片想い
川谷パルテノン
三年目の実り
夜霧くんは無口だ。はじめておんなじクラスになれたのにまだ一言も喋れてない。私は小二の頃から夜霧くんのことをずっと見てた。遠くからずっと。三年経ってようやく近くにいる。窓側の席でずっと外を眺めてる夜霧くんの顔は見えない。でも私は夜霧くんの後頭部も好きだ。全部が好き。どの角度だって私の癒しだ。
「夜霧ってぜんぜん喋んないしなんか暗くて気持ち悪いよね」
美帆ちゃんはぜんぜんわかってない。そこも夜霧くんのいいとこじゃん。美帆ちゃんはバカだ。大バカ。だから私は言い返す。
「うん、そうだね」
人ってつくづく弱い。強いものには逆らえない。悔しいけど美帆ちゃんはこのクラスで一番可愛くて一番発言権のある女子だから。健人くんっていうゴリラみたいな彼氏がいて、美帆ちゃんに逆らうとゴリラが怒るから誰も美帆ちゃんには逆らわない。でもね、安心して夜霧くん。本心じゃないよ。夜霧くんが美帆ちゃんを敵に回した時は私は夜霧くんの味方だよ。そうなったら勇気出してそう言ってやるんだから。
夜霧くんに話しかけたい。チャンスがほしい。どうやったら夜霧くんは私に振り向いてくれるかな。そうだ。お母さんが使ってる化粧品とかでオシャレすればきっと。いい匂いで夜霧くんの気を引いちゃおう。私はお母さんの香水と口紅をこっそりポッケに入れて朝早くに家を出た。通り道の公園に入ってトイレで口紅を塗った。香水もいっぱいふりかけた。完璧だ。
「なんか臭くね?」
「善子だよ」
「おい? おまえそれもしかして口紅じゃねえの」
「口裂け女みたい」
「ほんとだ! 口裂け女!」
口裂け くっち裂け くっち裂け
思ってたのとちがう。なんで。やだ。やめて。助けて。夜霧くん。
「おい口裂け女 言ってみろよ ワタシキレイ?」
ゴリラがふざけて言う。美帆ちゃんも他の子もすごい笑ってる。泣いちゃう。ダメ。
「早く言えよ!」
泣いてる。止まんない。笑わないで。怖い。
「もうやめろよ」
「あ? 夜霧おまえ殴るぞ」
夜霧くんはゴリラに殴られて吹っ飛んだ。いいよもう。私は夜霧くんのこと巻き込みたくないよ。
「おまえらみたいなやつ嫌いなんだよ! 全員死ね!」
夜霧くんからあんな大きな声が出るんだ。私は間抜けなことを気にしてた。夜霧くんはゴリラ達にボコボコにされてそこではじめて先生が飛んできて止めてくれた。私は夜霧くんを保健室に連れて行ってその日は二人で早退することになった。ごめんね、夜霧くん。でもわたし、ラッキーって思っちゃってる。
二人で帰るいつもの道はキラキラして見えた。ちょっとだけ間隔が空いて歩く二人に会話はない。
「俺、向こうだから。じゃ」
夜霧くんが話しかけてくれた。すごい。やだ。帰りたくない。
「ねえ!」
「何」
「おわび したいから その」
「いいよそんなの」
「夜霧くんのウチ、行っていい?」
夜霧くんは黙ってしまう。引いちゃったかな。私のバカ。こういうのは順序ってものが
「いいよ」
「え?」
「ついてきて」
嘘。ラッキー。ありがとう神様。夜霧くんのウチに着くまで私はずっとニコニコしてしまった。
「はいどうぞ 午後ティー」
「ありがとう 美味しい」
「何言ってんの どこでも売ってるよ」
「夜霧くんがくれたやつだから 夜霧くん、ごめんね。私のせいで」
「別に 俺あいつら嫌いだから」
「ありがとう 私もねずっと嫌だったんだ美帆ちゃんなんて健人くんがいなきゃただのブスだし何エラソーにしちゃってんのか」
「あのさ 猫みる?」
「夜霧くんペット飼ってるの? みたいみたい」
「きて」
夜霧くんの部屋。男の子の匂いがする。
「夜霧くん? 猫ちゃんってどこ?」
「これ」
夜霧くんは机の上に瓶を置いた。私は「え?」ってなって瓶を覗き込んだ。目が合った。思わずのけぞって壁に頭をぶつける。瓶の中に猫がギュウギュウに詰まってた。
「何これ」声が震える。かすれる。
「ニャーゴだよ こっちがペズ」
夜霧くんはまた瓶を置いた。私は今にも泣きそうな顔で夜霧くんを見た。部屋が暗くてよく見えない。
「猫はさニャーって言うだけだから」
「何言ってんのよ あんた」
「ノコノコついてきてさ 思ったより楽勝」
「やだ 助けて」
「助けて? もう助けただろ」
「なんで あし うごかない」
「どこにでも売ってるやつ」
「やだ ヤダヤダヤダ! 助けて! 許して!」
私は泣き叫んだ。美帆ちゃんの言うとおりだ。見る目なかったみたい。
片想い 川谷パルテノン @pefnk
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