リアルボット・ドット・ネット
サイド
リアルボット・ドット・ネット
午後7時のとある食卓にて。
「お父さん、夕御飯ですよ」
母、こと橘立花(たちばな りっか)はポトフの入った圧力鍋をキッチンから持ってきた。
「ああ。朔夜(さくや)は?」
父、こと橘隆司(たちばな りゅうじ)がお茶を飲みながら尋ねる。
「あの娘は部屋でパソコンのゲームをしてるみたい」
「またネットゲームか。最近四六時中やってばかりじゃないか。やはり娘の部屋にLAN回線を繋いだのは間違いだったかな」
「いいんじゃないですか?その前までは部屋に引き込もって、塞いでばかりだったんですから」
「それは、そうだが……」
うむむ、と隆司は唸る。
まあ、仕方がないと言ってしまえばその通りなのだが。
「あいつ、友達いるのかな……?」
ぽつり、と隆司は中空へ向けて不安げに呟いた。
同日同時、別の場所にて。
「さー、今日もネトゲーに励むか!」
某所の高校三年生、古賀透(こが とおる)はパソコンの電源を入れて、ネットゲーム「Moon Frontier」を立ち上げる。
いつものギルドには一人だけオンラインのプレイヤーがいた。
相手に心当たりがあった透はメッセージを送る。
『うっす、Sakuyaさん』
Sakuyaと呼ばれた女性アバターは振り返り、チャット欄が開いた。
『あー、ハンマー君だー。おっつー!』
『トールです。仲間内で定着しつつあるんで止めて下さい』
『えー、北欧神話のトールがハンマーを持ってたことから文字ったんだからいいじゃん!』
『捻る必要なんてないでしょ、このネトゲ廃人』
『むー、失礼だなー。今日はまだ20時間程しかインしてないよ?』
『……時々思うんすけど、Sakuyaさんって何者なんすか? 多分ヒマな大学生っすよね? でなきゃ、ニート』
『あー、ネトゲーでリアルの個人情報を探るのはタブーだよ?』
『う、それは、まあ』
その通りなので透はキーボードを打つ手を止める。
しかし、この人、本当にいつでもインしているな、と思う。
レベルとステータス、ジョブは上限最高、アイテム、装備も完璧。
何より恐るべきはそのプレイヤースキルだ。
Sakuyaと一緒に狩りへ出ると死ぬことがほぼない。
とあるヒマ人が統計した所、100回に1回パーティに死人が出るかどうかという超低確率らしい。
それも、バージョンアップしたてでモンスターの情報がなかったり、通信のラグが起きて回復魔法が間に合わなかったりしていた場合位だ。
Sakuyaは攻撃魔法と回復魔法、両方を使えるジョブを愛用している。
両方の魔法を使える代わりに中程度の効果の魔法しか使えないジョブだ。
よって、存在価値はプレイヤースキルに大きく依存するのだがSakuyaの腕は神がかっていた。
パーティ全員のHPとMP、ステータスを完璧に把握し、クリティカルヒットのダメージすら想定内とした回復を前もって行う。
その一方で弱点の属性の攻撃も忘れない。
必然として味方は死なず、敵が死ぬ。
Sakuya曰く、『ネトゲもリアルも死ななきゃ勝ち!』だろうだ。
その技術を前にしたプレイヤーはSakuyaのことを尊敬と畏怖の念を持って、こう評した。
『俺のことハンマーって呼ぶなら、Sakuyaさんは千手観音って呼びますよ?』
『ごめん止めて、トール君。私、女の子だから……』
返答と共にアバターがさめざめと泣く。
『千手観音』と言うのは人間離れした情報の把握と、取捨選択、そして理論的にも物理的にも不可能としか思えないキーボード操作を行うSakuyaの二つ名だ。
他にはアメリカ国防総省が開発した自律行動プログラムを搭載したbot、ネトゲをプレイしながら寝落ちし、空腹が原因で死亡したプレイヤーの幽霊、などなど様々な諸説が飛び交った。
以前ギルドのプレイヤーが面白がってそれらを流布した所、光の速さで普及した後、Sakuyaは言った。
『やめろ! それ以上言いふらすなら、私の本名と生年月日、住所を全プレイヤーへ向けて発信するぞ!』
すると、
『おい、やめろ』
『Stop Stop!』
『不行!不行!』
と言うレスがワールドワイドに付き、騒動は何とか沈静化した。
『あ、ごめんトール君。親がそろそろ切り上げろって言ってる』
『正論っす』
『一旦ログアウトするね。また明日~!』
そう言ってSakuyaはログアウトした。
午後9時、橘家の朔夜の部屋の前にて。
隆司と立花は鋼鉄製のドアをノックする。
がちゃ、と自動で鍵が外される音がして、二人は娘の部屋に入った。
定期的な電子音と様々なコンソールやケーブルが乱雑に広がる、何かの実験室のような様相だ。
隆司が問う。
「朔夜、ネットゲームからログアウトしたか?」
何もない空間に電子ウィンドウが開き、メッセージが表示された。
『うん。もうちょっとやっていたかったけど』
立花が困ったように軽くたしなめた。
「楽しいのはいいけど、程ほどにね?」
言いながら部屋の中央へ視線を向けると、円筒形の巨大なフラスコが視界に入った。
『いやー、もう、楽しくさー! 何で一日って48時間じゃないんだろうね!?』
「そうか。友達は出来たのか?」
『うん、今のフレンドリストは500人位かな』
「……、お父さんは気の許せる友人が10人いればいいと思うが」
答えながらフラスコを見据える。
そこにあったのは、培養液の中で浮かぶ一つの脳で、いたる箇所に電極が埋め込まれている。
二人の娘、朔夜がこんな姿になったのは一年ほど前。
交差点を渡っていた当時高校二年生だった彼女へダンプカーが突っ込んだのだ。
すぐに病院へ搬送されたが、身体は全損。
助かる見込みはなかったが脳外科医である隆司と脳神経内科医の立花が、生きていた脳を密かに自分達の家へ持ち込んだ。
腹をくくった二人は意思伝達を行うメカニズムを解析し、電極を差し込んだのだ。
そして奇跡か、単なる運命のイタズラか、言葉による意思の疎通が出来るようになってしまった。
朔夜がケラケラと笑う。
『いやー、あれからの一年はヒマで死にそうだったよー。でも今はお父さんがネットに繋いでくれて最高の日々! ゲーム楽しい!』
何せ、朔夜はネットゲーム操作をキーボードを介して行う必要がない。
指示情報を電子化し、サーバーに送ればそれだけで操作性は飛躍的に向上する。
また、肉体を失った為、脳は単体の器官として独立し、独自の思考ルーチンを手に入れた。
視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚の情報処理を必要としなくなった為、コンピューターで言うところの記憶容量とメモリが大幅に増加したのだ。
……最も、それが仇となり『千手観音』だの『bot』だの『幽霊』などと呼ばれてしまったのだが。
「インターネットと言うのは不思議なものだな。匿名性がこんなに便利で、有益なものだとは思わなかった」
「そうですねえ。事故が100年前だったら朔夜は一生フラスコ内でヒマだったかもですし」
『ちょ、お母さん止めてよ。そういう怖いこと言うの!』
「道具の善悪は使う人間が決めるもの、ということだな」
『うんうん、お父さんが良いこと言った! と言うわけでもう一度インして……』
「ダメですよ。朔夜、身体を休めなさい」
そう言って立花はLANケーブルを引っこ抜く。
『あああ、お母さん、そんな殺生な! 第一、私、身体ないよぅ』
「屁理屈を言わないの」
「お母さんの言う通りだ。ついでに少し生活態度を改めなさい」
そう言って二人は呆れたようにため息を吐いた後、部屋を出て行く。
ぽつん、と取り残された朔夜は、
『いや、フラスコに浮かぶ以外出来ることなんてないんですけど』
とつっこみつつ、それでも満足そうに現状を結論付けた。
『ま、いいか。ネトゲもリアルも死ななきゃ勝ち、だもんね!』
リアルボット・ドット・ネット サイド @saido
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