06:入江くんの青春は終わってしまいました。あーあ。

 ギルド本部ビル15階。ギルド本部の最上階には展望エリアに加えて、探索者向けのレストランが併設されている。

 高たんぱく低脂質のメニューが豊富でダンジョンダイエット中のトレーニーにも好評だとかなんとか。詳しくは知らない。

 ともかく、俺と深沢さんは連れ立ってギルドレストランにやって来ていた。深沢さんの目的は当然俺へのタカリであり、この会食にはそれ以上の意味もそれ以下の意味もない。


「召喚獣という立場がメリットとして働くことがあるとは思わなかったなー。ホントにわたしの分タダなんだもん。びっくり」


 ギルドレストランの入場にはジョブ鑑定で手の甲に発言した刻印を入場口の水晶玉にかざす必要があるのだが、深沢さんがかざしたところ、『深沢七海子 召喚獣/戦乙女 費用負担責任:入江千景』の一文が表示されたのだ。

 つまり、市民相談部の女史の話は与太ではなかったということ。彼女の食費は俺が支払う必要がある。嘘だろ。


「あの、深沢さん。本当にこの量食べるの?」


 俺はテーブル上に繰り広げられたバラエティ豊かな皿を見下ろしながら、深沢さんに問うた。

 ハンバーグ、パスタ、ピザ、フライドポテト、シチューなどなど。食事の中でメインを張りがちな皿が所狭しと並んでいるが、このどれもが目の前にいる細身な彼女の注文した品である。

 対する俺はカツ丼一個。女子高校生ってこんなに食べる生き物なんだっけ?


「なんか昨日からすごくお腹減るんだよね。これって君の召喚獣になったからかな?」

「いやそれはわからないけど……」

「まあでも食事代は入江くん持ちらしいし、これからはなるべく一緒に食事を摂るようにするね。いやー助かるよ」

「やめてくれ」


 俺は邪念混じりっこなしで即座に拒絶した。無理。この食事の量を繰り返されたらマジで破産する。


「召喚士の務めは果たして貰わないと困るな〜?」

 

 召喚獣の務めも果たしてくれ。


「食費がタダになるなら別に召喚解除も急がなくていいかなって気分になってくるよね」


 この女は……。

 これから加速度的に中身が減っていきそうな財布を思うと頭が痛くなる。落命も金がかかるが落命しなくても金がかかるんじゃどうしようもないな。

 深沢さんを召喚獣にしてしまって以来、色んな意味で俺の青春が終わろうとしているみたいだ。


「……それはそうと話を真面目な方向に戻すけどさ。入江くん、ダンジョンアタックしてボスドロップを狙うって方向性で異論はないんだよね?」

「え? もちろんないけど、いまさら?」

「こういうのはコンセンサスを得ておかないとのちのち面倒なんだよ、入江くん」

「じゃあ注文する料理についてもコンセンサスを得てくれよ」

「真面目な話と言ったよ、わたしは」


 俺の財布に関わる話も結構真面目な内容だと思うんですけど。

 深沢さんはフォークでパスタをぐるぐる巻きにしながら言葉を続けた。


「ダンジョンは五階ごとに一層を形成していて、獣王ライオサイクスは第一層の最深部で地下六階に繋がる階段を守ってるらしいの。知ってる?」

「配信者のダンジョンアタック配信で見たことがある。いわゆる第一層のボスだよね」

「そう。わたしも配信でしか見たことないけど、その配信者は勝ってた?」

「いや、負けてたね」

「だよねー……」


 獣王ライオサイクス。体高3メートルほどもある獅子型の魔物で、丸太ほどの大きさを誇る前脚を三対――合計六本備えた異形だ。探索者の四肢を前脚四本で拘束したのち、その鋭い牙で臓腑を食い破るのが得意技。

 俺が見ていた配信者もこの得意技をくらって、あえなく死亡していた。どうやら深沢さんが見ていた配信者も同じような結末を辿ったらしい。

 ピザを頬張りながら、深沢さんは顔を顰めた。


「半年でライオサイクスを倒せるかちょっと自信がないけど、やらないわけにはいかないのよねー。わたしたちの平穏な学生生活のためにも」

「そこの認識が共通しているのは本当に救いだよ」

「当たり前じゃん。昨日一日でわたしがどれだけ下卑た視線に晒されたかわかってる?」


 わからないけど、わかる。俺は友人が少ないので益子くんくらいにしか絡まれなかったけど、友人の多い深沢さんは俺以上に色々な人に絡まれ、問われ、いらぬ勘ぐりを受けたのだろう。


「……早く召喚解除しよう、深沢さん」

「うん、そうだね」


 よし、召喚解除を急がなくてもいいか、とか言ってた深沢さんの舐めた思考を誘導することに成功した。


「でも裏を返せば半年くらいは食費タダか……」


 この女……。



◆ ◇ ◆



 食事を終えた俺と深沢さんは、ギルドの地下1階に足を運んでいた。地下1階は東京第一ダンジョンの入口があるのとともに、ダンジョンアタック用の様々な用品が並ぶダンジョンショップも併設されているのだ。

 ダンジョンショップに売っているのは武器や防具、回復薬や松明にロープなど、ダンジョンに潜るにあたって必需品と呼ばれるものの数々。

 明日土曜日、さっそくダンジョンアタックに繰り出そう――ということで深沢さんと話をまとめたので、探索挑戦前の初準備というわけだ。


「さすがに武器と防具は召喚士の負担外なのね」

「そこまで面倒見切れるか」


 4000円近く行ったんだぞ、食費。一回でどう考えても食いすぎだろ。


「はいはい。わたしのジョブは戦乙女だから、細剣と小型盾、軽鎧ライトアーマーに装備補正がかかるのよね」

「最初から全部店売りで揃えるのか?」


 店頭に並んでいるサンプル品を手に取り、軽く振ったりしてみせる深沢さんに尋ねる。

 装備はどれも決して安い代物ではなく、それなりの値が張るものだ。

 なので一般的に、探索者はダンジョンに出現する魔物のドロップ品を加工して己の装備品とすることが多い。その方が安上がりだし、唯一無二のプレミア感があるからだ。


「甘いね、入江くん」


 深沢さんは流れるような動作で素振りしていたレイピアの切先をこちらへ向けた。


「切り詰めた食費をどこで切るのか。ここでしょ」


 別に君は食費を切り詰めてるわけじゃないけどな。そうツッコミたかったが、話が長くなりそうなのでやめた。

 しかし意外と深沢さん、ダンジョンアタックに対するやる気に満ちているし、金の切りどころなど、色々考えてもいるようだ。

 店売り装備で固め、安定したダンジョンアタックの基盤を整えるという彼女の方針には俺も同意である。

 俺たちは初心者なのだし、できる準備は最大限に整えてからダンジョンに挑むのが一番いいに決まっている。


「深沢さん、わりとダンジョンに対するスタンスが俺と近くて安心するよ」

「フフ、早く召喚解除しないといけないからね」

「へえ」

「そうじゃなきゃ美穂と要一の距離がどんどん近づいちゃうのよ……! わたしの離脱をいいことに粉かけてるに違いないんだから……!」


 仮想敵か何かを眼前に想像しているのか、頭と心臓を的確に突き刺すようなレイピアの素振りをして見せる深沢さん。

 美穂といえばクラストップ層の女子のひとりで、森原-深沢グループの一員だったはずだが……。


「クラスの上位層もいろいろあるんだねえ……」

「いろいろあるんだよ……!」


 まあでも、多分森原くんはその美穂さんには靡かないと思うよ。

 俺は背後の陳列棚からこちらをコソコソと伺う件の男の視線を感じながら、それでも彼女の恋心と思い人の名誉のために口を噤んだ。


「――いつ七海子に手出すんだよ入江……っ!」


 ほらね。森原くんはもうダメだよ。

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