第2話 森にて
レイリスとルサートは街から離れ、森の中へと入っていった。
昼食後、散歩をするのがレイリスの日課だった。忙しい公務を離れてゆっくりと足を動かすのがよい気分転換になる。今日は町でのどたばたで来るのが少し遅れてしまったけれど。
森といっても、木々の間は開けていて歩きやすい。落ち葉に覆われていた。歩くたび、ガサガサという音がする。枝はすべて落ち、少し寒々しい。
そのとき、「あああ」とも「はああ」ともつかない声がかすかに聞こえてくる。明らかに嘆きのあまりパニックになった、女性の物だ。
「なんだ……? こっちから聞こえてくるが」
レイリスは声の方に足をむけた。
しばらく歩くと、茂みの向こうに大きな岩があった。
その周りをウロウロと女性がさ迷い歩いている。まるでバンシー(泣き女の妖怪)のように、嘆きの声をあげながら。
足とスカートの裾は土や落ち葉で汚れている。
顔色は何日も眠っていないようにやつれていた。
「ご婦人、どうした」
「あ、ああ、領主様。何でもありません。散歩をしていただけで」
明らかな嘘をついた。
「きっと、なにか事情がお有りなのですね。ご安心ください。レイリス様は半分神の血を引いておられる方。きっと力になってくれるでしょう」
女性はうるんだ両目で、レイリスを見据えた。見る見るその目から涙が零れ落ちる。
「じ、実はが、息子が誘拐されまして」
形のいいレイリスの眉がぴくりと動いた。
「この森に遊びに行くと言って出て行った時に。分かっているのです。こんな所を探してみても無駄だということは。でも、犯人の手掛かりが、あの子の手掛かりに残っているのでは、と」
その後、顔を両手で覆ってがっくりと膝をついた。
「ああ、落ち着いて」
ルサートは女性の背をなでた。
「なるほど、興味深い。ご婦人、詳しく話してくれ」
レイリスが言った。
婦人の名前はルーナといった。嗚咽(おえつ)まじりの声で説明を始める。
「あの子がいなくなった夜、手紙が……二日後の夜、金を袋にいれ、この岩のそばに置けと。亭主(ていしゅ)は金をなんとか工面しようとしていますが、それも難しく」
「そういえば」
ルサートが口を開いた。
「聞いたことがあります。よその街でその手口の誘拐があったと。馬に乗った犯人が、鉤のついた棒で袋を回収していくとか」
「ほう……そんな不埒な真似をするとはただではおかん。当然、天誅を食らわせてやる」
レイリスの左目がきらりと輝いた。
「どのようになさいます?」
ルサートは主をうかがった。
「ふむ……ルサートよ、今すぐ用意せい!」
「はっ!」
去っていくルサートと、その様子を見守るルーナを見ながら、レイリスは考え込んでいた。
(しかし……おかしいな)
ルーナの服装は、そう上等なものではない。
身代金も、結構な金額とはいえ、破格というものでもなかった。
(どうせ誘拐するのなら、もっと金持ちを狙いそうなものだが……)
とりあえず、犯人をとっつかまえれば分かることだろう。
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