02:入江くんの青春は終わってしまいました。あーあ。

 ジョブ鑑定は迷宮管理組合――通称ギルドに所属している鑑定士が独占的に執り行うことができる業務であり、彼らによる鑑定があってはじめて人々は己がジョブが何であるかを知り、ダンジョンに挑む権利を同時に得ることができる。


 とすると、人類がはじめてダンジョンと相対したとき、いちばん初めに現れたジョブは鑑定士なのだろうか。突き詰めて考えると深みにハマりそうなので益体もない考えは捨て置いて、俺は眼前の鑑定待機列を眺めた。

 ギルド本部ビル2階のジョブ鑑定部。先ほどまで俺たち盾馬間学園一年生が詰めていたロビーから別の会議室に通された俺たちは、六つある鑑定ブースの前にそれぞれ並んで、自分のジョブを通達される時を待っていた。

 さっきまで騒がしかった同級生たちも、いよいよ本格的に己の天賦を告げられるとあって緊張の面持ちである。


「ぜったいぜったい双剣士ですぞ……。†DAISUKE†伝説が今日ここで生まれるのですぞ……!」


 口を堅く結んでその時を待っている奴もいるかと思えば、予祝に余念のない益子くんみたいなのもいる。前後の女子がひどく迷惑そうな顔しているけど†DAISUKE†の超絶ハーレム伝説ちゃんとはじまりそう? 大丈夫?

 俺が益子くんをぼんやり眺めていると、俺が並んでいる列の先頭で歓声が上がった。


「森原、【勇者】だったのか!?」

「ああ、なんかそうみたいだ。結構なレアジョブらしい」

「結構どころじゃないでしょ! 勇者って言ったらなんでできるオールラウンダーだって言うよ?」

「森っち森っち、ダンジョン一緒に潜ろうぜ!」

「あっ、ズルい、ウチも予約していい!?」


 クラスでも有数のイケメン、森原要一がレアジョブである【勇者】を引き当てたらしい。

 文武両道、俺たちみたいな陰の者にも分け隔てなく接してくる森原くんのジョブが勇者か……うん、確かに似合う。

 攻撃も防御も補助も回復も全部できるがその全てに穴がないという器用万能なジョブ――それが勇者なのだと益子くんが言っていた。


「ぬぐぐぐ許すまじ森原要一……! ただでさえクラスの耳目を奪いながらレアジョブすらも拙者から奪うとはギルティですぞ〜〜!!」


 騒ぎを聞きつけた益子くんが悔しさのあまりハンカチを噛み締めながらそんな台詞を漏らしていた。別に益子くんから奪ったわけではないと思うが。

 まあ、益子くんよりは森原くんの方が勇者には向いていそうだ。現実は残酷だけど仕方がないね。


「はいはい、レアジョブが気になるのはわかりますがまだ鑑定は続いているんですから、終わった人ははけてくださいね!」


 いまだ人の輪の中心にいる森原くんを押しやるように、平良先生。彼を囲んでいた生徒たちがぶうぶうと文句を言うが、とりつく島はない。

 なかなかあの先生も苦労しているようだが、職務に熱心なのは賞賛に値する。


「あの……森原くん? よかったら今度先生がダンジョンアタックの指南をしてあげましょうか?」

「え? あ、はあ……ありがとうございます」

「言質は取りましたよ」


 困惑してお礼を述べた森原くんの腕を取り、ギラリとその眼を光らせる平良先生。

 公私混同である。賞賛の念は露と消えた。


「クソッ、ハズレかよ!」

「剣士なんて向いてないよ……」


 ジョブ鑑定は悲喜交々。いわゆる当たりと呼ばれるジョブもあれば、ハズレと呼ばれるジョブもある。

 得たジョブによってはダンジョンに潜ることを諦める人もいるというのだから、天賦というのもなかなか残酷なものだ。

 望まぬジョブを得たのであろう。啜り泣く女子生徒や憮然とした態度を崩さない男子生徒たちの姿を視界に捉えながら、俺は自分が得ることになるであろうジョブに思いを馳せた。


 益子くんにも話した通り、俺に切った張ったが向いているとは思えない。だが、ダンジョンアタックにはやはり興味がある。俺も一端の男子生徒なので。

 とすると、前衛職よりは後衛職、それもダンジョンアタックへの需要が強い回復士などが良いだろうか。

 レアジョブではないが、パーティアタックには必須とされる重要職。友人がいない俺とパーティ組んでくれる人がいるかという問題はあるんだけど……まあ、そこは益子くんと組めばいいか。


 そんなことを考えているうち、俺の鑑定の順番が近づいてきた。

 鑑定ブースに並ぶ生徒の列もだいぶ減って、俺の順番は次の次。この列は俺が最後だ。2メートル四方くらいの鑑定ブースをなんとはなしに眺めていると、入口付近に爽やかな空気を纏った青年が立っているのに気づいた。

 白い歯を光らせながら軽やかに片手を上げているのは、さっき【勇者】のジョブを手に入れた森原要一だ。

 彼の視線はこっちを向いていて……え? これって俺への挨拶か何かなの? 返した方がいいのか??

 少しの逡巡の後控えめに手を挙げてみたが、森原くんは反応しない。


「よっ七海子、お前のジョブ、なんだろうな?」

「勇者になったからって余裕かましてるねー、要一」

「バカ、そんなんじゃねーって」


 あ、俺への挨拶じゃないっすね、はい。知ってます。

 素知らぬ顔で片手を降ろし、俺は虚空に視線を合わせた。全然気づかなかったが、俺の目の前で列に並んでいたのはクラスメイトの深沢七海子だったらしい。

 青みがかった黒髪をポニーテールにまとめた彼女はクラスで一番の美少女と称されていて、彼女を中心としたグループと森原くんを中心としたグループが、我らが1-Cの雰囲気を形成する元となっている。


「でも、勇者になったからにはダンジョンアタックにガチで挑んで良いかもって思ってる」

「いいんじゃない? 要一スポーツも得意だし、向いてると思うよ」

「七海子はどうするんだ、ダンジョン」

「ジョブ次第かなー」

「だったら、俺とパーティ組まないか? 俺、七海子がどんなジョブになっても、お前のこと絶対守るよ。勇者だしな」


 うわあ青春だ。クラスカーストトップの男女の甘酸っぱい青春の1ページを目の前で見せつけられてしまったぞ。周りの生徒たちも何か微笑ましいものを見る感じで暖かい視線を送っているし。

 ああいや、平良先生すごい顔してる……。嘘だろ、マジで森原くんのこと狙ってたのか? 歳考えた方が良くない?


「ふふ、ありがと。もしダンジョンに挑む気になったらお願いしようかな」

「おう、任せとけ」

「あっ、じゃあ次わたしの番だから、行くね」

「いいジョブ引けよな」

「それは神さまに言ってよね」


 深沢さんの前に並んでいた生徒が鑑定ブースから出てきたので、それと入れ替わるように彼女がブースの中へと消えていった。

 残されるのは列の最後尾の俺と、深沢さんを見送った森原くん。

 俺たちの視線は無言で交わり、そしてそっと外された。


「俺、脈あると思う?」

「!?」


 そしたら急に森原くんから声が飛んできた。

 えっ何、俺に話しかけているのか? 脈?


「生きてるなら……あるんじゃない? 脈」

「はあ? ……ああ、そっちの脈か、ハハッ、面白いな入江」


 笑いながら俺の背をバシバシと叩いてくる森原くん。陰の者にも分け隔てなく接するあたりにクラスカーストトップの貫禄を感じる。

 というか俺の名前と顔を覚えているあたりすごいと思う。マジで。これだけで森原くんへの好感度が上がってる気がする。チョロ。


「早くダンジョン潜りたいよな。入江もそうだろ?」

「どうかな……深沢さんも言ってたけど、ダンジョンアタックする意思はジョブ次第のところあると思うよ」

「んーまあ、それもそうか。七海子も女勇者とかにならないかな?」

「そしたらふたり、お似合いだね」

「そ、そうか? ありがとよ、入江!」


 再びバシン、と照れ隠しに背中を叩かれて、俺は少し咽せた。

 ゲホゴホと咳き込み、森原くんに背中をさすってもらう。

 ちょっとして視線を上げると、困惑した視線をこちらに向ける深沢さんの姿が目に入った。鑑定を終えてブースから出てきたらしい。


「要一、なにしてるの?」


 怪訝そうに森原くんに問いかける深沢さん。

 まあ彼女が俺を認識している理由もないので森原くんにだけ話しかけるのは想像の範疇だから別にショックでもなんでもないんですが、うん。


「なーに、男同士の話だよ。んで、ジョブはどうだったんだ七海子?」

「ふっふっふ……【戦乙女】でした!」

「マジかよ、当たりじゃん!」


 そう言ってVサインを決める深沢さんは喜色満面。どうやら当たりのジョブを引いたらしく、これで森原くんとお似合いカップルの爆誕ですねおめでとう。


 森原くんは深沢さんのジョブが戦乙女であったことから途端に俺への興味をなくしたらしく、他の生徒たちも交えて楽しげに会話を始めた。

 はい、じゃあそろそろ俺も鑑定してもらいますかね……。





 

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