運命の悪戯(匿名超掌編コンテスト参加作品改訂増補版)

深海くじら

運命の悪戯

「もう駄目ね。やっぱり私たち元から合ってなかったのよ」

 彼女はそう言い残し、荷物を持って去っていった。


 まただ。またしても失敗してしまった。あのとき電動泡だて器用の蓋付ボウルを不要などと決めつけずに買っておけば、こんな大ごとにはならなかったのに。千円けちった所為で、僕の未来は閉ざされた。

 と、耳元に息を吹き込む風が吹く。よかった。今度も来てくれたね。


「目を閉じて、息を止めて。全身の力を抜いて」

 神様が告げる前に僕はスタンバイ。お試しも十数回ともなれば慣れたもんだ。風が止んで目を開けると、目の前は三日前のネットの決済画面。注文リストに蓋付ボウルが無いのを確かめて、僕は前の画ページに戻った。怪訝な表情の彼女に笑いかける。

「やっぱりボウルも買っとこ。生クリームが飛び散ったらコトだしね」




「またやった」

 立体画面の中ではまた致命的なミスをした。今回のは言葉の言い回しとダブルブッキング、それに電車のダイヤの乱れという三重衝突。

「これはアウトよね」

 そう言って、隣に座る彼女が笑った。


 並行世界の僕をちょいとつまんで、ミスする度に隣の世界のちょっと前に戻してやる。戻した奴はやっぱり僕だから、さほどの混乱も無く幸運を享受して直後のミスを回避する。予定を調整し、交通機関の新しいチョイスを気まぐれを装って提案している。

 よしよし。その調子で頑張れよ。僕らの娯楽のためにも、上手いこと立ち回って見せてくれ。


「ねえ。最後はどうするの? 私たちみたいのをもうひと組作っちゃうの?」

 しなだれかかった彼女が僕の耳元で囁いてくる。背筋にいつ以来かの冷たい汗が流れた。もしやこれは選択場面? 「つくる」が正解? それとも「最後はぶち壊す」が正しいの?

 熟考した僕は、彼女の目を見て選んだ回答を口にした。彼女の瞳孔が広がり、眉根が上がった。やばい。これはミスったか?!


 そう確信した瞬間、耳元に冷たい風が吹き込んできた。

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運命の悪戯(匿名超掌編コンテスト参加作品改訂増補版) 深海くじら @bathyscaphe

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