05:入江くんの青春は終わってしまいました。あーあ。
放課後、俺は深沢さんとの待ち合わせのために都心四谷を訪れていた。
目的地は
地下に東京第一ダンジョンへの入口を擁するギルド本部は、
迷宮探索者の装いは様々で、俺のように制服を着ているだけでの学生もいれば、迷宮探索者向けのファッショナブルアーマーを纏う若者、ファンタジーもののアニメやゲームでしか見ないような派手な鎧を身につけた社会人らしき人など、バリエーション豊かである。
加えて、探索者の年齢も幅が広い。老若男女がひっきりなしに行き交い、地下につながるエスカレーターに吸い込まれて行ったり、逆に地下から現実に戻ってきたりしている。
ダンジョン帰還者の表情も色とりどり。目的を達したのかホクホク顔で仲間と楽しそうに言葉を交わす集団もいれば、悄然とした顔で脚を震わせながらエスカレーターにしがみつくように地上に戻ってくるたったひとりきりの探索者もいる。
天国と地獄が隣り合わせなのが、迷宮探索ということなのだろう。果たしてそこに飛び込むだけの勇気は俺にあるだろうか?
「ああ、ホントにここにいた……」
そんな俺の思考を現実に戻したのは、深沢さんの声だった。
声が聞こえた方を向くと、俺と同じく制服姿の深沢さんが額に手を当てて不機嫌そうな顔を見せている。
「やあ深沢さん。よくこの人混みの中から見つけられたね」
「わかって聞いてるでしょ? 心底不快だけど入江くんがどこにいるのか感覚でわかっちゃうのよ」
「さすが俺の召喚獣だね」
「黙りなさい」
深沢さんから軽く小突かれた。
俺と深沢さんは召喚士と召喚獣としての使役関係にあるので、お互いの魔力回路系が強固に接続されてしまっている。
それが故、おおよその所在位置が本能的な感覚でわかるようになってしまっているのだ。
かくいう俺も、声をかけられる以前から、彼女がこちらに近づいてきている感覚を覚えていた。
「これじゃプライバシーも何もないじゃない……。しかるべきところに訴えれば絶対しょっぴけると思わない?」
「悪いけど俺も被害者だからね? もっといたわりの心を持とうよ」
「でも本音は役得だと思ってるでしょ」
「……」
「え、図星?」
自分に正直すぎるのも少し考えものかもしれない。
うわ……と軽蔑の視線を隠しもしない深沢さんのことはスルー。
俺は今日の主目的である【召喚解除】について詳しいことを尋ねるべく、市民相談部のある3階を目指して歩き始めた。
背後から深沢さんが着いてくるのが、魔力回路系の接続でわかる。
「まーね、わたしって結構可愛いし? 入江くんがそういう気持ちになっちゃうのは分からんでもないっていうか、いやあ罪な女だねわたしも。いやーまいったまいった、ふふふ」
「深沢さんってそういうタイプだったのか……」
突然独り言をはじめた深沢さんの自己評価の高さに驚くと、深沢さんはニッコリとその笑みを深くした。
「え? まーね。クラスじゃ猫かぶってるもん」
「俺の前では猫かぶらなくていいのか?」
「召喚士サマ相手にいまさら猫かぶってもね。それに入江くん、わたしの猫かぶりを言いふらす相手もいないでしょ?」
「……」
「ほら、図星」
この子結構、性格アレだな……。
深沢さんに対する脳内評価をちょっと書き直しつつ、俺は改めて市民相談部を目指した。
◆ ◇ ◆
「ああ、君たちが昨日ギルドでも噂になっていた召喚士の方ですか」
ギルドの市民相談部は、迷宮探索やジョブ、そのほか行政手続きなどの様々な疑問にギルド職員が対応してくれる質問窓口的な部署である。
整理券を取って二十分ほど待つうち、横並びの窓口のうちひとつに案内された俺と深沢さんは、さっそく召喚解除に関する手順についての質問をカウンターの向こうにいる眼鏡の女性に投げかけた。
「召喚解除の手順について教えてほしい――と。あら、では使役関係は解消されたいのですか?」
「「もちろんです」」
俺と深沢さんのセリフが被る。
一般的な男子高校生からすれば同級生を召喚獣にするなんて結構な夢シチュエーションであることを否定はしないけれど、それに付随するデメリットがメリットを覆い隠して余りある。
深沢さんのデメリットなんて言わずもがなだ。
「なるほど。召喚士の召喚解除でもっとも簡単な方法は両者どちらかの落命です。ただこれはあまり現実的ではありませんね」
「ですよね〜」
女史の発言を受け、深沢さんがこちらに視線を飛ばしてくる。「入江くん死んでくれない?」の意が込められた視線に対して首を横に振った。
ダンジョンで探索者が死んでも、それは完全なる死を意味しない。ギルド地下の祭壇で蘇生の儀を行うことで、探索者は再度復活することができるのだ。
高額な蘇生費用と引き換えに、だが。
当然、高校生が簡単に払える金額ではない。
「次はジョブのクラスアップですね。召喚士は経験値を積んでいくことでいずれ上級召喚士又は死霊術士へのクラスアップを選択できるタイミングが訪れます。ここで死霊術士を選択することで、生者である深沢さんとの使役関係が解消されることになるでしょう」
「クラスアップに必要な経験というのは……」
「一般的な探索者で二、三年の経験を必要としますかね」
「あと二年も入江くんの召喚獣……ゔぉえ」
深沢さんがおよそ美少女に似つかわしくない声を漏らしながら口を抑えた。そこまでか?
「最後の手段ですが、女神の祝福を受けることです。ダンジョン第一階層のボス【獣王ライオサイクス】のドロップアイテムを女神の祭壇に捧げることでいくつかの祝福を選択することができますが、その中には使役解除も存在します。まあ戦力低下にしか繋がらない祝福なのでなんでこんなのが選択肢に上がってるんだと探索者からは疑問の声も上がっていますが女神の祝福はギルドの管轄外なので我々に問われてもまったくお門違いな話ではあり――」
「はい、わかりましたありがとうございます。とりあえず女神の祝福を受けるのが一番手っ取り早いとわかりました」
「――あら、そうですか?」
このまま放っておいたらジョブ鑑定士みたいに延々愚痴が続くことになりかねない。昨日から引き続き、ギルド職員もいろいろストレスを抱えているのだなあというどうでもいい発見ばかりが続いている気分だ。
「落命はアレだし、クラスアップもまだ遠いし。ボスドロップを目指すのが一番早いですよね? きっと」
「まあボスドロップは最速で半年くらいでしょうか?」
「うぅー、半年、半年かぁ」
深沢さんが呻く。今が高校一年生の六月なので、半年後を迎えると同じ年の十二月。うん、遠いな。
だが深沢さんも言った通り両者の落命はかかる費用が莫大すぎるし、クラスアップも遠い。それなら地道にダンジョンアタックしてとっとと獣王ライオサイクスとやらを屠る他あるまい。
「まあ私としては無理に使役関係を解消しなくてもいいのでは、と思ってしまいますが……」
「いやですよ!」
「召喚獣は召喚士の能力に応じてステータスにボーナスがかかるものですから、迷宮探索は結構スムーズに進むんじゃないでしょうか」
「え? そうなんですか?」
「加えて召喚獣の食事等は通常召喚士の負担と定められていますから、ギルド本部で食事をする限り深沢さんの負担はゼロになると思いますよ」
「ホントですか!?!?」
深沢さんは食費ゼロだけどその分の食費は俺に降りかかってきますよね?
急に何の入れ知恵をはじめたんだ……と眼鏡の女史をジトリと睨め付けていると、深沢さんが「フフフ」と厭らしい笑みを湛えながら肩に手を置いてきた。
「召喚獣の健やかな生活を守るのも召喚士の役目だよねえ?」
「……一気に図々しさが増したね、深沢さん」
「もうここまで来たら召喚獣としての生活を楽しむしかないじゃん。ねえ、ご主人様?」
ニヤッと口の端を吊り上げて見せた深沢さんに嘆息で返し、俺は財布の残金に思いを馳せた。
深澤さんが大食いでないことを願おう。
そして、ご主人様という響きにちょっと心が揺れてしまったのは絶対秘密にしておこう!
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