侍従長の仕事
「凄い、雨雲が消えた」
キースの言ったとおり、大気を熱すると雨は止んだ。
具体的には非の精霊を周囲に飛ばしただけだ。
「どうして、止んだの?」
「雨粒が出来ないようにしただけですよ」
雨は、温かく湿った空気と冷たい空気が混ざって出来る。
空気は気温によって内包できる水蒸気の量が違う。
温かいと多くの水蒸気を含み、寒いと少ない。
そして内包できない分が水滴となって大気中に現れ、雲や霧となる。
さらに水滴が大きく重くなると、地上に向かって落下し、雨となる。
雨を防ぐには、この水滴になるのを防げば良い。
キースは火の精霊を使ってアンネに大気を温めさせた。
雨雲の周辺を大気を温めることで、水滴が大気中に現れないようにしたのだ。
結果、雨は止み、雨雲が消えた。
「はあ、よかった」
ヴィクトリアは、安堵の溜息を吐き出す。
突然の雨で各所でずぶ濡れになったという被害はあったが、浸水などの甚大な被害は無かったことは、幸いだった。
そして笑顔を凍らせて言う。
「アンネ」
「は、はいっ」
「罰として復旧作業を手伝ってきなさい」
「……はい」
アンネはすごすごと退出していった。
一方、キースはアルフレッドが自分の事を尊敬の満座氏で見ていることに気がついた。
「なにか」
「あなたは魔法使いなのですか?」
「いいえ、ただの帝国図書館の司書心得でした。今は陛下の侍従長です」
自嘲気味にキースは答えた。
未だに前職に未練がある。
しかし、年下の少年に尊敬されることは良い気分だった。
「陛下、気に入ってくれましたか?」
「はい、姉上……いいえ第一皇女」
「ありがたきお言葉」
温かい笑みを浮かべて褒めた。
可愛い弟がよく出来たことを喜ぶ笑みだった。
「これなら早速、今度の狩猟の準備をさせても大丈夫でしょう」
「え?」
突然の事にキースは動揺する。
「狩猟の準備などやったことがないので分かりませんが」
「大丈夫よ。手慣れた人達がいるから、任せておけば良いの。あなたは気になるところを指摘するだけでいいから。じゃあ、頼むわね」
と言ってヴィクトリアは出て行ってしまった。
侍従長とは主の側に仕える侍従、召使いを使い、主人の世話をする事だ。
主の身の回りの世話に、スケジュールの管理、プライベート空間の維持運営、来客への対応などをする。
特に来客の対応は重要だ。
皇族ともなると相手も大貴族で、政治的な話し合いが行われる事もあり、事実上政治の領分であり気を遣う。
政治担当の皇太子夫長官と打ち合わせる必要もあるが、関わらなくてはいけない。
しかも狩猟が間近だ。
狩猟は文字通り狩りに行くことだが、貴族の社交場でもあり、意見交換の場だ。
今回は皇太子の主催ということもあり、主催者として失敗は許されない。
それにゲストとして招く大貴族をもてなすイベントでもある。
来客のへの対応にあたるので早速、侍従長としての力量が問われる。
「あ、新しい侍従長は口出ししなくて良いですよ」
と言ってきたのは、古株の侍従であるオリバー・クロムウェルだ。
大貴族出身で幼い頃から殿下の侍従を務めており、いずれサザーランド侯爵が兼任していた侍従長に就任すると言われていた。
なのにどこぞの馬の骨とも分からない木っ端役人がトップになったのだから、怒り心頭だろう。
第一皇女の鶴の一声で、気まぐれに任命したので無ければ、ぶち切れていた。
「よろしくお願いします」
なのでキースは頭を下げた。
不躾な人間だったが心情は良く分かる。
何しろ、自分も一生の職と思っていた司書職を第一皇女に取り上げられたのだ。
お互い被害者であり、キースは奇妙な仲間意識を芽生えさせていた。
「……まあ、見ていてください」
キースが下手に出たのを見て毒気が抜かれたのかオリバーは、それ以上言わず自分の仕事を始めた。
これまで行われた狩猟を取り仕切っていた事もあってオリバーの手配は完璧だった。
「俺、必要ないんじゃないかな」
キースは結局何も出来ず、当日の朝を迎えた。
早朝に出発するため、宮廷に泊まり込みだ。
まあ、侍従長は殿下の近くに居なくてはならないため殆ど泊まり込みだが。
天気が気になったので主塔に向かう。
狩猟は社交場という意味合いが強くなっているが、元は軍事訓練だ。
獲物を敵に見立てて作戦を立て、配下を動かす。
狩猟場へ向かう際も行軍の予行演習になる。
そのため、一度狩猟の予定を決めたら余程の事、皇帝崩御や激甚災害が起きない限り決行する。
雨天程度だと強行する、むしろ雨中の実戦訓練として歓迎されるくらいだ。
だからキースは当日の朝雨が降らないかどうか確認しておきたい、と思い宮殿の主塔に上りる。
「今日は晴れそうですよ」
主塔に配置された見張りが登ってきたキースに明るく声をかける。
「おお、ご覧ください。狩猟場の方向に虹が架かっています」
確かに見張りが予定された猟場の方向には朝日によって綺麗な虹が架かっており、キースも見とれて仕舞った。
「拙いな」
だが、同時に、その意味を理解してキースは渋い顔をして、主塔を降りていき、雨天に備えるように命じた。
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