ナーロッパ帝国の侍従長 虹の皇太子編

葉山 宗次郎

キースの侍従長就任

 人間をはじめエルフ、ドワーフなどの異種族が住むカンディア大陸。

 そこに異世界である地球から召喚された勇者を初代皇帝とする最大、最強の国家、ナーロッパ帝国があった。

 初代皇帝の他、地球からの召喚者、転移者、転生者が多く現れ、ナーロッパ帝国は魔王を倒し、諸種族を糾合し発展した。


 だが、巨大化したため様々な問題が発生していた。

 文化風習は勿論、種族の生態の違いによる問題などがおおかった。

 それらの問題を解決するために帝国中枢は優秀な人材を欲していた。

 新たに登用された元帝国図書館司書心得キース・ヴォルテールもその一人だ。


「何か動きにくいな」


 新品の服装、逸れも侍従長の衣装を着せられてキースは居心地が悪かった。


「普段はもっと楽な服装で良いけど。今日はお目見えだから我慢して」

「はい」


 目の前の歩く片目を金色の前髪で隠した美女、いやキースの職を奪って、宮廷へ連れ込んだ張本人に恨みがましい視線を向けながらキースは答える。


「何よ不満なの? 給与も待遇も良いのよ。文句があるなら飛ばして上げるけど」

「結構です。皇女殿下」


 張本人もといヴィクトリアはナーロッパ帝国の第一皇女だ。

 逆らえば物理的にキースの首が飛ぶ。

 侍従長に就任するとはいえ、後ろ盾の無いキースは木っ端役人であり、ひたすらこびへつらうしか無い。


「さあ着いたわよ。第一皇女、ヴィクトリア入ります」


 ヴィクトリアが入った部屋は更に五霞だった。

 その奥に、部屋の主である青年、いや少年がいた。

 ヴィクトリアを更に幼く、大人しくしたような感じで、顔立ちが整っている美少年だ。


「姉上!」


 ヴィクトリアを見て少年は嬉しそうな笑みと声を上げた。

 純粋無垢な明るい笑顔で、もし日本ならショタが放っておかないな、とキースは思った。


 実の姉でだとしても、こんな少年に姉上と呼ばれるのは嬉しいだろう。

 その少年がナーロッパ帝国皇位継承第一位、アルフレッド皇太子殿下であり、ヴィクトリアの弟だった。


「殿下、新しい侍従長をお連れしました」

「う、うむ、大義であった」


 ヴィクトリアが恭しく頭を下げると、アルフレッドは戸惑いながらも、後退してとしての態度で労う。

 ヴィクトリアが姉だが、継承順位も、序列もアルフレッドが上であり、ヴィクトリアは臣下だ。

 私的な場はともかく、お披露目という公式な場で序列を乱すような事はあってはならず、ヴィクトリアは頭を下げて、主に、弟に、範を示した。


「其方が新しい侍従長か」

「はい、キース・ヴォルテモールと申します。このたび侍従長を拝命し皇太子府へ配属されました」


 皇太子府とは、次代の皇帝である皇太子が皇帝となった時のために遅滞なく、実力不足無く、統治できるよう置かれた皇太子直属の機関だ。

 その構成員は、次の皇帝官房、次代皇帝側近となる事を期待されている。

 つまり、キースは次世代のエリートとして認められたと言うことだ。


(面倒くさい職に就けやがって)


 顔はともかくキースは心の中で毒づく。

 エリートは日本だと、ステータスとして自慢するネタにしているが、面倒くさい仕事を解決する事を求められる地位だ。

 日本と違って権限も与えられるが、その分責任重大でキースとしてはやりたくない職だ。


「へー、貴方が新しい侍従長」


 部屋の端で金髪の美少女、いや、ストレートの金髪から笹のような長い耳が出ているところを見ると、エルフだ。


「私の名前はアンネ。皇太子府付き精霊使いよ」


 カンディア大陸は魔法が日常的に使われており、宮廷などだと、高位の魔法使いや精霊使いが雇われていることが多い。

 彼女はその一人のようだ。


「先日はこざかしい知恵で問題を解決したようだけど、私の精霊魔術ならどんな問題も解決よ」


 キースに敵意をむき出しにしている。

 どうも、キースという新しいメンバーをライバルと思っているようだ。


「けど、ドラゴンニュートの問題を解決できなかったようね」

「そ、それは精霊が関係していなかったからです」


 ヴィクトリアの指摘にアンネはしどろもどろになる。

 先のドラゴンニュートの出生時が女児に偏る問題を解決できなかった事を指摘すると共に、自分が見いだした人材にケチを付けられてヴィクトリアが牽制したのだ。


「精霊魔法を使えば様々な問題は簡単に解決できます」


 とアンネは言うと窓に向かう。


「最近雨が少ないですね。精霊魔法ならば雨を呼び出すことが出来ます」


 アンネは窓を大きく開き、詠唱を始めた。


「大気の精霊よ! 大地に慈雨をもたらし給え!」


 アンネの身体が輝くと周囲に多数の光の玉、いや妖精が現れた。

 妖精使いは、常人には見えない妖精を操る事で魔法を使う。

 同時に操れる妖精の数が妖精使いの力量に直結する。


 複数の妖精が現れた事はアンネが優れた妖精使いである事を示すものだった。

 現れるにつれ、周囲の空気が寒くなり、キースの肌にも鳥肌が立つ。

 妖精達は次々と窓の外へ向かい、天に昇って行き広がり、雲を呼び込む。

 雲は次第に黒みを帯びてきて、やがて雨が降り始めた。


「どう、凄いでしょう」


 ざーっと大きな雨粒の音をバックにアンネが胸を張る。


「凄いわね。けど、激しすぎない?」

「え?」


 ヴィクトリアの指摘にアンネは外を振り帰る。

 雨の勢いは更に強まり、既に滝のようだった。


「このままだと排水が間に合わず浸水しますね」


 転生者や召喚者のおかげで一時間当たり50ミリ程度の豪雨なら問題ない。

 だが、アンネのもたらした雨はゲリラ豪雨並み、50ミリを越えている。


「早く止めなさい!」

「は、はいっっ! 精霊達よ鎮まり給え!」


 アンネは再び唱えるが雨は止まない。

 むしろ更に強く降っている。


「ダメです。精霊達が熱狂して聞いてくれません」


 気合いを入れて大勢精霊を呼び寄せたら、精霊さん達がハッスルしちゃってノリノリで踊りまくり雨を降らせまくるのに夢中になり、アンネの指示を聞いてくれない。

 アイドルの公演に熱狂するファンのような状況になっていた。


「何とかならないの!」

「無理です! 精霊達が静まらないと」


 アンネは半泣き状態で 弁明する。

 そこへ、キースが尋ねた。


「大気を熱することは可能ですか?」

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