虹が出来るわけ

「今から、雨天に備えるようにですか?」


 キースの言葉にオリバーは渋い顔をした、これから出発するのだ。

 更なる準備は負担だ。


「晴れているではないですか。それに雨天への備えも万端ですよ」

「ですが狩猟場に着いたとき雨の可能性も」

「そんなのどうして分かるんですか」

「虹が架かっていますから」

「あんなに綺麗な虹が雨をもたらす凶兆だと」

「はい」


 キースは強く言うがオリバーは呆れるだけだ。


「そんな迷信を信じるのですか。先日の精霊騒ぎのせいで魔力が不安定との事ですが、雨が降るなんて予報はありませんよ」

「ですが魔力が乱れていて予報できないのでしょう」


 アンネのお陰で大気中の精霊や魔力が乱れていて正確な観測が出来ない。


「準備だけでも、馬車の数を増やして荷物を分散して軽くするだけでも泥濘みに備えられます」

「他の貴族も準備をしているのです。足りませんよ」

「大丈夫じゃないの?」


 そこへ割って入ってきたのは、ヴィクトリアだった。


「軍の一部から馬車を借りれば良いでしょう。待機している部隊もいるからすぐによこせるはず。馬車じゃなくても荷馬やロバを増やして背負わせる方法もあるけど」

「そうですね。それでいきましょう」

「……ヴィクトリア様がそうおっしゃるのなら」


 オリバーは渋々従った。

 経費が余計に掛かると不満だったが、決まった事は仕方なかった。

 すぐに準備が整えられ、馬車や荷馬が追加されて、荷物を再度分散させた。


「けっこう大荷物ですね」

「必要な物だ」

「でも行軍演習なのに、荷物が多すぎる」


 テントはともかく、椅子やテーブル、地面に敷く絨毯、中には風呂まであった。


「謁見なども行われますからね。必要です」


 社交の場としても狩猟が行われるのでそのための荷物が増えている。

 どうも、一つのイベントにいろいろな意味づけをしたがり、イベントにかこつけて、様々な事をやろうとする輩がおおい。

 結果、荷物は膨れ上がり、規模も大きくなり、下っ端が大量動員され、無駄に壮大で無意味な行事が増える。


「何処も同じだな」


 地球にいたとき、年々、意味もなく増えていく学校行事をキースは思い出して嘆息した。




 キースの要請もあり多少の変更はあったが大きな混乱はなく、皇太子殿下の狩猟は開始され、宮廷から出発した。

 帝都の通りを通るときは快晴で、住民が見送り、あるいは見物に来るほどだった。


「侍従長の杞憂では? これほど良い天候が、悪化するとは思えません」

「だと良いのですが」


 キースはオリバーの皮肉を受け流した。

 失敗しても構わない。

 万が一悪い予感が当たっていたとき、対処できるのであれば、良い。


 間違えても、キース一人が責めを受ければ良いのだ。

 余計な命令で苦労させた人々には悪いが、失態で首になり司書に戻っても良いと考えていた。


 しかし、歩き進めると、次第に雲が広がり始めてきた。

 雲の色は鉛色から黒くなり、やがて雨粒が降ってきた。

 それも大粒だ。


「本当に降ってきた」

「オリバー殿、早く外套を」


 キースが馬車に積ませていた外套をオリバーに渡した。


「ああ、済みません」


 他の者達も次々と、外套を被り雨を防ぐ。

 お陰で馬車が軽くなり、荷を分散させていたこともあって進みやすくなった。

 皇太子殿下も、雨具を着用し身体が濡れずに助かった。


 だが、他の貴族は違った。

 雨具は用意していなかったが、荷を積み込みすぎて泥濘んだ道に足を取られたりして行軍が遅延し始めた。


「板を置いて、砂を蒔いてください」


 そこへキースが駆けつけた。

 馬車に積み込んでおいた板で、ぬかるみや窪みを塞ぎ、砂で滑らないようにした。

 お陰で行軍の遅れは最小限で食い止められた。


「お見事ですね」

「一応、雨に備えていましたから」


 褒め称えるオリバーにキースは謙遜した。

 しかし、用意周到に準備、それも徹底して備える事は並大抵の事ではない。

 それ以前に、どうして雨が降ると予測できたのか理解できずオリバーは尋ねた。


「しかし、どうして雨になると分かったのですか?」

「虹が出たからです」


 虹は綺麗だが、滅多に出現しない。

 そのため美しさと希少性から見ると幸運、とも言われるが出現する条件があり、満たせばいつでも発生する。


 虹の正体は、簡単に話せば、水滴に光りが当たり、内部で乱反射して色ごとに光りが分かれて出て行くためだ。

 つまり、光りを乱反射させる水滴、雨粒が存在しなければ虹は生まれない。

 雨が止んだ後に虹が発生しやすいのは、大気中に残った水滴が、光りを乱反射させるからだ。


「虹が出るのは雨の前後ですから」


 これから向かう西の方角に虹が見えたと言うことは、水滴が空中にある、雨粒が出来やすい証拠だった。

 太陽が出て温められ、雨が降らない可能性もあったが、念のため雨の用意をしておいて良かった。


「いずれにせよ、お手柄ですね」


 遅滞なく狩猟が進められ、オリバーは安堵する。


「しかし、この雨で獲物が捕れるのでしょうか。出てきそうにありませんが」

「大丈夫です。動物たちが雨宿りする場所を見つけ吸収すれば良いだけです」


 オリバーの言葉は事実だった。

 動物たちが雨宿りしやすい場所、茂みや崖下の窪みなどを予め地元の人間から聞き出し迅速に向かうことで、仕留めた。

 雨もあって、遠くに行けず獲物の数は少なかったが、収穫はあった。

 狩猟は成功と言っても良いだろう。


 だが、キースの心は晴れなかった。

 予想以上の降雨と、川の増水が気になった。

 川下の方へ伝令を送るなどして、情報収集にあたらせた。

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