常真くんの言う通り

脳幹 まこと

常真くんの言う通り


 常真つねまさくんの言うことはいつも正しい。

 なぜ正しいのか。それは彼が正しいからである。


「これ、いつもの珈琲と違うね。それとも同じ珈琲かな?」

「よく分かったね! いつもと同じ珈琲だよ!」


 まあね、とため息をつく常真くん。

 彼が「カラスの色は白、あるいは白以外」と言えば、黒いように見えるカラスですら黒くない、または黒になってしまうのだ。



 彼は赤ちゃんの頃からずっと正しい。

 誕生の時から「おぎゃあああ!! オア ノットおぎゃあああ!!」と産声をあげていたとか。

 その音声は病院がちゃんと録音し、記念に取ってあるらしい。


「僕はね、産まれた時からずっと僕だったんだ。母親と父親の息子なんだよ」

「よく分かったね! いつもと同じ!」


 まあね、とため息をつく常真くん。

 彼が雨を見つめながら「雨が降っているね。雨は雨でも、降っている雨だ」と呟いている。彼は正しい。



 正しさの秘訣を聞いてみたことがある。


「いいかい、非常識というのは、常識がないということだよ。不正というのは、正しくないってことなんだ。僕は常にそれに気を付けているとも言えるし、気を付けていないとも言える」

「いつもと同じ!」


 私はその後、三十分くらい彼の話を聞いていた。いつもはそれ以上か、もしくはそれ以下だったのに。

 彼はたくさん話してくれる。

 あることあること喋ってくれる。まさに真実の口。


「ここまでで何か質問がある? あったら、それは質問があるってことだね」

「ハイハイ、いつものいつもの!」


 まあね、とため息をつく常真くん。

 半分だけ水の入ったグラスを指差して「君は【まだ半分ある】と思う? それとも【もう半分しかない】と思う?」と尋ねる。

 私が答える前に、彼は言う。

「そんなこととは関係なく、ここには半分だけ水が入っているんだ、そうだろう?」

 彼は間違わない。



 卒業式。

 ねえ、と常真くんは尋ねる。


「間違うってどんな気持ちなの? 僕は常に正しかった。だって、いつも正しかったから」

「そうだね、正しいと思うよ」

「間違えたことがなくて、でも、これから先、間違えるかもしれなくて、でも、間違えないかもしれなくて、それが……ほんの少しだけ……不安で」


 彼はいつも正しい。


「あの、一緒に……間違ってくれないかな」

「大丈夫、常真くんは正しいよ、今までも、これからも。間違えることなんてない」


 私は彼を置いて帰った。


 常真くんの言うことはいつも正しかった。

 私はそんな彼が好きでも嫌いでもなかった。

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