雨への対処
「どうかしましたか」
狩猟場を北から南へ流れる川を眺めるキースを見てオリバーが尋ねた。
先ほどまで殿下と共に狩猟に出ていたが、殿下が雨の冷えによる疲労が溜まったため天幕へ引き返し休んで貰っている。
オリバーの差配により獲物も獲れたこともあって満足している。
なのにキースが殿下の元へ行かず、川を見ているのが気になった。
「川の増水が気になります」
「山からは離れていきます。狩猟場が濁流に呑み込まれることはないでしょう」
「それは大丈夫でしょうが」
「他に何か気になることでも」
「下流の方は無事なのかと」
川というのは、大量の水を流す。
そして一箇所でも流量を受け止められない場所があるとそこで水が溜まり溢れる。
日本でも、上流から水が流れてきて排水能力を超えたため、浸水する被害があった。
山の濁流や土石流、堤防の氾濫などの災害が報道されるが、下流での浸水被害は比較的少ない。
これは日本の治水行政が優れており、川の流量を増やすため、下流から治水を行ってきたからだ。
「我々も難題も治水工事は行ってきましたよ」
オリバーの言うとおり、ナーロッパ帝国は、治水事業を行ってきた。
おかげで氾濫や浸水が減っていた。
「しかし、最近は滞りがちです」
治水事業は整備したら終わりではない。
その後の点検整備が大事だ。
特に川は、水だけでは無く大量の土砂を運んでいく。
地球の三国志の地図を見ると上海の町が無いのは、上海が揚子江の土砂によって埋め立てられた土地に出来たからだ。
日本の平野も大半は山から川によって土が運び込まれてきて形成されたのだ。
つまり、川には常に土砂が流れ込む。
川底に砂が溜まり、氾濫を起こしやすくなったり、新たな川筋が出来てしまう。
石狩平野に川筋後の沼が多かったり、揚子江の川筋が年代ごとに違うのは、そのためだ。
そして近年、この川で川底の砂を掠う工事が行われた様子は無い。
下流の町に水が、帝都の港町にあたる町が浸水しないか心配だった。
「伝令!」
川下側に配置しておいた伝令がやってきた。
万一の時は、殿下の居る場所へ連絡が迅速に届くようにするための配慮だった。
川下側に配置したのは、重大な事件が起きると判断したからだ。
「下流で堤防の決壊が発生! 民家や畑が濁流に飲まれております!」
「殿下に注進を、直ちに救援の為に狩猟を中止し、兵を向かわせるべきと伝えてください。また決壊箇所に部隊をすぐに向かわせるように伝えてください」
「分かりました」
キースはすぐさま書記官を呼び込み、注進の文書を書かせる。
同時に参加している貴族達や、部隊から力自慢や土木に強い人物を書き出し、優先して向かわせるように指示を出す。
そして彼らが活躍できるようにサポートを忘れない。
「侍従長、現場に先行して指揮を執って」
「殿下の元にいなくてよろしいのですか」
ヴィクトリアの指示にキースは驚く。
殿下の傍でお世話する侍従長が、殿下の居なくてはいけないのに、離れてもよいのだろうか。
疑問に思う。
「先に現場に行って指示を下して。後から追いつくから」
「……分かりました」
キースは指示に従い、馬に乗って先に向かった。
「状況は?」
雨の中馬を走らせてきたキースは、現場に着くと状況を尋ねる。
「堤防が決壊して畑が濁流にのみ込まれています」
「決壊箇所を埋めるんだ」
すぐに後続してきたオークや巨人族などの力自慢の種族が集まり土嚢や岩を決壊箇所に放り込んでいく。
濁流は徐々に弱まり決壊箇所は、埋められていった。
「決壊が止まりました」
無事に浸水被害をとめることができて現場には安藤の空気が流れる。
キースの顔は険しいままだった。
「どうしました侍従長」
現場指揮官がキースに尋ねてきた。
「雨が止みそうにありません。川の水位も高いままです。このままだと下流の街で浸水被害が発生します」
下流に帝都へ物資を運び込む為に整備された港町がある。
僕が破壊されたら帝都への物流は寸断され下手したら餓死者が出る。
街への浸水被害は防がなければならなかった。
しかし雨は降り続き濁流は収まりそうにない。
このままだとすぐに川が溢れてしまう。
「雨がやんでくれないと危険だ」
その時、空に異変が起きた。
雲の色が徐々に白くなってゆき雨脚が鈍っていった。
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