私に転生など必要ない!~生まれたときから勝確です~
三塚章
第1話 プロローグ
明らかにガラの悪い男二人、若い女性の前後をふさいでいた。
「テメエ、来いっていってるだろう!」
背の高いゴロツキが言う。
「ついてきてくれないと、俺達が困るんだよ」
太ったゴロツキも続けた。
女性はなんとかして逃げようとしたが、行く手を遮られて逃げることができない。「や、やめてください」と小声でいうだけだ。
食堂の客たちは、男達の注意を引かないように目をそらせている。いつもならやかましいほどの食器の触れ合う音や、おしゃべりもひかえめだ。
店主が、給仕の女性に声をかけた。
「おい、二階の領主様を呼んで来い」
「は、はい」
ゴロツキ達に気づかれないように、給仕女性はそっとVIP室の二階へ向かっていく。
男達は、それに気づかずまだ女性に絡んでいる。
男の無骨な手が、華奢な女性の手首をつかむ。
「え? あんな金持ちに目をかけてもらえたんだ、おいしい話じゃねえか」
「なんども嫌だと言っているでしょう!」
女性は振り払おうとしても、女性の力では無理のようだった。
「おい、早くなんとかしろよ」
「そんなこと言われてもよぉ。ああ、こんなときにレイリス様がいれば」
客達は、ひそひそと囁き合っている。
「ハッハッハ!」
影のない、明るい笑い声だった。
階段に、十八ほどの女性が腕組みをして立っていた。
腰まであるはちみつ色の髪。石膏というには頬に暁のような朱がさし、柔らかな肌。黒に近い赤い軍服。そして何より惹きつけられるのはその目だった。右は、夏の晴れた青。左目は、夕日の黄金色。
その美しさに、ゴロツキ達は、言葉を失っていた。
「おお、レイリス様!」
「レイリス様が来てくれたなら大丈夫だ!」
客達がざわめいた。
ゴロツキはようやく我に返り、「何を笑ってやがる!」と女にどなる。
女は、その怒鳴り声に怯えることもなく、笑いを含んだ声で言う。
「いや、女の口説き方も知らないとはあわれだと思ってな。ちなみにルサート、お前だったら意中の令嬢を気を惹くためにはどうする」
レイリスは、後ろに控えていた従者の少年に声をかけた。
十五ほどの少年は、いきなり話題を降られてあせったようだった。
「そ、そうですねえ。誠心誠意で口説くものです。花を捧げるのもいいと思います。あとは、自作の詩や歌など」
そこでレイリスはふふんと鼻で笑った。
「詩や歌はよせ。相当うまくないと、ガールズトークの晒しものになる」
「は、はあ。女性って怖いですね」
二人の会話に、無視をされていると思ったのか、ゴロツキ達は気分を害したようだった。
「何をくっちゃべっているんだ! 俺達はサディアに用があるんだよ!」
背の高い方の男が、女の手を離し、レイリスの方へ近づいてきた。太った男もその後に続く。
「ふう、やれやれ」
めんどくさそうにレイリスはため息をついた。
「ルサート。相手をしてやれ。もっとも、我が従者にして剣の弟子には物足りない相手だろうが」
「はっ」
少年は、ゴロツキにちょっと目をむけた。
「失礼ですが、剣を抜くまでもないかと」
従者の少年は進み出て、階段から一階に降り立った。
「なんだと?」
太った男が、値踏みをするようにじろじろとルサートを眺める。
肩まで垂らした黒い髪。切れ長の目に薄い唇。体つきはいかにも華奢で、どう見ても暴力が得意には見えない。
「こんな優男に、何ができるっていうんだ!」
背の高い男の一言を合図に、ゴロツキ二人が襲いかかってきた。
背の高い男が殴りかかってくる。その拳を、ルサートは滑るように体をそらして避けた。
伸ばしきった男の腕をつかみ、そのまま投げ飛ばす。
その拍子に男の手足が当たったのか、近くのテーブルに並べられた食器ががちゃりと音をたてた。
太った男が、後ろからつかみかかってくる。
ルサートは馬のように足を蹴り上げた。股間に革靴がめり込んだ。
「ぐ、ぐは」
うめき声をあげて男は床に膝をついた。
シン、と一瞬食堂が静まり返った。
そのあと、誰かがパチパチと拍手をした。その拍手はどんどん数を増やしていく。
そして口々に歓声が上がる。
「さすが女領主レイリス様! 忠実な従者ルサート様!」
「我らの領主様!」
「ざまあみろ! レイリス様はな! 神様に愛されているんだよ!」
よろよろとゴロツキ達が立ち上がった。
「な……お前、領主だったのか」
二人とも顔が真っ青になっている。
それはそうだろう。領主に歯向かったら処刑は間違いない。
「ほう、この左目知らないとは、もぐりの悪党か。この町には最近来たばかりだな」
慌てる男達をレイリスは見下ろした。
「もういいから、行け!」
凛とした声が、鈴のように美しく響いた。
ひいひいと声をあげてゴロツキは食堂の外へと出て行った。
「あ、ありがとうございます」
先ほど絡まれていた娘がレイリスとルサートに礼をした。
「い、いえいえ」
ルサートは照れたように微笑む。
「ケガなどはないか? 娘、名前は?」
「あ、これは失礼を。私はサディアと申します」
「しかし、あのゴロツキ達はなんなんだ? どこかにつれていこうとしていたようだが」
「背の高い方がナーク、恰幅のいいのがリッシュ。二人ともヴィテルの手下です」
「ヴィテルって、あの商人の?」
ヴィテルは、この町では結構有名な商人だった。
「一度、ヴィテルが私を見たときに、気に入られてしまったみたいで……」
サディアは、渋い顔をした。
「なるほど。それで手下がヴィテルの基にサディアを連れて行こうと……」
「頼れる者もなく、困っていたのです」
「え、ご両親は?」
少々不躾(ぶしつけ)なルサートの言葉に、レイリスは軽く咎めるように従者を軽くにらむ。
サディアは苦笑した。
「それが……くだらないケンカをしてしまいまして。家出同然に都会に出てきたのです」
「あ、なるほど」
そんなことを話していると、店主がぺこぺこと頭を下げながら現れた。
「どうも、お手数をおかけしまして」
「別にかまわん。大した手間でもない。ルサート、食事の代金を」
ルサートは財布から硬貨を出して店主に渡す。
「さて、そろそろ行こうか」
レイリスはさっと店を見回した。
女領主を一目見ようと、戸口や窓から遠巻きに人々が眺めていた。
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