ぜんぶトロピカル因習アイランドのせい。

ヤナセ

第1話

ぜんぶトロピカル因習アイランドのせい。おれたちのせいじゃない。


「ユーチューバーの代理?」

 いつもの喫茶店でアイスオレの氷をストローでつつきながら、おれは聞き返した。

「ユーチューバーっていうか、Vチューバーだね」

「どこいらが違うのかよくわからん」

「徹サンもしかしてYouTubeとかあんまり見ないタイプ?」

「あんまりっつか、見ないな」

「猫好きじゃん」

「うちの猫が可愛くて動画見てる時間なんかねえよ」

「あーはいはい」

 要がひらひらと手を振った。

「まあそのなんていうの?ようは『素材』を撮ってきて欲しいんだってさ」

「自分では行かないのか」

「経費のもらいはぐれはないから安心してよ」

「いやそこよりもな…なんだこれ」

 俺はその、A4束ねた自称企画書をストローの空袋でつついた。

「「トロピカル因習アイランドツアー」」

 期せずしてハモる。


 ネットのネタは鮮度が命なのだという。ある日突然どこかでぽんと現れた概念が「バズ」を起こすと大量のフォロワーが現れるが、早く飛びついた奴ほど勝ち。スピードが正義。まあわかる。

 しかしこれはなんやねん。思わず関西弁で突っ込むわ。関西に縁もゆかりもないけど。

 ある日Twitterで脈絡なく『トロピカル因習アイランド』なる単語が爆誕して、面白がった人たちが設定を盛ったり小説書いてコンペやったりと盛り上がっているらしい。みんな暇か。おれも暇だけど。まあそんなわけで(どんなわけだ)件のユーチューバ?ブイ?が、そのテーマで動画を作るべく素材撮ってきてくれと要に頼んだ、らしい。てか引き受ける要も暇かよ。その日のうちにシッターさんに猫頼んで出てこれる俺も暇だけどさ。

 そんなこんなで珍しく雪が積もった愛しのマイホームタウンから一昼夜。

 ツアーと言いながらひたすら引率の要にくっついてきたここは、まさに南国だった。一応日本だが今乗ってきた船もいまや定期便ではないという。なるほどいい素材になりそうだ。誰が見るのかはおれは知らんが。

 船で少し具合が悪くなったという要はトイレを探して消え、プランの何もかもを要にまるなげにつき暇になったおれは仕方なく、閉鎖状態の乗船待合所の土産物ウィンドーなんかをハンディカムで撮ってみたりしていた。アレもこれも日焼けで白っぽい。日付が平成前半のパイナップルやマンゴーといったフルーツの広告にハイビスカスのイラスト、ポスターの水着美女は今や別の仕事でテレビに出てるあのおばさんだ。日差しはきつい。

「南国だなあ…」

 平和だ。

 まさにトロピカルアイランド。

 依頼主によるとこののんびりした温かく明るい平和な島であちこち面白そうなものを映像で撮ってこい、とのこと。

 まあ、素材というからにはこの平和な光景でもどうにかして使うんだろう。因習ってなんだろうな。流行りはわからん。

「来てしまったのですね…」

「へ?」

 不意に耳元で囁かれて振り向いても誰もいない。空耳か?と思ってあたりをみまわしても誰も…いや、いた。俺の肘のあたりまでしかない小柄な爺さんが立ってた。南国ならではの明るい日差しの中、吸い込むように黒い半袖を着てる。そのせいか、足元の影がやたらに暗く見えた。

「ご予約の、____様ですね…」

「えっと連れが今トイレに」

「はいはーい、お迎えありがとうございます」

 要がいつの間にか帰ってきていた。

「無事にお揃いでおつき、何よりです…これで揃ってしまった…」

「へ?」

「車こちらです…」

 なぜか寒気がした。


 宿も、周囲に僅か残る家々も、道路標識も、『サメ注意遊泳禁止』の看板から何からどこまでも白く日差しに漂白されかけていて、生い茂る緑と眩しく対比になっている。宿は昭和レトロといえばまあ聞こえがいい程度の民宿とはいえサービスをする気だけはしこたまあるようで、メシの時間まで散策するというと派手柄のアロハシャツとハーフパンツを選ばせてくれた。部屋も日本宿お馴染みの謎スペースの床はニスが割れてパリパリしているが、居心地は悪くなさそうだ。

「んで、何撮ればいいわけ」

「なんでもいいからたくさん映像があると助かるみたいだから、2人がかりで撮りまくろう」

「因習も何もなさそうだけどな、こんなのんびりしたとこで」

「だよね。ケータイ使えるしテレビ映るし」

 宿から撮影許可も出たことで、部屋とか撮りまくったあと外に出た。宿が貸してくれたサンダルからからいわせて歩き回る。どこまでも白茶けた人工物と、濃い色の自然物のコントラストは美しい。陽が傾いてきた。

 しかし誰もいない。鳥もいない。猫もいない。ぺろんと広がるのは収穫が終わった何かの畑らしいがそこにも誰もいない。宿も泊まってるのはおれたちだけらしい。別の意味で大丈夫なのか、ここ。

 夕飯は魚づくしだった。野郎とサシで部屋食だが、相手は要である。普段の暇飯と変わらんじゃないかこれ。とりあえず食ってると、迎えにきてくれたあの爺さんがサービスだと言ってビール持ってきた。そして、

「今夜は島の祭りなのでぜひ来るといい」

などという。

「撮影してもいいですか?」

 活け造りの魚の、身を食い終わったところにちょっとショーユ垂らしてまだ魚の口がぱくつくのを撮ってた要が尋ねた。てか、なんてもん撮ってんのおまえ。

「どうぞお好きにしてください」

「じゃあ行きます」

 おれに決定権も拒否権もない。ので、そういうことになった。


 夜になっても暑い。感覚がバグる。昨夜までは暖房代のことばかり考えてたのに。夜道は月で明るく、道は白っぽい。違和感が凄まじいがその理由がわからん。とりあえずハンディカム構えて、この暑いのに黒ずくめに着替えてやがる爺さんの引率で祭りの会場に向かっていた。

「なあ要」

「なに」

「なんかおかしくないか?違和感っていうか」

 んーー、と要が考え込んだ。「いや何だろうね、ボクもなんか気になるんだけど」

 夜道はひたすらに静かで、舗装されてない道を踏む三人分の足音だけが響く。

 10分ほど歩くと、ひとが集まっているらしい気配と音楽と、にぎやかな明かりが見えてきた。なんか焼ける匂いもする。海辺だった。白くぺったりとコンクリートで固められた広場がぶつりと消えて黒い海。思ったより大勢の人が集まっていた。祭りは全員参加なのかな。シルエットでよく見えないが若い人も子供もいるようだ。

「よくきたお客人!!!あなたたちが祭りの主役だ!!!!」

 へ?

 はい?

「お客が来たからには祭りをせねばならぬ!」

 なんで?

 俺と要は顔を見合わせた。

「さあさあこちらへ!お二人とは好都合!〇〇〇〇様と○〇〇〇〇〇〇様、それぞれに平等に!!」

 強烈に嫌な予感するなこれ。あれよあれよというまにコンクリじたての階段を上がらされて座らされる。

 とりあえず頼まれたことはやる主義の俺はハンディカムでぐるっと周りを撮ってみた。よくみたら集まってる人々は全員黒い服を着ている。よく日に焼けている。白っぽくて派手なカッコしてるのはおれたち2人だけだ。宿で貸してくれた派手柄の上下。まさか。

 俺たちが座ったところで人々がおしゃべりや音楽を止めた。

 しん、とあたりが静まり返る。


「わかった」

 違和感。

 虫の声ひとつしない。南国につきものの鳥や田舎あるあるの謎生き物の声も。なんにも。

「おい要、ヤバいこれ」

 要の腕を掴んで立ち上がる。こういうタイミングでいちいち聞いてきたりしないのが要だ。

「お客人、どこへ」

 周囲がざわついた。ガタイのいいのがスッと周りに立ち塞がる。

「客が来たからには祭りをせねばならぬ。お客人を捧げねばならぬ!!生贄!生贄!」

 因習ー!!!!!!ネタから因習ー!!!!!!

「この島に来たお前たちが悪い!!!贄となれ!!!」

「知らねえよそんなの!!!!」

 何でもかんでも人のせいにしてんじゃねえぞほんと。

 俺は要を引っ張って、寄ってきた島民(多分)を肩で突き飛ばし、階段を駆け降りた。しかしこの期に及んでまだハンディカム構えてる要もいい度胸してる。

 あまりに過疎っ過疎で集まってる人数が少ないのが逆によかったのか、人は簡単に振り切れたがさてどうする。宿には戻れまい。土地勘はない。スマホと財布くらいは身につけてるがそれだけだ。これ警察呼んでもすぐ来るかどうか。

「どうしよう徹サン、ここ圏外だ」

 詰んだ。脆弱な現代人、詰んだ。

 港は…宿も…まあ見張られてるよな…

 立ってるだけで汗が吹き出す白っぽい道の真ん中にアロハ着た男が2人。道の両側にもっさりと茂っているのに虫の声すらしない。

「これが因習…」

「いやおかしいだろホントこれ」

「ボクたちのせいなのかな」

「んなわけないだろ、言いがかりだ言いがかり」

「なんとか様って言ってたけど」

「知らん!考えたくもない」

 打つ手もないままハンディカム回しっぱなしでそんな話をしていると遠くにチラチラ火が見えた。

「やべ、追ってきたアレ」

 いっておくが2人とも土地勘は皆無だ。さりとてこの状況で森に踏み込む勇気はない。てか服が派手。よくみたら蛍光パッチ付いてんのこのアロハ。気づけよおれ。いや気づくわけねえだろおれ。

 とりあえず道を走った。ゆるく登って森が開ける。夜空が開ける。

「行き止まりだよ徹サン!」

 そうきたかー。

 崖っぷち、だった。そんなに高さはないけど、立派な崖っぷちだ。


 あがった息がおさまらない。みんな忘れてるかもしれないがおれは病み上がりなんだ。それでも松明が増え、さらにその背後に

「なにあれ…」

 普段滅多なことでは慌てた声なんか出さないタイプの要が、引き攣った声を出した。月を背にして逆光の、黒い、でかい、なにか。

「〇〇〇〇様!!こちらに!!!贄が!!!」

 キンキン声で誰かが叫んだ。誰が贄だだれが。

 松明が投げ出され、人が両脇に退いた。でかい何かがこちらに…ってまだお前撮ってんの要、度胸あんな。

「うわすっげ…」

 人はファインダー越しだと危機感が薄れるつったの誰だったかな。

「おい要!撮ってる場合か!」

 腕引いてもダメだおいやべえ逃げいやどこへなにあれでかい思ってたよりでかいうわ口開け背後海じゃん飛び込…いや無理なんか岩見えて誰か助け島民万歳すんなアホうわなにこれ生臭



 なにかが、飛んだ。

 そして、背後で、海が沸いた。



 要の腰あたりにタックルかけて横っ飛びするのと、なんか黒い何かが飛んだのと、海から何かが飛び出したのと同時、だったらしい。要のハンディカムの映像によると(てか、撮ってたのかよ!アレを!)

 海からずぬり、と沸いたでかいなにかが口のような何かを開いて黒い何かを半ぐわえにして海に帰っていった…ように、見えた。

「うっそだろ…」

 ざあん、と海が鳴って、静かになる。

 次の瞬間。

 森からうわん、と虫や何かの声が沸いた。

「〇〇〇〇様と○〇〇〇〇〇〇様がー!!!!」

 悲鳴じみた島民の叫びが後を追う。

「おまえらのせいで〇〇〇〇様がー!!!」

 いや、なんで俺らのせいよ。

 海がもう一度ざわつき、頭と胴が離れかけてる〇〇〇〇様(陸側の方がそれっぽい)が〇〇〇〇〇〇〇様に咥え上げられ、どたぱーん、と沈んでいった。

「あれ…死んだかな…」

 俺の呟きに人類は誰も答えなかったが、けたたましい声をあげて南国っぽい鳥が夜空を舞っていた。


 最初に祭り会場として連れてこられたあの広場まで、島民の皆様に遠巻きにされつつ戻ってきた。なんというか人類皆、どうしたもんかなーという雰囲気である。要はさっき死にかけてたのにまだハンディカム回している。もう電池ないかも、とか言ってる。俺のはさっき逃げてる時かなんかにどっかぶつけてたみたいで動かないから、バッテリーを外して渡した。

 森がやかましい。

 ジー、みたいな虫の声以外に、時々アギャオオオオゥ、みたいなえげつない声もする。実際不気味なのだがむしろ安心感があった。や、森ってこうだよな。

 広場の真ん中にはなんかキラキラした石が落ちていたが、それを見て島民がいきなり態度を変えたのには驚いた。俺たちは急に賓客扱いとなり、宿まで送られ、島の区長と名乗るおっさんが頭畳に擦り付ける勢いでスンマセンスンマセンどうかご内密にとやり、撮った画像は島民部分全カット、切り刻んで編集するのを条件にお使いくださいとの言質をとることもできた。夜が明けたら船も出してくれるという。半分厄介払いの気配あんなーと思いつつも俺たちは了承した。なんつうか騒いでもこのしょぼ島で何も出てこないだろうし…映像は撮れたし…疲れたし…

 流石に寝る気にならず朝を迎えた。

 外に出ると野良猫歩いてたり、その野良猫をクソ派手な鳥が威嚇してたり、犬やニワトリが叫んでたりする平和な南の島だった。畑仕事をする派手シャツの村民もいた。

 因習とはなんだったんだ…?

「考えるだけ無駄かも」

 流石に疲れ切った感で要が言った。

 港に着くと昨日の区長のおっさんたちが待ち構えており、ペコペコ頭を下げながら島の特産だという地酒と干物を押し付けられた。長そうな話を切り上げたかったのでいただいてしまう。船は行きに乗ったのよりデカかったが、要は睡眠不足もあってか初手から顔色が悪かった。

「なんだったんだろうな南の島…」

「さあ…」

 海はベタ凪ぎでひたすらにクソ暑い。結局貰っちゃったこの派手アロハがよく似合う日差しだ。昨夜のような体験がなかったらもう何日かここにいたくなるな。おれは夏が好きなんだ。

 バテてる要をそっとしておいて(放置ともいう)船に同乗してる島民と話をする。この船は漁船も兼ねてるらしく、おれたちを下ろしたらすぐ漁に戻るそうだ。なんかすまなかった。そりゃこんな気候じゃ全員真っ黒になるよな。俺も腕がヒリヒリしてきた。日陰に入ろうとした途端

「おいあれ」

 水平線がぐわん、と歪んだ。

「またなんかきたー!!!!」

「うわああああああ!!!お前らのせいで○〇〇〇〇〇〇様がきたー!!!」

 いやまて、なんでおれたちのせいなんだよ。

 船が進路を変えるより早く水平線の盛り上がりはみるみる近づいてきて、ぺっ、と何かキラキラ光るものをこっちに飛ばし…

「おぅわ!?」

 胸元に来たから咄嗟にキャッチしてしまった。

「○〇〇〇〇〇〇様からの下され物だ!!!!」

 いやまて。

「いやこれ空瓶…」

「あんた愛されてんな!!!良かったな!!」

 お願い話を聞いて。


 瓶はよく見たら蓋がしてあって中にお手紙入ってて、開けたらなんか東北あたりの学校の子供の名前が書いてあって、連絡したら結構な歳のおばちゃんたちからやたら長いお礼状が来たりしたけどそれはまた別の話題。

 俺たちがあんなに必死に撮った素材、件のブイチューバ?が動画化したのを見たけどCGすげえとか演出が雑とか新境地とか新作希望とか言いたい放題言われてたのもまた別の話題。

 貰った地酒がめちゃくちゃキツくて要が店の客に飲ませたら救急車案件になったのもまた別の話。

「結論としては、ネットのバズりに安易に乗るのは危険だってことだと思うんだよおれ」

「そこ?そこなの??」

 あと、要はカメラ持つと人格変わるタイプだった。


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ぜんぶトロピカル因習アイランドのせい。 ヤナセ @Mofkichi

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