第18話
どうにも、恋愛感情というものを意図的に遠ざけて生きてきた反動というものは、案外バカにならないらしく、未だに僕は感覚を取り戻せずにいた。
二十一歳にもなって、僕は改めて、恋愛とは何だろうか、というどうしようもないことを真面目に考えていた。
恋愛とはなんだ。
恋人とはなんだ。
付き合うとか、交際するとは、具体的にどうすることなのだろうか。
かつての僕は、どんなふうにしていたのか。
この三年弱で、あまりに理屈っぽく、面倒くさい考え方しかしてこなかったせいで、どんな風に行動するのが正解なのかと考え始めてみても、こんな風に理詰めで突き詰めてしまう他、うまい方法が見当たらないのだ。
「う~んとね。今まで通りでいいんじゃない? 一緒に出掛けて、一緒にお茶をして、一緒にご飯を食べる。ただ、それがこれまでよりも、もっと密になっていくだけの話……ああ、でも、それもね、もちろん、『そうしたい』って思わなかったら、しなくても言い訳だし」
案の定というか、一砂はそう答えた。
本当に穂積一砂という少女は、妙に達観したところがある。
彼女のそんな部分に僕はいつも救われてもいるのだが――。
いや、本題はそこではない。
一砂と付き合い始めたのは良いが、僕は到底、大学生男子の恋愛心情とは思えないほど冷静で、俯瞰的であった。彼女への好意も、愛情も、尊敬も、全て本当で、心の底からのものであるのは確かだが、それでも何か、テンションと言うべきか、本来恋愛感情にあるべき、圧倒的な熱量が、今一つ欠けているように感じるのだ。
そして、それが良いことだとは思えず、あまつさえ、一砂に対する感情の薄さのような気がしてしまって、後ろめたさが抜けないのだ。
「千夜君が何に悩んでいるのか、ちょっと分からないんだけど、それってどういうことなの?」
「僕も自分でしっかりと把握できていないんだけど、なんていうのかな……もっとさ、普通の大学生みたいに、熱量を上げたいというか、上げるべきだというか……」
バイト上がりのアンバードロップ。奥の半個室状態のボックス席で僕は、一砂と話をしていた。
「それって、つまりは、バカップルみたいに、人前でイチャイチャしたいってこと?」
「いや、そういうことじゃないんだけど、遠からず、ってことになるのかな。例えば、好きな気持ちが昂り過ぎて、窓から好きな人の名前叫んじゃう、とかさ。そう言う気持ちがあるのに、それを冷静に抑えてしまう自分がいて、それが堪らなく嫌なんだよね」
僕はマスターが淹れた、恐らく東日本で一番美味しいであろうコーヒーを啜りながら、そう言った。
少し沈黙が流れて、ふと一砂を見ると彼女はキョトンとした顔をして、僕を見つめていた。
「窓から叫んじゃいたいくらいの気持ちは、あるのね……そっか、そうなんだ」
言いながら、一砂の顔はだんだんと赤くなっていく。
「どうしの? 何かおかしなことを言ってるかな」
「おかしいというか、結構恥ずかしいことをさらりというなぁ、と思って」
「え? そうかな」
「だってさ、その……今の話だと、わたしのこと好きすぎて、窓から名前叫んじゃいたい感じ、なのよね?」
「それは、うん、そうだけど」
「ああっ、もうっ。なによそれ、超恥ずかしいじゃない」
いよいよ顔が熱くなってきたのか、一砂は両手でパタパタと頬を仰ぎながら言う。
「……だけど、凄く、嬉しいかも」
「でもさ、それを冷静に止める自分がいるんだよ。なんか、それって冷めてないか?」
僕が言うと、
「ええとね、それは仕方がないことじゃない? あなたは、ずっと恋愛感情を押し殺して生きてきたんだもの。それがもはや自動的に俯瞰できるようになるほどにね。二年半もそうしてきたのよ。突然それを無くすなんてできなくて当然でしょう」
「うん、それは分かってはいるんだけど、それでもやっぱり、僕は……」
「叫びたい??」
「いや、それはあくまで一つの例えというか、数ある恥ずかしい行動のうちの一つだから、どうしても叫びたいってことではないんだけど……」
結局、何をどうしたいのか、自分でもわからなくて、なんとなくしどろもどろになってしまう。
「わたしもね、同じよ。ほら、冬馬さんにアプローチしてたのって、結局、過去のわたしの断片……みたいなものを手繰り寄せるようなイメージでいたから、どこまでも当事者になりきれなかったの。上辺だけ、笑って、泣いて、傷ついたふりをしていたんだと思う。重さっていうのかな。そういうのが実はなくて……そういう恋愛、みたいなものを何年か続けてしまったから、わたし、実は当事者になることにまだ慣れていないの。だから、気持ちは凄くあるのに、それをうまく言葉や行動で示せない。もっとストレートに、もっと単純に、口にしたりすればイイだけだってこともわかってるのに、なかなかね」
恋愛に対して、まともに向き合ってこなかった二人なのだ。
確かに、直ぐにそのブランクを取り戻すのは難しいのかもしれない。
それでも、僕たちはちゃんと好き合っていて、二人の時間を楽しんでいる。ならば、それでいいのかもしれない。
それなりの時間を費やして、ようやく交際を始めた僕たちだったが、そういう『平穏』とか『幸せ』というものは、そう長くは続かないものであることを、僕は思い知る。
やっぱり僕は浮かれていて、自覚が足りなかったのだ。
穂積一砂が、どれほどの人間にモテていて、どれほどの人間が、彼女に本気で惚れているのか。
それをもっと認識するべきだった。
そしてその中には、危ない思想を持つ人間だっているということを……。
千の夜に砂の一粒を探す。 灰汁須玉響 健午 @venevene
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