第22話 エピローグ3 神殿

 そこは、城と言うには厳かすぎた。荘厳で純白で洗練されていて、何もかもが白く見える夢の居住地。


 木々が力強く根付き、生命を感じさせる色取り取りの花を咲かせ、空は澄み渡るほどの碧さ。碧が澄み渡り過ぎて返って濃く見えて群青のようにも見える。


 その建物は外見も内装も、緻密な紋様しか存在しなかった。欠けているものなどなく、かといってありすぎず。黄金比によって守られた『完全』としか言いようのない有り様。


 神の居城とは、こういうものを言うのかとさえ錯覚させるような場所だった。


 拓けた大広間に、ポツンと豪華な造りの椅子がある。純白の大理石でできたような、巨人でも座れそうな大きな玉座。この場所の主人が座るべき象徴。


 そこに一人の少女・・がいた。十代半ばにしか見えない美しい少女だ。肌も髪も白く、目は閉じられている。この場所に居て一つの作品が出来上がったかのような、城の内装も飾られた調度品も、全てが少女がいることによって完成することを前提とした『美』だった。


 その少女の許へ純白の天使が舞い降りる。


 背中に生えた白い翼から羽根が舞い散り、誰もが見惚れるような美少年が跪きながら少女へ声を掛ける。


「イズミャーユ様。お伝えしたい儀がございます」


「……どうしたの?わざわざこちらで」


 少女は目を開かない。背もたれに背中がくっつくこともなく、玉座の前側にちょこんと座っているだけ。


 口も開いていない。それでも少女と天使の会話は成り立っていた。


「はい。第三管理惑星についてです」


「第三?そこの管理はお父様が──」


「いえ、今では我々天使が管理しています」


「……それで?」


「魔王軍が動き出しました。これから人間と魔のバランスが崩れる可能性が高く、お伝えせねばと」


 そう伝えられた少女──イズミャーユは目を開かないまま眉を顰めた。


「あの世界は魔王軍が勝利していたよね?何か問題が?」


「はい。御身が管理する第一惑星のように魔王軍は勝利し、潜伏して人間と魔物のバランスを維持していましたが……。勝利者の気まぐれで残していた遺物が見事に魔王軍を暴き出し、全面戦争になる流れとなりました」


「そう。勝利者の不始末なんだよね?」


間違いありません・・・・・・・・


「では第三惑星を管理している天使を呼び出して。クンティス、どうせお父様は何もしないでしょ?」


「はい。それでは呼び出します」


 クンティスと呼ばれた天使は第三惑星を管理している天使を連れてくる。その天使たちは総勢十名。どこの惑星も天使が運行するのであれば十名で管理している。


 イズミャーユは彼らの話を聞き、裁決を下す。


「状況はわかりました。わたしも第一惑星を完璧に管理できているわけではありません。あなたたちを責めるのは酷というものでしょう。そして勝利者の自由もあります。ですので、放っておきなさい」


「で、ですが──!イズミャーユ様、あなた様は第三惑星でも御方を超えて最大宗派の神であらせられます!信仰も数多く届いており──!」


「まったく、お父様ときたら。わたしに押し付けすぎです。……勝利者にはきちんと、世界のバランスを保つことを伝えたのですよね?」


 クンティスではない天使からの嘆願に溜息を吐き、質問で返す。


 その仕草はとても神のようではなく人間のようであった。だが、彼女から発せられる尊き神格のようなものは厳かであった。


 だからこそ天使は、少しどもりながら返事をする。


「は、はい。事実勝利後も人間を滅ぼすようなことはせず、二千年も休眠していて──」


「休眠?それは聞いていなかった事実ですね。では勝利者はバランスをとっていたのではなくただ眠りに就いていたと?」


 目が開かれていないのに、表情だけでイズミャーユが笑っているとわかった。言葉を発していた天使は蛇に睨まれた蛙のように萎縮しながら、更にどもりながら休眠について説明する。


 勝利者は五百年に一回くらいの頻度で目覚めて数年は起きており、その数年で面白そうな存在をスカウトしてまた眠りに就くというサイクルを繰り返していたという。神鳥たるガルーダもそのスカウトで魔王軍に入ったのだとか。勝利者はガルーダをイズミャーユの父親からの褒美だと捉えたらしい。


 本来はこの天使のように仕えているはずのガルーダがそんなことになっていることと自分の父親についてイズミャーユは頭が痛くなってきたが、それでも話は聞き続ける。


 今回は目覚めていた時にある出来事があり世界に介入。世界の監視というより面白いことを確認させていたら巡回中のガルーダによって魔王軍の存在がバレたという経緯のようだ。


 ある出来事のことも詳しく聞いて、イズミャーユは世界の状況を正しく理解した。


「……ちなみにどうしてお父様は第三惑星を放棄したのかしら?第一惑星のように意図があって放置したの?」


「いえ、好みの異性がいなかったと仰られておりました」


「そう。今更お父様のことはとやかく言いません。他の惑星で遊んでいることでしょう。──前言撤回です。勝利者は世界のバランスを放棄しました。介入します」


 その言葉にクンティス以外の天使は湧く。まるで楽しみができたかのようにその端整な顔を綻ばせた。


 クンティスだけは苦笑いを浮かべている。イズミャーユの座る玉座の近くで立っている彼は跪きながら浮かべている同胞のその態度に、勘違いしているとわかっても何も言わなかった。


「それでは、転移者を呼ぶ儀式をこれより──!」


「いいえ。転移者を召喚することは禁じます。それはバランスを崩したペナルティにしては大きすぎる。天秤があべこべです。なので、わたしの加護を人間側に施しましょう」


「え……」


 唯一の娯楽が取り上げられたように悲しそうな顔をする天使たち。クンティスはイズミャーユがそう言うことを理解していたので驚きはない。


「何を驚くのです?第三惑星はわたしの信仰度が一番大きいのでしょう?そこに神を信じぬ他世界の人間を放り込んでどうします。条件を満たしてもいません。召喚は禁止です。わたしの居た第一惑星とは違うのです」


「そんな……」


「クンティス。今第三惑星の時間経過はわたしに合わせていますね?」


「ええ、その通りです。あなた様に報告する前に同調いたしました」


「結構。では第一惑星と同じく、信仰へのギフトを返しましょう。これで人間側も増強され、バランスが取れることでしょう」


 イズミャーユが手を振るう。それだけで第三惑星に何かが降りた。


 イズミャーユが第三惑星にすることはこれで終わりだ。


「今回はクンティスが報告をしてくれたおかげで助かりました。他の皆さんもしばらくはゆっくりとした時間の経過で見守りなさい。崩れたバランスが整うまでわたしへの連絡は密にするように」


 そう告げて天使たちを業務に移らせる。本来ならクンティスが報告するのではなく第三惑星を管理する天使たちがイズミャーユに報告するべきだったのだ。クンティスは第一惑星管轄で、本来報告する義務はない。


 勝利者がこちらとの契約を破った時か、イズミャーユが最大宗派になった時点でそうしなければならなかったのに、仕事を放棄したのは天使たちだ。


 他の天使がいなくなったこの玉座の間で、イズミャーユは先程までの口調をやめてクンティスに話しかける。


「もしかして召喚の儀を行いたかったから放置したの?」


「そういう側面もあるだろうね。後は楽しかったからというのもありそうだ。第三惑星はいわば決着がついていない状況だった。お互いの陣営に生き残りがいた。何故か冷戦状態になって、後は勝利者が寿命による一人勝ち。火種が残ったまま、ね」


「どうなるか見たかったんだね。人魔による戦争がまだ続くか、人間同士が争うか。それでバランスが崩れれば召喚の儀を行えるキッカケにもなる」


「第一惑星が羨ましかったんだろう。あそこだけ召喚の儀が多かった」


 イズミャーユの崩した口調に合わせるようにクンティスも口調は部下というより友人のような気易いものだった。イズミャーユはそれを咎めない。


「勝手に召喚の儀を行えばソールの二の舞だってわからなかったのかな?」


「さあ?でも何故か第三惑星でソールの名前が信仰されているよ。彼らの遊びだろうね」


「……いえ、遊びではなく彼らの憧憬だろうね。好き勝手生きて、召喚の儀を楽しんだソールへの妬み・尊敬。わたしやお父様に逆らいたかったんだよ」


「それはそれは。とても不敬なことだ」


「わたしを嫌う理由はわかるし、お父様はこの通り放任主義だから。天使の気持ちもわかるよ。……ホント、快楽に走りすぎるのは天使の特徴だね」


 そう呟いてから第三惑星を覗く。


 イズミャーユは一つの祝詞を言祝ことほぐ。


「頑張りなさい。吸血鬼になりながらも妹を愛するアリス。わたしのことを利用してくださって構いません。お好きになさい。そして神の無力さを知りながらまだわたしを信仰するシャーロット。二人の姉妹に、祝福を──」

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吸血鬼転生〜Bless of Amaryllis〜 @sakura-nene

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