07:入江くんの青春は終わってしまいました。あーあ。
土曜日の朝七時。俺と深沢さんはついに東京第一ダンジョンへと足を踏み入れた。
第一階層は森林エリアで構成された空間で、地下だというのにも関わらず頭上には煌々と輝く太陽が見て取れる。人類の理を越えた異空間――それがダンジョンなのだと、まざまざと見せつけられている気分だ。
地下に潜っているのに日の光を浴びているという謎の感覚、そして鬱蒼と茂った樹木たちと、その影に確かに感じる生き物の微かな気配が俺に嫌な汗をかかせる。
配信でスマホの画面越しに眺めていた頃ほど、このダンジョンってのは愉快そうな場所ではなさそうだ。
「へー、これがダンジョンなんだねえ」
だが俺の召喚獣――もとい二人きりのパーティメンバーの深沢さんは、ダンジョンから放たれる重苦しい雰囲気をものともしていないようだった。
昨日ショップで購入した革製の軽鎧と
対する俺はといえば、革製のフード付き外套を羽織り、護身用に腕ほどの長さの直剣を持っただけの術士スタイルだ。
「深沢さん、ダンジョンに潜るのは初めてなんだよね?」
「そりゃそうだよ。この前のジョブ鑑定があって初めて潜れるんじゃない」
言いながら、右手の甲に刻まれた刻印を見せてくる深沢さん。この日本において一定以上の年齢を迎えた国民全員が持つこの刻印が、すなわちダンジョンに立ち入るための通行許可証である。
「初めて潜るわりには深沢さん、ずいぶん落ち着いてるなって思ってさ」
「そう? 落ち着いているなら君の方じゃないの?」
「俺はこう見えても心配性だからね」
「大丈夫、見たとおりだよ」
「全然嬉しくない肯定をありがとう」
「皮肉を言えるなら入江くんも元気そうだね。まあ安心してよ、戦乙女のわたしが守ってあげるからさ」
そう言って片目を瞑ってみせた深沢さんは、腰のレイピアをすら、と抜き放ち、惚れ惚れするような笑みを形作った。
いちいち所作が絵になる女だな、と思う。
ダンジョンという異質な空間においても、教室にいる時と違わぬすっきりとした空気をまとう彼女は、確かにクラスで一番の美少女と呼ばれるに相応しい『格』を持っているようだ。
「さあ、わたしたちの召喚解除のために頑張ろう……と思ったけどさ、そういえばわたしたちのパーティの名前つけてなかったね」
「え? そこって重要な話?」
ダンジョンアタックに挑む探索者はパーティを組んでダンジョンに潜ることがほとんどであり、これらのパーティは大抵何かしら名前をつけていることが多い。
と言っても大半は代表者の名前にパーティをつけただけの簡素なものであることが多いが。
つまり俺たちの場合は『入江パーティ』になる。捻りゼロだ。
「まあでも普通に入江パーティでいいんじゃ――」
「深沢パーティじゃ捻りがないと思わない? やっぱここは七海子ちゃんと愉快な仲間たちとかさ……ああでも愉快な仲間なんていないか。……あれ? 入江くんなんか言った?」
「いや、なんでもないです」
なんかすごいナチュラルに自分を前面に出そうとするし、入江お前は別に愉快じゃないからな? という深沢さんからの無言の圧を感じて、俺は押し黙る以外の選択肢を持てなかった。
さすがにクラスカーストトップの女である。自分の名を表に出すべきタイミングを熟知しているに違いなかった。
召喚士と召喚獣という立ち位置など一顧だにしていないそのスタンス、痺れるね。
「パーティ名の候補は三つあります」
「うん」
「一つ、深沢パーティ。二つ、七海子ちゃんと愉快な仲間たち。三つ、
前者ふたつはさっき捻りがないとか言ってませんでしたか?
「深沢パーティで」
「ちっちっち、いかんなぁ入江くん、実にいかんよ」
その白く細長い指を立て、横に振ってみせる深沢さん。こういう細かい動きの一つ一つも様になっているのだから美少女って得だ。
「やっぱりパーティを組むからには記憶に残る名前にしておくべきだとは思わない? この戦乙女、深沢七海子からとったセプテム・マーレ。これしかないよ、うん」
深沢さんの中ではもうすでに答えが決まっているらしかった。わかってたけど。
「もうセプテム・マーレ以外ないじゃん」
「おだまり。この美しい響きの何が不満だというの」
「いや……別にないけども」
この女、自分に対する自信が深すぎる。まあそれだけの美貌と教室内での立ち位置は確かに持ち合わせているけれど。
「ラテン語を使いたがるのはなかなか中二病の気があるね、深沢さん」
「これがラテン語とわかる君もまだまだ抜け出せていないんじゃないのかな、入江くん?」
「……」
「フ。図星だね」
返す刀で切り返されては何も言えない。はい、僕もラテン語とか使いたがるとこはあります。
ただそれはそれとして、この深沢七海子という女、いわゆる『おもしれー女』かもしれない。教室ではわからなかった新発見だ。
「それじゃあ、今日からわたしたち
◆ ◇ ◆
おもしれー女こと深沢さんと連れ立ってダンジョンを歩く。
ダンジョンを探索する際、パーティを組む探索者は当然のごとく隊列を組む。ダンジョンの中で探索者に敵対する存在として現れる魔物と相対するにあたり、この隊列が持つ意味は非常に大きい。
探索者が隊列を組まずに無造作に並んでいるのと、前衛後衛の分担がしっかりしているのでは、戦闘の効率に大きな差が生じるからだ。
攻撃、回避、防御など、戦闘に関わるあらゆる動きには
前衛は敵の攻撃を受け止め、後衛が火力を出す。役割分担と言い換えた方が早いかもしれないが、隊列を組むのと組まないのでは戦闘、ひいてはダンジョンアタックにおいてあまりにも大きい差がある。
「ということだよ」
「……なるほどねー。入江くん、昨日『サルでもわかるダンジョン探索術』の動画見たでしょ。わたしも見たけど」
「……」
「はーい、図星いただきっ」
深沢さんにあらゆることを先回りされてる気がするな……。
まあご高説を垂れたけどこんなのすべて配信者の受け売りで、つまるところ初心者の俺たちはセオリーに則ってダンジョンアタックしよう、ということを言いたかっただけなのだ。
「隊列は俺が前衛で、深沢さんが後衛でいいかな」
先んじて案を出すと、深沢さんは頬に指をあてて視線を少し宙に彷徨わせた。
「うーん、ジョブから考えてふつう逆なんじゃないの?」
「というと」
「わたしは軽鎧を身に着けた戦乙女。対して君は軽装の召喚士。どっちが前衛でどっちが後衛かなんて、火を見るより明らかだと思うけど?」
「まあそういう説もある」
彼女の言うとおり、前衛が向いているのは深沢さんで、俺は後衛の方が向いているだろう。防具薄いし。外套羽織ってるだけだもんね。
ただ、俺もいわゆる男なわけで。魔物の攻撃に多く晒されるであろう前衛に女子を配置することに、思うところがないわけではないのだ。
つまらないプライドと言ってもいいだろう。
俺が黙りこくっていると、深沢さんはじっとこちらを見つめ、なんだかにやにやとし始めた。うっ、いやな予感がする。
「ふぅん……なるほどなるほど」
「どうしたんだ深沢さん」
「いーや、なんやかんや入江くんも結構立派に男の子をしてるんだねえ」
すべてを見透かしたようにふむふむと頷く深沢さん。俺のちっぽけなプライドがバレてる。
「あはは、そういうところは嫌いじゃないよ。でもまあ、さっきも言ったじゃない。この戦乙女が守ってあげるってさ」
「けどね」
「まあまあ。今のでわたしの中での入江くんの評価がゼロに上がったよ? よかったじゃない」
「ゼロに上がった……? え? 今までマイナスだったの……?」
「さあ、レッツゴー!」
言うが早いか、俺を置いて先に進んでいく深沢さん。いやそれよりも今の発言だよ。
あれだけ飯を奢っておいてなお、深沢さんから俺に対する評価ってマイナスだったの? けっこうショックだよこれは?
クラスの美少女が俺の召喚獣になってしまった件 国丸一色 @tasuima
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