と、吐き捨てた。

「それで、殺りに行くことにしたんだ。ひょっとして、あんたもなんだろ?」

 目はタカのように鋭いが、同志だということは分かった。彼女もまた被害者なのだ。

「そう、です」

「……じゃ、行くぞ」

 彼女はうんともすんとも言わず、ただ私のコートの襟を引いてまた、歩きだした。


「……来たな」

「はい」

 ヤンキーらしい彼女——ルカというらしい人は門を破った。

「えぇっ、強行突破するんですか?」

「そうだよ」

 ヤンキーらしい彼女でも、女性には優しかった。ものすごく。

「おい! 豊、出て来い!」

 そう言って、取り出したのは針金だった。

「え、まさか?」

 この続きを言う前に、彼女はドアを解錠して見せた。

「二階だ!」

 足の速い彼女に凍える体を鼓舞して必死に私も付いていく。


 階段を上がり終えると、私たちは湯浅君の自室のドアを開けた。

「出てこい!」

「死ねっ!」

 と、椅子の上に彼はいた。しかも白と赤のバラの花束を抱えて。

「え……?」

 彼はコチラを向いたまま返事をしない。それもそのはず、目玉を繰りぬかれていて、喉が切られている。舌をベロンと出した口からは血が落ちていた。

「白のバラは血で赤くなったと」

 近づいてみると、血の付いたナイフが彼のポケットに刺さっていた。

「ふざけんなっ」

 私は自分のナイフで彼の頭頂をぶっ刺した。

「……ッフッフッフ」

 と、ルカさんが隣で低い笑い声を出し始めた。

「……先客は、こんな手紙を残していってやがる」

 彼女は血まみれのナイフが入っていたポケットから紙切れを取り出した。紅色の文字の白の紙切れにはこうあった。

「……フフフッ」

 私も思わず笑ってしまった。そして、顔面に何度もナイフを刺しては抜き、彼の素敵な顔を潰していった。


「ゴミ男のフィナーレに花束を、か。面白いじゃん」


 そう呟いて、私は彼の口の中にナイフを勢いよく「死ね」と言って突き立てた。




(完)

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あなたのフィナーレに花束を DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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