金の腕時計

真山おーすけ

金の腕時計

友人二人とファミレスで飯を食っている時、呼んでもいないのにどこからか嗅ぎつけたのかタケルが現れた。

タケルはお調子者でいい加減。うまい話に飛びついては、いつも痛い目にあう。

こいつの近くにいると、いつも何かに巻き込まれて迷惑を被る。

だが幼馴染ということもあって、俺は縁を切ることも出来なかった。


俺達の前に現れたタケルの左手首には身分不相応な、いかにも金持ちがつけていそうな金ピカの腕時計がついていた。


「うわ、めっちゃ高そうな時計してるじゃん」


俺より先に気づいたケンタロウが言うと、タケルはどや顔で金の腕時計を見せつけてきた。


「いいだろ! 羨ましいだろ!! 絶対高いぜ、この金の腕時計」


ベルトも文字盤もゴールドに輝き、縁や数字部分にはダイヤらしき宝石が装飾されていて、照明が当たると眩く煌めいた。

文字盤には某有名なブランド名が彫られ、本物ならばうん百万円する代物だろう。

無論、そんな高級時計をタケルが買えるはずもない。

だが偽物だとしても、タケルの趣味ではないような気がした。

タケルが手首を返した時、腕時計の側面に黒ずみが見えた。

俺は何となくそれが気になり、外してよく見せてくれとタケルに頼んだ。


タケルは「いいよ」と言いながらも、”盗むなよ?”と言わんばかりの疑いの目で俺を見ながら、金の腕時計を外してテーブルの上に置いた。


その金の腕時計は想像以上に冷たく、ずっしりと重みがあった。

煌めくゴールドと文字盤のダイヤが、興味のない俺でも手に入れたくなってしまいそうになるが、貧乏揺すりをしながら睨むようにこちらを見ているタケルを見て我に返る。


俺は金の腕時計をひっくり返した。

すると、表面は新品同様で傷一つついていないというのに、裏面は全体が黒ずんでいて傷も多く、かなり使い込まれているようだった。

耳元に持ってくると、時計からは繊細な秒針の音が聞こえ、そして、何かもう一つ別の音が聞こえたような気がした。


「早く返せよ」


タケルにそう急かされ、俺は渋々金の腕時計を返した。


「で、これどうしたんだよ。盗んだのか?」


タケルは俺の顔を見ながら大きなため息をつき、「違うんだよ」と否定した。

だが、ドヤ顔で手に入れた経緯を話すタケルに俺達は呆れ返った。



タケルの話では、その日は大学の先輩から合コンに誘われ、とある居酒屋で夜遅くまで盛り上がった。

閉店時間が迫り、騒ぎ足りなかったタケル達はその後カラオケ屋に行ったそうだ。

カラオケ屋から出た時にはすっかり空も白んでいて、先輩や女の子たちはタクシーで帰った。

だが、タケルは持ち金もなく、家まで歩いて帰ることにした。

歩けば二時間ほどで着く距離。

空は明るくなっていたが、タケルが歩く大通りには人気もなく車もほとんど走っていなかった。


ある交差点を渡った時、前方から大きなエンジン音を鳴らしながら走ってくる大型バイクが見えてきた。

かなりのスピードを出していて、それはあっという間にタケルの横を通り過ぎた。

「うるせえな」

そう思った瞬間、背後からでかい衝突音がした。

振り返ってみると、交差点で黒塗りの車と先ほどの大型バイクが衝突し、大型バイクは横転しながら路面を滑り、その運転手は吹っ飛ばされた。

黒塗りの車からは運転手らしき人物が出て来たが、周囲を見回した後で運転席に戻ると走り去ってしまった。

タケルはその現場を唖然としながら見ていた。


するとその時、タケルの足元に何かが落ちて来た。

それは大型バイクの運転手の左腕だった。

その手首には金の腕時計がはめられていて、ちょうど朝日が反射をして煌めいていた。

一瞬躊躇ったものの、タケルはその金の腕時計を左腕から奪い取り、走り去ったという。


タケル曰く、

「俺につけて欲しいって、こいつ(金の腕時計)の声が聞こえた気がしたんだよね。だから、頂戴したわけ」


タケルは悪びれる様子もなくそう言った。


「よくばれなかったな」


「それが結構でかい音はしたけどさ、誰も出て来なかったんだよ。あの辺、住宅地じゃないし、あの時間は誰もいないんじゃないかな。とにかくラッキーだったってこと」


曰く付きの金の腕時計を見せびらかすタケルに、俺とケンタロウは返すように勧めた。

だが、当然聞く耳を持たなかった。

逆にコウスケは、売ったら高そうだとか唆していた。

だが、「やらないぞ」と言われた時には、真顔で「いらない」と答えていた。


ファミレスを出た後、俺達はタケルが目撃した事故現場に行ってみることにした。

すると、交差点の信号機付近には死亡事故の目撃者を募る看板が立てられ、そこには花や缶コーヒーが供えられていた。

それを見たタケルは手を合わせながら「ありがたや、ありがたや」と不謹慎な言葉を口にしていた。


そこにいた全員が思っただろう。

罰が当たると。


そして、それは現実となった。




数日後。

高校時代の仲間と久しぶりに集まり、食事会をすることになった。

タケルは他のメンバーが集合しても現れず、約束の時間から一時間ほどが過ぎてようやく現れた。

その時のタケルは覚束無い足取りで顔色も悪く、目の下には隈が出来ていた。

しかしその左手腕には、しっかりと金の腕時計がはめられていた。

その輝きは以前よりも増しているような気がした。

当然その時計を見た仲間は興味津々にタケルに近づき、価格のことや手に入れた経緯を尋ねた。

さすがに本当のことは言えず、ローンや借金や借り物だと誤魔化していた。


タケルに群がる女子たちの奥で、睨むようにこちらを見ている目もあり、そのうち暴行されて奪われるのではと少し心配をした。

とはいえ、タケルがやったことを考えれば、それぐらいの罰は当たっても仕方がない、という思いもあったが、その心配は無用だった。

何故ならその金の腕時計を見て「よこせ」と絡んでくる奴も、強請ってくる者もおらず、経緯を知っているのは俺達だけだというのに、誰もがその金の腕時計に触れようともしなかった。


そして、タケルの様子も次第におかしくなっていった。

最初は周囲と盛り上がっていたが、何気なくタケルの金の腕時計を触ろうとした女子の手を叩き、目が合っただけで「俺の時計奪う気だろう!」と怒りだした。

その姿は異様だった。

まるで、大金を得た小心者のように、誰もが略奪者のように見えるのだろう。

タケル自身がそうであったのだから。

そんなタケルの様子に女子達は当然怖がってしまい、食事会は最悪な雰囲気でお開きとなった。


女子達を見送った後、店の隅で震えているタケルに話しかけた。

すると、タケルは貧乏揺すりをしながらにわかには信じがたいことを話し始めた。

それは片腕のない顔の潰れた化け物が、金の腕時計を奪いに来るというものだった。

暗闇で身を潜め、タケルが眠るのを待っているという。

明るい時には、耳元で”飛べ””死ね””自害しろ”と囁くのだという。


「あいつらはこの金の腕時計を狙っている。絶対に渡さない」

と、タケルの精神はかなりやばい状態だった。

俺は今一度金の腕時計を返すように説得したが、それを邪魔するかのようにコウスケは「それはお前の宝物だ。だから、誰にも渡すな」と唆す。

「ああ、そうだ。これは俺のものだ」

そう言って金の腕時計を握り締めたタケルの手は震えていた。


「お前は悪い奴だな」

タケルをタクシーに乗せて見送った後、コウスケに何故あんなことを言ったのかを尋ねた。


「だって、面白そうじゃん。あいつの顛末気になるし」


薄ら笑いを浮かべてコウスケはそう言った。


「あいつに何かあったらどうするんだよ。心配にならないのか」


「ならないね。俺、あいつ嫌いだし」


「じゃ、なんでお前はいつもあいつを誘うんだ」


「あんな奴でも場の盛り上げ役だからだよ。さ、俺達も帰ろうぜ」


俺は複雑な思いを抱いたまま家に帰った。



その翌日のことだった。

夕方過ぎに俺のスマホにタケルから電話が掛かって来た。

電話に出た途端、タケルは慌てふためきながら電話の向こうで何か叫んでいた。

何を言っているのか聞き取れず、俺は何度も何度も「落ち着け」と繰り返し伝えた。

すると、少し落ち着きを取り戻したのか、「家に来てくれ」という言葉が聞き取れた。


俺は何か嫌な予感がして、嫌がるケンタロウを引き連れて、タケルの住むアパートに向かった。


タケルの部屋のドアは閉まっていた。

インターホンを鳴らしても、ドアを叩いても応答がなかった。

電話を掛け直してみたがタケルは出ず、ケンタロウの提案でベランダの方へ回ってみると、部屋の中で壁にもたれかかっているタケルの姿が見えた。

幸いベランダのガラス戸には鍵が掛かっておらず、俺達はそこから室内に入った。


そしてタケルに話しかけながら近づいていくと、俺はその異様な光景に絶句し足を止めた。


壁にもたれながら座り込むタケルの周囲は血の海だった。

タケルは茫然としている。

よく見るとタケルの左手首がない。

血はその左手首の断片から流れていた。

タケルの左手首は、少し離れた床の血だまりに転がっていた。


「タケル、しっかりしろ!!」


朦朧としていたタケルが俺達の顔を見て、今度は錯乱して暴れ出した。

左手首から流れ出る血。

俺とケンタロウは必死でタケルを取り押さえた。

すると、どうにか俺達だと理解したタケルは、声を震わせながら言った。


「あいつらが襲ってきた」


「あいつら?」


「片腕のない顔が潰れた化け物。それを持って俺の金の腕時計を奪いにきた。あいつらが俺の左手首を切り落とした」


タケルが指差す先に血塗れの手のこぎりがあり、刃には肉片らしきものが僅かについていた。


すぐに救急車を呼び、タケルは切り離された左手首と一緒に病院へ運ばれていった。

俺達はその場に残り、やってきた警官に事情を伝えた。

だが、当然タケルの話を信じるはずもなく、薬物の疑いまでかけられた。

それに警官は言った。


「襲ってきた割には争った痕跡がない」と。


確かに電話を掛けてきた時、タケルはひどく錯乱していた。

というのに、部屋は荒れた様子もなく床には凶器の他に何も落ちてはいなかった。

それに血濡れの手のこぎりは、タケルの所有物だった。

柄にはタケルの好きなバンドステッカーが貼られていた。


「自分で切り落としたんじゃないかな」


警官のその言葉に俺達は絶句したのだった。




翌日、俺達はタケルが入院する病院へ見舞いに行った。

病室のベッドで寝ているタケルは、酷く落ち込んでいる様子だった。

命に別状はなかったが、タケルの左手は元には戻らなかった。

あの時、俺は見てしまった。

床に落ちたタケルの左手首の断片が、信じられないほどの早さで腐敗していく様を。


そして、タケルは呟くように言った。


「俺の金の腕時計を奪った奴がいるんだ」


「は?」


「病院に着くまではあったのに、眠っているあいだになくなったんだ。きっと病院のやつらに違いない。絶対見つけてやる」


憎悪に満ちたタケルの目は、完全に狂っていた。

だが、ケンタロウが言った一言でその思いが折れたようだ。


「お前だって奪っただろ」



その後、俺達が看護師さんや清掃スタッフに尋ねてみたが、心当たりがないと言われた。

誰もそれを見ていないという。

担当の看護婦さんですら。

さらには救急隊員の人にも聞いてもらったのだが、切り落とされた左手首には腕時計などなかったと言われた。


思い返せば、あの時床に転がっていたタケルの左手首には金の腕時計がはめられていたかどうか、俺もケンタロウも記憶が曖昧だった。


結局、あの金の腕時計は見つからず行方不明となった。


その後、ひき逃げ犯も捕まったようで、現場にあった看板も撤去された。

金の腕時計を失い落ち込んでいたタケルも、そのうち諦めがついたようで喧しい男に戻った。

顔色も以前と比べ物にならないほど良くなった。

しかし、失った代償は大きかった。


コウスケにそのことを伝えた。

俺が「あの金の腕時計、一体どこに行ったんだろうな。このままじゃ、持ち主も死んでも死にきれないだろうな」と言うと、コウスケは最後におかしなことを言った。



「本当の持ち主がそいつならな」

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