04:入江くんの青春は終わってしまいました。あーあ。

 ――1-Cの美少女、深沢七海子がいり……入江? とかいうやつの召喚獣になった。


 そんな噂は、ジョブ鑑定から一夜明けた今日の校内を嵐のように駆け巡っていた。嵐どころか光の速さと言ってもいいかもしれない。

 朝からこの昼休みに至るまで、かつてないほどの注目を受け、興味本位の視線をひたすらに浴び、時として蔑みや妬みの入り混じった言葉すら投げかけられる始末。

 深沢さんは今日登校してるけど、昨日の召喚以来ろくに話せてもいないし、とにかく何も出来ていない。

 だというのに、とにかく驚くような速さで情報は拡散され、噂には有る事無い事が付け加えられているのだからたまらない。俺の平穏な高校生活は昨日で終わったね。


「深沢女史を召喚士の力で縛って色々エロエロな命令聞かせてるってほほほほホントですか入江殿……!?」

「はあ……。噂に踊らされたバカがきた……」

「えっ、あの、入江殿、バカって、もしかして、拙者のことですかな……?」


 益子くんに静かな笑みを返し、俺は頬杖をついて遠い目で窓の外を見つめた。

 窓際最後尾。クラスメイトを召喚獣にせしめた鬼畜男、入江千景の席は、今やアンタッチャブルゾーンの様相を呈している。まあ、元々誰も寄り付いていないといえばそうなんだけど。

 ただ、益子くんだけは変わらないのは……まあ、認めるのは癪だが、恵まれてるかもしれない。


「あの、入江殿? 拙者ちょっとばかりショックですぞ? ねえ入江殿聞いてます?」

「聞いてるよ益子くん。俺がクラスいちの美少女を使役することになって、その権限をフルに活用して己の欲望を発散していないかどうか気になったんでしょ?」

「ぬえっ!? ままままさか、拙者入江殿がそんな雑念にまみれた下卑た男とは思っておりませぬぞ!?」

「さっき録音してた君のセリフ聞かせてやろうか」

「なんでそんなの録音してるのですか……?」


 こういう時に精神的優位性を得るためだよ。


「ま、益子くんが俺を信用してくれなかったのはともかくとして」

「申し訳ございませぬ……」

「深沢さんが俺の召喚獣になってしまったのは事実だ。俺の魔法陣から彼女は現れたし、俺と彼女の魔道回路系が接続されてしまったのも、感覚としてわかってる」

「ほう……クラスメイトを召喚獣として使役するとかそれなんてエロゲとしか言えませぬな……」

「そもそも同じ人間を召喚獣として使役するって、あることなのか?」


 昨日、騒ぎを聞きつけたギルド職員にも尋ねてみたことだが、その回答は煮え切らなかった。人間召喚の可能性はどうあれ、両者の魔道回路系接続が使役関係の確たる証左である、というのがギルドの見立て。

 言い換えれば、原理はよくわからないけど入江千景は深沢七海子を召喚してしまったし、すでに召喚士と召喚獣としての主従関係も構築されてしまっている、ということだ。

 深沢さんと二人並んでギルド職員からこの話を聞いた時は本当に目の前が真っ暗になるかと思った。今も半分なっているようなものだけど。

 それでもまだ俺は甲と乙なら甲側の立場だからマシな方だ。深沢さんは乙側の召喚獣であり、年頃の乙女である。悪い想像はいくらでも湧き出でてくるだろう。


「ネット掲示板には時折美少女使役したwwwとかいうネタスレが立つことはありますな」

「じゃ俺のはレアケースか」

「ダンジョンに潜る前から前途多難ですなあ入江殿」


 全くだよ。いっそこのままダンジョンに潜るのは一生諦めてしまうのもいいかな。

 もう一度嘆息。ジョブ鑑定士の女性はああ言っていたけど、これを受け入れて投げ出さず諦めないってのは少々お人好しがすぎる気もするなあ。

 それか召喚獣の使役解除を目指すか。もう一度詳しい条件を益子くんに訊こうと視線を戻すと、そこに彼の巨体はなかった。

 代わりに、憮然とした表情を崩さず冷たい目でこちらを見下ろす深沢七海子がそこにいた。


「入江くん……だったよね。話あるからちょっと顔貸して」


 一言述べて、俺の返答を待たず踵を返す深沢さん。

 これじゃどっちが召喚獣かわかんねえなぁと思いながら、俺は肩を怒らせて風を切る彼女の背を追った。



◆ ◇ ◆



 深沢さんに連れてこられたのは旧校舎裏のベンチだった。人通りは少なく、密会にはもってこいの場所だ。

 今日一日中校内の注目を集めきりの二人がストレスなく話し合うには一番向いている場所だろう。


「単刀直入に言うけど、わたしの召喚を解除して」


 いろいろストレスを抱えているのか、勢いよくベンチに腰掛けた深沢さんが俺とは決して視線を合わせないようにしながら言った。

 まあ、常識的に考えれば行き着く結論はそこしかないよな。

 俺も彼女から二人分のスペースは開けつつベンチに腰掛け、彼女の提案を肯定した。


「俺もそうした方がいいと思う」

「だったら」

「だけど、召喚解除の方法、深沢さんは知ってる?」

「……チッ。知らないけど」


 いま舌打ちしたよこの人。コワ。


「俺も又聞きだから詳しくは知らないけど、召喚解除にはダンジョン内で召喚獣が命を落とすか、召喚士が命を落とす必要があるらしい」

「じゃあ」

「深沢さん。その先を口にしたら俺はいろいろなことに躊躇いがなくなってしまうけど良いの?」

「……聞かなかったことにして」


 二回まではいいだろう。


「手っ取り早いのはどちらかの落命だけど、他にもなんか面倒な手順を経れば召喚解除はできるらしいよ」

「じゃあそれを目指さない?」

「異論はないよ」

「やった。交渉成立ね!」


 交渉らしい交渉をしている気はしないが、召喚解除を目指すのに異論はない。

 同級生を召喚獣として使役しているというのはあまりにも外聞が悪いし、周囲の下衆に塗れた視線やらなんやらも面倒くさい。

 だったらこんな面倒はとっとと手放すに限る。


「なら善は急げね。放課後、ギルド本部ビルに行きましょう」

「召喚解除条件を聞くんだね」

「そう。一刻も早く解除して変な噂も断ち切らないと……」


 深沢さんも深沢さんでこの午前中はいろいろ苦労したらしい。

 俺が昨日あのタイミングで召喚獣の召喚なんて試みなければ、お互いこんなことにはならなかったのだろうか、と思うけど、そんなこと考えても詮無いことか。


「深沢さんも大変だね」

「誰のせいだと思ってんの……!」

「あ。俺が好き好んで深沢さんを召喚したと思ってるなら、それは考えすぎだよ」

「そりゃそうだけど言い方がムカつくな……。入江くんのことよく知らなかったけど、性格悪いって言われない?」

「残念。言ってくれる友人がいないから多分俺の性格は悪くない」


 俺の返答に深沢さんはそのアーモンド型の目を丸くして、そしてくつくつと笑い出した。


「確かに、そのザマじゃ友だちはいなさそうだね」

「おや、いいのかな。召喚獣がそんな生意気な口を聞いて」

「ふっ……そういうところだね」


 言って、深沢さんはベンチから勢いよく立ち上がった。

 パタパタとスカートの尻をはたいてこちらを振り返った彼女は、じゃあ放課後にと短く告げてこの場を去っていった。

 あとに残された俺は遠くなっていく深沢さんの背を視線で追いつつ、この場に残った彼女の残り香を少し吸い込んだ。

 女の子ってすごい良い匂いがするな。まずい……召喚士って立場をちょっと悪用したい気持ちが生まれてきてしまいそうだ。


「あっ、入江!」

「え?」


 少し危ないところに飛びそうになった思考を現実に戻したのは、昨日聞いたばかりの声。勇者森原要一のそれだ。

 ズンズンと大股でこちらに歩いてくる森原くんの顔に湛えられているのは……怒り、だろうか。

 無理もないとは思う。すごくいい感じだったクラスメイトの女子を、よく知らない男子が急に召喚獣として使役してしまったのだ。

 彼女の身に何か危害が加えられていないか、心配で居ても立っても居られないのだろう。


「入江、単刀直入に答えろ」

「うん」

「召喚士の立場をかさにして七海子に手出してねえだろうな」


 まあ、心配するならそりゃそうなるよね。だけどどいつもこいつも人が性欲に塗れたみたいな物言いをして、気に食わない。

 だから少しくらい、揶揄ってやるのもいいだろう。その結果鉄拳が飛んできたとしても、まあもうどうでもいいや。俺の平穏な高校生活は昨日で終わってるんだし。

 だから、俺はやけっぱちな気分で、森原くんを心底挑発するように言って見せた。


「……もう深沢さんに手を出したって言ったら、どうする?」

「っ、入江、お前……」


 目を剥き、犬歯を出しながらこちらを威嚇してみせる森原くんの精悍な顔に、一条の赤。

 赤?

 鼻血だ。


「……興奮するじゃねえか」


 あ、もう森原くんはダメみたいですね。


 


 

 

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