03:入江くんの青春は終わってしまいました。あーあ。

 深沢さんが出てきた鑑定ブースに入れ替わるように入室。

 2メートル四方で天井も覆われている小さなスペースに折りたたみ式の机が備え付けられていて、小さい椅子がひとつと、その向かいに少し疲れた顔つきのジョブ鑑定士の女性が座っていた。


「やあ。この列は君で最後かな?」

「ああはい、そうです」

「そっか、よかった。やっとクソガキどもの相手が終わるわけだ」


 俺もそのクソガキのひとりなんですけど大丈夫ですかね。


「ジョブの鑑定結果で一喜一憂。気に入らなかったらもう一度鑑定しろだのなんだの、クレーマー気質も大概にしてもらいたいよねえ。将来ろくな大人にならないよ。まあろくなジョブも手に入らなかった子供の更生は今更望み薄か。ざまあ」


 なんかギルドお付きのジョブ鑑定士も色々と闇を抱えているらしい。下手に口を開いて刺激してもあれなので、俺は小さく会釈してから黙ってパイプ椅子に腰掛けた。

 鑑定士の女性はジロリとこちらを睨め付けたあと、机の上に安置してある水晶玉に手をかざす。


「ジョブってのは天から授けられる人智を超えた力であり、ダンジョンという死地に挑む人類に与えられた比類なき友なの。君がどんなジョブを授けられていたとて、それを受け入れ、決して投げ出し諦めることはしてほしくはない」

「はい」

「こっちが鑑定したジョブが期待に沿わないものだからって泣かれたり喚かれたり詰められたりしたら仕事してる甲斐もないってものじゃない?」

「心中お察しいたします」


 ジョブ鑑定士もなかなか気苦労が絶えない職のようだ。目の前の彼女の金言を耳にしながらこんなことを考えるのもあれだが、ジョブ鑑定士だけは授けられてくれるなよと心の片隅で願った。


「じゃあこれから鑑定を始めます。水晶玉をよく見ていてね」


 鑑定士がそう言って何かの呪文を唱え始めると、彼女の目の前の水晶玉がぼんやりとした光を発し始めた。それと同時に、右手の掌が徐々に熱を帯びていく感覚を覚える。

 水晶玉の光がより強く、そして明滅を始めるとともに、右手の熱もまたより強くなる。これがジョブの発現なのか。


「鑑定士の力で君の魔道回路系とジョブを接続しているの。もうすぐ終わるよ」

「はあ」


 よくわからないが、プロが言うのならそうなのだろう。益子くんはきっと興奮しながら右手を天に掲げているんだろうなあ、と予祝に余念のなかった友人に思いを馳せた。

 はてさて、俺のジョブは何になるのやら。


「うわ――」


 水晶玉がひときわ大きい光を放ち、鑑定ブース内が白い光で満たされる。

 思わず目を閉じ、しばらくしたのちに開けると、水晶玉の光はとっくに消え、右手の熱も幻のように綺麗さっぱり消えていた。

 その代わり、右掌の甲に紋様が現れている。ジョブが発言したことを示す刻印で、これがダンジョンに挑む入場許可証みたいな役目を果たすんだったか。

 刻印をしげしげと眺めていると、鑑定士の女性が苦笑しながら話しかけてきた。


「自分のジョブより刻印が気になる子も珍しいね」

「まあ、ジョブで人生決まるわけでもありませんし」

「……へえ。わかってるねー少年。その通り、ジョブで人生決まってるとか考えが浅すぎるよ。まして人生一発逆転とかアホの極みだね。ゴミですゴミ」


 言われてるよ益子くん……。


「まあ今どきの若者たちの愚かしさはともかく。君のジョブは【召喚士】だよ。はいこれ説明用のパンフレット」

「え。召喚士なんですか」

「うん。あ、鑑定結果は覆らないからね? 研究によればこの世に生を受けた時点でその天賦はもう決定づけられてるって言うんだから、私に文句言うのはお門違いだからね?」

「別に言いませんよ。鑑定ありがとうございました」


 鑑定士の女性からジョブ説明用のパンフレットを受け取り、俺は一礼して鑑定ブースを後にした。

 受け取ったパンフレットに視線を落とす。『召喚士になろう』とポップなフォントでデカデカと書かれたそこには、先ほど益子くんから教えてもらった内容とほとんど同じ内容がつらつらと書かれていた。

 益子くんすごいな、ギルド発行のパンフレットと同程度の知識があるとは。

 俺が益子くんへの評価を上方修正していると、巨体が飛び跳ねるように視界へと飛び込んできた。益子くんだ。


「デュフ……デュフフフ! 入江殿! ジョブは、ジョブはどうなりましたかな!?!?」

「やあ益子くん。俺は召喚士だったよ」

「なんと! 希望が叶いましたな、入江殿!」

「そういう益子くんは……聞くまでもなさそうだね」


 喜色満面。むしろ早く聞いてくれと言わんばかりにそわそわしている益子くんは、自分が希望するジョブを得ることができたのだろう。


「不肖、益子大輔、【双剣士】のジョブを手に入れましたぞ〜〜!」


 周囲の生徒たちに聞こえるように益子くんが高らかに宣言すると、ざわめきが周囲に広がっていった。勇者と同じくらいのレアジョブであり、勇者以上の攻撃偏重ジョブである双剣士。

 ダンジョンアタックにおけるパーティのアタッカーとして引く手数多なジョブを得た益子くんは、さっそくダンジョンへの挑戦を目指す同級生たちに声をかけられていた。


「ま……益子? くん? だっけ? 双剣士ってマジ?」

「マジですぞ〜」

「よかったらパーティ組まねえ?」

「デュフフ……パーティに女子はおりますかな?? 男は拙者一人で十分なのですが……」


 ……まあジョブがいかにレアだとしても、中身が変わらないんじゃ、なかなか逆転ホームランは難しいんじゃないかなあ。

 とはいえ、皆の注目を浴びて嬉しそうな益子くんを邪魔するのも悪いので、俺は静かにその場を去った。

 陰の者とて、スポットライトを浴びたいという欲があることを否定はしない。普段目立たずに息を潜めているからこそ、皆にちやほやされたいという欲は人一倍強いのだ。


 まるで自分は違うみたいな考え方は少し性格が悪いな。自嘲気味に苦笑しながら、俺はジョブ鑑定部のロビーへ出てきた。

 今日は校外学習の一環としてギルド本部ビルを訪れているが、ジョブ鑑定が終わり次第解散なのだ。もちろん折角ジョブ鑑定を受けたので、これからダンジョンに挑む同級生がほとんどなのだろうけど。


「勇者の森っちと戦乙女の深っちがいたらダンジョンアタックも余裕っしょ!」

「もー、ショーゴ調子に乗りすぎ」

「そうだぜ将吾。ルーキーがそんな簡単にクリアできるとこじゃないだろ、ダンジョンって」

「だよねー。いくら珍しいジョブになったからってまだダンジョンに慣れてるわけでもないし」


 わいきゃいと賑やかに話しながら目の前を横切って行ったのは、森原くんと深沢さんを中心としたクラスのカーストトップ集団だ。どうやら、これから早速全員でダンジョンアタックに繰り出すらしい。若いね。

 勇者の森原くんと戦乙女の深沢さんがパーティの中核となり、周りがそれを固める見慣れた風景。

 結局どんなジョブが付与されても、早々現実なんて変わることはないんじゃないのかなという思いは拭えない。言っても仕方がないことではあるけれど。


「……俺もダンジョンに潜ってみるか?」


 みんなに当てられたかな。

 片手に握るパンフレットにある、「ダンジョンに潜る前に」の項目を流し読みする。


『召喚士はとにもかくにも召喚獣の召喚が肝要! 力になってくれるしもべを使役してダンジョンに臨もう!』


 ふむ。召喚士が使役できる召喚獣の能力は本人の経験次第でどんどんと上限が上がっていくらしい。てことはまだダンジョンにも潜ったことがない俺に使役できるのはリス型の魔物とかその程度の小さな召喚獣ってことなのだろうか。


「ものは試しだ、やってみようか」


 幸いにして簡単な召喚手順はパンフレットにも書いてある。右手で印を刻み、体に流れている魔力を刻印に流し込むイメージで……。


「あ、魔法陣」


 パンフレットの記載通りに少し意識してみるだけで、目の前に複雑な紋様が描かれた魔法陣が現れた。

 すごい、急に非日常感溢れてる。

 そのまま刻印を通して魔法陣に自分の魔力を流し込んでいくイメージを切らさずに集中――、


「出でよ、我が召喚獣――」


 バチバチと魔力を散らすように魔法陣が光と魔力の渦の様なものを放ち、いよいよ召喚の準備を完了する。

 あとは一言『召喚サモン』と口から発することで、それがトリガーとなり召喚獣が現出するという。

 随分とお手軽なものだ。そもそもこのジョブ鑑定部ロビーで召喚してもいのだろうかという今更な疑問が首をもたげるが、特に止められてもいないし問題ないのだろう。

 思い直し、俺は最後の一言を詠唱する。


召喚サモン


 瞬間、世界がスローになった。自分の魔力回路系が内部からこじ開けられていく感覚に全身が総毛立つ。魔法陣がひときわ大きく輝くのとともに、少し先にいた集団がひどく慌てた声を出す様が耳に届く。


「えっ、えっ、これなに!?」

「七海子!? 掴まれ!」

「深っち!?」


 見れば、カーストトップ集団が何か騒いでいるらしい。

 戦乙女のジョブを付与された深沢さんの足元が光り、彼女がゆっくりと床に吸い込まれていく――。

 恐慌の表情でみんなに手を伸ばす深沢さんと、彼女に必死に手を差し伸べる森原くん。周囲のトップ集団も突然のことに固まり動けないのが大半だが、一体なにが起こっているんだ……?


「要一、わたし、これ、どうなるの!?」

「わかんねえ、わかんねえけど絶対この手は離さねえから!」

「要一……!」


 おーすごい、これが陽の者の青春か。

 それにしても彼らのトラブルに気を取られていたが、俺の召喚獣ってまだ出てこないのかな?

 いまだに輝きを失わない魔法陣に視線を戻すと、魔法陣から白い脚が二本伸びてきているのが見えた。脚?

 足先を見る。学校指定のローファーに似ている。

 さらに視線をずらす。白のハイソックス。


「……」


 いや、まさかね?


「やだ、どんどん吸い込まれてく……! 要一! 助けて!」

「ああ、絶対助けるから! 将吾頼む、ギルドの人呼んで来てくれ!」

「わ、わかった! 深っち、森っちに任せりゃ絶対大丈夫だから!」

「う、うん……ぐすっ」


 ここから見るに、深沢さんはへその上くらいまで床に吸い込まれている。

 魔法陣に視線を戻す。ばたつく足、学校指定のスカートが飛び出てきている。


「……これで召喚打ち切ったら人殺しになるかな」


 今すぐ召喚を打ち切りたい。打ち切りたいんだけど、これもう止めたらまずい段まで来てる気がするんだよな……。


「よういちぃ……」

「七海子……っ! くそっ、なんで、俺たちまだダンジョンに潜ってすらないのに!」


 痛い痛い痛い胃が痛いマジですごく痛い。今すぐ逃げたい。

 なんとかこっちからこの脚、逆側に押し戻せないかな……。


「わひゃっ!?」

「七海子、どうした!?」

「わ、わかんないけどなんか触られてる!」

「まさか……触手か!?!?」

「急に何言ってんの!?」


 急に鼻息荒くなった森原くんの触れてはいけない性癖の扉を垣間見た気がするが、それはともかく。

 俺はいま必死に魔法陣から飛び出ている深沢七海子(下半身)をどうにか向こう側に押し戻すべく奮闘中である。

 俺はただ召喚士として、自分の召喚獣を召喚したかっただけなのに。何をどう間違ったらクラスメイトを召喚しそうになっているんだ……? 

 そんなことした日には全てが終わりだよ。


「ぐっ……だめだ、こっちに出てこようとする力が強すぎる……!」


 全身の冷や汗と戦いながら暫定深沢さんを押し込もうとするも、反発力が強すぎる!


「七海子! しょ、触手の感覚はどうだ?」

「どうもこうもないけど!? 気にするところそこじゃなくない!?」

「触手プレイは……重要だろ!!」

「無駄なキメ顔いらないよ!!!」


 人の苦労も知らないでトップ組は何をやっているんだ……。

 あ、ダメだ、もう押し留められない。

 全てを諦め、俺はもはや凪いだ気持ちで終わりを待つことに決めた。

 クラスメイトを召喚獣にして自分の言うことを聞かせる鬼畜召喚士入江千景の爆誕です。おめでとう。


「――んべっ」


 およそ美少女には似つかわしくない断末魔を上げながら魔法陣から滑り落ちるように姿を見せたのは、10メートルくらい先でさっきまでずっと騒いでいた深沢七海子だ。

 目鼻立ちの整った彼女は床面に強かに打ちつけた鼻を擦りながら、涙目で俺を見上げた。


「あれ、君はさっきの……?」

「こんにちは深沢さん。そしてごめんなさい」

「え?」


 ああ、わかる。感覚でわかってしまった。

 俺の中にある魔力回路と深沢七海子の魔力回路。この両者が、間違いなく強固に結びついてしまったことが感覚でわかる。

 俺にそれが知覚できるということは――眼前の彼女もまた同じなわけで。


「な、な、な……まさか、君、わたし、を」


 震える指先で俺を指し示す深沢さん。俺は深く深くため息をついた。


「わ、わたしを……召喚したの!?!?」


 深沢さんの驚愕の叫びがロビー全体に響き渡る。当然、森原くんをはじめとした同級生のほとんどがこの声を聞いているだろう。

 はい、入江千景の青春はここで終わりです。あーあ。

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