最終話 TS奴隷エルフが新たなご主人様に拾われる話。


 ご主人様のもとに来てから半年が経った。

 私の食事量は少しずつ増えていき、ついに朝ご飯だけでパン一つにスープが完食できるようになっていた。

 同時に小さかった身体は少しずつ大きくなり、百三十八センチまで伸びている。

 ご主人様は百八十センチはあるので、まだまだ見上げなければならないけれど、でもグングンと身長が伸びていくのは嬉しい。

 また、少しずつ体つきも変わっていて、ぺたんこだった胸が膨らみ始めていた。

 恐らく前のご主人様のもとでは栄養が足りていなかったのだろう。

 成長期が急に来たような感覚だ。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、ご主人様」


 最近のご主人様は仕事に完全復帰されていて、日中家にいることは少ない。

 そのため私のお仕事はもっぱら家のことだ。

 朝は早起きして朝食を作り、ご主人様と朝食。ご主人様が仕事に向かっている間は、掃除やお洗濯や買い物。あとはお夕飯の用意と、帰ってきたご主人様のお出迎えだ。


「ただいま」

「お帰りなさい! ご飯出来てますよ」


 帰ってきたご主人様の荷物を受け取り、食卓の準備をする。

 料理は出来ているので、基本的には食器の用意だけだ。

 二人で向かい合わせに席について、ご飯を食べながらお話しする。

 ご主人様の今日の話、私の今日の話などが主な会話内容だ。

 実はご主人様は凄腕の冒険者のようで、色んな話を聞かせてくれる。ゴブリンを倒した、オーガを倒した、街の犯罪者を追っているなどなど。

 どれもがファンタジー溢れるお話なので、私はいつもワクワクしながら聞いている。


 それ以外の最近のトピックといえば……家事の空いた時間には私は本を読んだり自由に過ごすようになった。

 ご主人様がお小遣いと称してお金をくれるようになったので、それで街で買い物したりもしている。

 もはや奴隷というより住み込みのメイドさんとかそんな感じだ。

 充実した毎日で、満足感がある。こんな感情を楽しいというのだろうか。

 もしかしたらあの牢屋での生活は夢だったんじゃないかと思うくらい、穏やかな生活である。

 何よりこの生活で最も嬉しいのが、頑張って家のことをこなすとご主人様が褒めてくれることだ。

 ご主人様は私を褒めてくれる時、少しだけ目が優しくなる。

 あの牢屋の中では、私にとって男の人に触られることは恐怖の象徴だった。

 でも、ご主人様に撫でられるのは嬉しい。

 これは前のご主人様が怖かったからだろうか。それともご主人様が優しいから?

 うーん、分からない。

 でも確かなのは、私の中にあった死にたい気持ちが薄れていることだ。

 むしろ今はこの生活がずっと続けばいいのに、と思っている。







 ご主人様の奴隷になってから一年経った。

 ようやく普通の人と同じくらいの食事が摂れるようになってきた。

 相変わらず私は成長期なようで、百四十三センチまで伸びている。

 が、最近は身長よりも胸の成長が著しい。私の目算によると推定Cカップ。

 体つきも大人の女性に向かって成長しつつあり、鶏がらだった身体は少しずつ肉付きも良くなってきた。

 そのお陰かは分からないが、買い物に街に出かけると時おりナンパされることもあるくらいだ。

 こんな傷の醜い女でも需要があるらしい。

 ただ、ご主人様は私を性の対象には思っていないようで、相変わらず一度も夜伽に呼ばれたことは無い。

 

「ただいま。今日もお弁当美味かった」

「お帰りなさい、良かったぁ……お口にあったならなによりです」


 ご主人様からお弁当の空箱を受け取って私は洗い物に回す。

 そう、最近私はお弁当を作ってご主人様に渡すようになっていた。というのもご主人様が案外ズボラだということが分かったからだ。

 興味本位でお昼は何を食べてるんですかと聞いたら、店売りのサンドイッチくらいしか食べないというので、これは作るしかない! というわけである。

 外に狩りに行くご主人様は携帯できる食料が望ましいわけだが、この世界では店売りの携帯食料と言えば手軽に食べられるサンドイッチか、日持ちするものを求める場合はレーションのようなものが主流らしい。

 危険地帯ではすぐに食べれることが重要なようだ。

 でも、ご主人様の栄養が偏ってしまうのも事実。そこですぐに食べれて、栄養のつくものを中心に、毎朝早起きしてお弁当にしているというわけだ。

 私は奴隷である。私の生命線すなわちご主人様であり、倒れられては困るのだ。

 

「アリス、ありがとう」

「どうしたんですか、急に」

「お前が来てから、随分助かっている」

「……ありがとうなんて私の台詞ですよ。こんなに美味しいご飯が食べれて、安心して暮らせるのも全部ご主人様のお陰なんですから」

「それでもだ。何か欲しいものはあるか?」


 欲しいものかあ。

 急に言われてもパッと思い浮かばない。欲しかった新刊の本は買っちゃったし、気に入った食器も買ったばかり。

 ほしいもの、ほしいものと呟きながら考えているとふと思いつく。


「……じゃあ、ご主人さま。私とお出かけして、もらえませんか?」

「なんだ、そんなことで良いのか」


 そんなことと言うが、最近ご主人様は働いてばかりで家に一日居ることが少ないのだ。

 ずーっと家で独りぼっちなのはちょっと寂しいし、何よりご主人様にも休んでもらわなくてはならない。

 それに、二人でお出かけするのだって久しぶりなのだ。たまには……ちょっと甘えたい。


「分かった。週末の予定は開けておく」

「はい、楽しみにしていますからね」


 そう言って微笑むとご主人様は私の頭を撫でてくれた。

 嬉しい。







 週末まで指折り数えて、ようやく当日だ。

 着ていく服とか化粧とかでバタバタしてしまったけれど、どうにか出発時間に間に合わせることが出来た。

 普段、冒険者姿がデフォのご主人様も今日は私服である。

 そんな私たちは王都のサーカスを眺めていた。


「わぁ……すごい!」

「中々の身体能力だな」


 偶然、サーカス団が期間限定でこの街にやってきていたらしい。

 本来ならチケットを取ることはとても難しいのだが、タイミングよくご主人様がギルドの人にもらったとかで、行くことになった。

 目の前では十数メートルはある高所の空中ブランコから空中ブランコへと飛び移ったり、火を吐く虎のような魔物が上空めがけて火炎放射を放ったりとド派手なショーが繰り広げられている。

 私は目の前で繰り広げられている光景に感動しきりだ。

 

「ご主人さま、ああいった魔物とも戦われるのですか?」

「あぁ。あれはこっちの大陸にはいない魔物だが、火を噴く魔物とは戦うこともある」


 それは、すごい。

 私が対峙すれば一瞬でかみ殺されそうな巨体の虎だ。最初に見たときは、逃げ出したら大変なことになるんじゃないかとも思ったが、よく見ると虎の首には私と同じ服従の首輪が巻かれていた。

 あの首輪の効果を私は誰よりも知っている。だからこそ、安心できた。

 それ以外にも奇跡の消失マジックと称して、棺桶の中の人が消えたり、魔法使い同士の魔法対決と称して炎と氷の戦いを演じたりと、とても楽しいショーだった。

 そして全てのショーが終わり、観客たちの拍手のなかサーカスは終わりを告げる。

 なんというか、とても感激した。

 あんな魔法、使ってみたいな。

 ポツリと呟くとご主人様がこちらを見る。


「魔法が使えるようになりたいのか?」

「はい、憧れです」


 答えるとご主人様は私に言う。


「わかった。教えよう」


 







 二年の時が過ぎた。

 ご主人様は言葉通り、私に魔法を教えてくれた。

 どうやらエルフは魔力量がとても多いらしい。

 私が牢屋に囚われていたのは、恐らくエルフという種族が見た目麗しい存在であったからと、その魔力を狙ったのではないかというのがご主人様の言葉だった。

 実際、あの限界状態で生きていたのも私の魔力量が多かったからのようだ。

 そうでなければとうに力尽きていただろうと言われて、そうだったのかと納得した。

 そして一年間みっちり魔法を会得した成果なのだが。


「やった……やりました!」


 私の首から、がしゃんと服従の首輪が外れた。

 服従の首輪は高度な魔法によって、付けられた本人の魔力を使用して強制的に言うことを聞かせる類のマジックアイテムだったようだ。

 人間の魔力では足りないほど強固なものだったが、私はエルフである。けた外れの魔力量で、どうにか支配を上回った。

 ご主人様との奴隷契約はあれど、一番のネックとなっていた命令による支配から逃れることが出来た私は、今でも信じられない思いだ。

 ついでに冒険者デビューも果たし、ご主人様と一緒に冒険もしている。

 順調にお金も溜まっていて、このままいけばいつかは一億ゴールドをご主人様に返すことも夢ではない。

 順風満帆な生活だ。嬉しくてついご主人様に抱き着いてしまう。

 

 ……私には最近夢が出来た。

 その夢は奴隷のままでは叶えることが出来ないので、頑張ってご主人様にお金を返済して、自分自身を買い上げることで自由になりたい。

 それまでは、この気持ちに蓋をしようと思う。








 五年の時が過ぎた。

 私の身体はすっかり大人になり、百五十センチまで伸びた。胸も随分大きくなり、Eくらいあるんじゃないだろうか。

 だが、そんなことよりだーーーー私は遂に夢を叶えた。

 ご主人様にお金を返済し、自由になりたい旨を伝えるとご主人様は分かったと認めてくれたのだ。

 自分自身を買い上げた私は、奴隷ではなく一般人になった。

 そして、今は私は家の中で家事をしている。その左手には銀色に光る指輪が嵌められていた。

 私は結婚したのだ。

 結婚相手はもちろん、決まっていた。

 ご主人様、いや……旦那様だ。

 私は先日、ブレード様こと旦那様と結婚したのである。


「ただいま、アリス」

「あ、おかえりなさい! 旦那さま♪」


 数年間の生活の中で、どうやら私はご主人様に惚れてしまっていたらしい。

 自分を自由にしてからはもう、奴隷だからといって諦める理由もなくなり、アピールにアピールを重ねまくった。

 そして、そしてついに先日、旦那様が指輪をくれたのだ。

 お嫁さんという夢を叶えたのである。

 後の心配といえば、人間とエルフなので寿命問題があるが、この世界ではエルフも人間と同じくらいの寿命らしいので、問題無かった。

 今、私はとても幸せだ。

 毎日がとても楽しい。一緒に冒険したり、家で家事をしたりとこの日々を過ごしている。

 奴隷として卑屈な考え方をしていた私はもういない。

 ただ幸せな毎日を送っている。







 十年の時が過ぎた。

 

「アリス、しっかりしろ。頑張れ!」

「う、うぅうう! ま、まかせて」


 声はちゃんと聞こえている。よくもまあ頑張れなどと簡単に言いやがって。

 正直痛い! あの牢屋に居た頃とは別種の痛みである。ただでさえボロボロの身体な私にとって、堪えるものがあった。

 でも、あとすこし。あとすこしなんだから……! 

 そう思っていきむと、大きな泣き声が響いた。


「おぎゃあああ!」

「あ、アリス! 産まれた、産まれたぞ!」

「はぁ……はぁ……」


 う、産まれた。

 私は荒い息を吐く。

 旦那様が喜びの声を上げているが、正直全身汗びっしょりでやばい。

 身体もめちゃくちゃ痛いし、まだ辛い。


「ありがとう、アリス! ほら、俺たちの子だぞ」


 お医者さんに渡された我が子を大事に大事に抱えた旦那様が私に見せてくる。

 産まれた赤ちゃんは、くしゃくしゃな顔で、僅かに耳が尖っていた。女の子だ。

 私と同じ髪色の、金髪。でも目は、旦那様の色。顔立ちもちょっと似てるかな。

 この子を私が産んだのかと思うと、身体の痛みより満足感が勝っていく。

 そうか、私でも、出来たのか。

 赤ちゃんを受け取って抱く。今日から私がこの子のお母さんなのだ。

 そっと抱いてそのぬくもりを感じる。

 なんだか涙が出てきそうな気持ちになったが、やがてそろそろ良いですかというお医者さんの言葉にうなずいて我が子を渡した。


「だんな、さま、あの子の名前は?」

「……アリシアにしたい。お前の名前からとって、アリシア」

「わ、かった。アリシア……良い名だわ」


 私たちの子供、アリシア。きっと幸せに育てられるはずだと私は思う。

 だって旦那様と一緒なのだ、だから大丈夫。

 







 十五年後。

 アリシアもあっという間に五歳だ。

 旦那様は思っていたよりも子煩悩で、積極的に子育てにも参加してくれる。

 私も育っていく我が子が可愛いけれど、とってもやんちゃで手を焼かされることも多い。

 でも、ぼうけんしゃになるんだ! と言って旦那様とおもちゃの剣で遊んだりしている様子を眺めている時間はとても幸せだ。

 そうこうしているといつの間にかアリシアがやってきて言う。


「ねえママ。ママのまほうおしえてよ!」


 魔法かあ、でもまだ危ないと思うけれど。

 私だって最初は使いこなすまでに何度かヒヤリハットな場面があった。

 とはいえ教えなーいと言って、見ていないところで危険なことをされて困るのもまた事実。

 特にアリシアは私と旦那様。つまりエルフと人間のもとに生まれたハーフエルフなので普通の人間より遥かに魔力量は多いわけで。

 私自身も魔力とその希少性をもとにした事件に巻き込まれたわけだから、自衛のためにちゃんと教えた方がいいのかもしれない。

 そう思った私はアリシアに向く。

 

「アリシア。魔法を教えてもいいけど、ママと約束できる?」

「うん、できる! アリシアいいこだから!」


 本当だろうか。都合の良いことを言っている感じもするけれど。

 まぁ流されてあげよう。私は大事なことを言った。


「アリシア、魔法はとても危険なの。だから外で無闇に使ったりしてはダメ。友達に向けて使ったりするのもダメよ。魔法は人を殺すこともできる」

「ひとを、ころせる。すごくいたい?」

「そう、痛いの。それに失敗すればアリシアが死んでしまうこともあるわ。だから魔法を使うときはママと一緒の時だけ、約束できる?」

「……う、うん」


 ちょっと脅しすぎただろうか。

 ううん、このくらい言っておいた方がこの子のためだ。

 万が一誰かを怪我でもさせたりしたら大変なことになってしまうのだから。

 そして私は簡単な魔法からアリシアに教え始めた。






 十八年後。

 

「ねえママはなんでそんなに傷だらけなの! それに耳も尖ってる!」


 アリシア八歳の年。

 王都の学校に通い始めたアリシアがこんなことを言い出した。

 うーん、いつかは来ると思っていた質問だけどどうしよう。

 私の話をそのまま話すにはかなり、どす黒い話になるし。

 困っている私を見て旦那様がアリシアに尋ねてくれる。


「アリシア、どうしてそう思ったんだ?」

「だって、学校の皆が変だって言うんだよ。友達の家のママもみんな、耳が尖ってないし、傷だらけじゃないから。私の耳もちょっと尖ってるから、ゴブリンだー! とか言われて、私すごくいやなのっ!」


 そりゃそうだ。エルフは超貴重だし、私のような経歴を持つお母さんも世の中的には稀有だろう。

 むしろ稀有であった方が安全な証拠ではあるが。

 それに見た目のことでいじられているなら、本人はとても嫌だろう。

 まだ早いと思っていたが、もう話すべきだろうか。私は旦那様と顔を見合わせる。


「……旦那様。私のこと、話そうと思います」

「あぁ、分かった」


 旦那様も異論はないようだ。

 私はアリシアに向き直ると真剣な表情で話す。


「アリシア、今から大事な話をします。この話は誰かに話しちゃ駄目だからね」

「う、うん……」


 そして私は話し始めた。

 この世界の記憶がなく、目が覚めたら牢屋だったこと。そこでのつらい生活と、死にかけたこと、旦那様に助けられたこと。

 そしてその事件自体が、私自身がエルフだったから狙われたこと。

 それらを話していくのにはとても時間がかかったが、どうにか話し終わることが出来た。

 話を聞き終わったアリシアはポロポロと泣いている。


「ごめんなさい、ママ。わたし、そんなのしらなかった……」

「良いの。私こそごめんね。傷だらけのお母さんなんて嫌だものね。気持ちは分かるわ」

「ちがうの、ママ! ごめんなさい、うわあああああん!」


 本格的に泣き出した我が子を私は抱きしめる。

 最近、私に似て随分と可愛くなってきた娘は学校でもちょっかいを掛けられることが多いらしい。

 子供のうちだとやっぱり見た目の違いは気になる点のはずだ。

 涙をこぼす我が子を優しくなでつつも、ちゃんと優しい子に育っていることを感じていた。

 

 




 二十五年後。

 アリシアも十五歳、彼氏が出来たらしい。

 最近は帰りも少し遅いし、反抗期も始まったようで旦那様が悲しそうにしている。

 やっぱあるんだなぁ。お父さんの服と一緒に洗わないでって。


「なあ、アリス。アリシアは変な男に引っかかってないよな。大丈夫だよな」

「冒険者仲間だそうですよ。旦那様と同じ黒髪の男の子でした。かっこいい顔してましたよ」

「なっ……もう会ったのか?」

「ええ、前からアリスの相談に乗っていましたから。ほら、あの子たまに早起きしてお弁当作ったりするようになったでしょ? あれは私の受け売りですよ」

「う、嘘だろ……」


 反抗期ついでにちょっと距離を置かれているのか、旦那様は娘の恋人については全く知らなかったらしい。

 初めて娘が恋の悩みを打ち明けてくれたときは可愛かったなぁ。話を聞いてみれば、好きな男の子がいるけど、恥ずかしくてツンツンした態度を取っちゃうとか。

 アリシアはとっても可愛い子だから、押せ押せでいけば絶対相手も意識するって言って、私が旦那様にやったことを教えてあげたのだ。

 とはいえ私のときは奴隷とご主人様って身分だったし、同棲だったから状況は違うけどね。

 お弁当作戦もその一つ。

 相手の子の様子を見るとご飯はいつも購買ばかりだって言っていて、こんな会話をしたらしい。


「アンタ、いっつも購買ばっかりね。飽きないの?」

「だって安いんだぜ。それに弁当なんか作る時間ねーって」

「へえ。な、なら私が作ってきてあげようか?」

「いらん、お前料理下手そうだもん」

「はあ!? 下手そうって何よ! バカにしてんの? そうまで言うなら作ってきてあげるから、アンタ味の感想言いなさいよ!」


 売り言葉に買い言葉である。

 そんなわけで私レクチャーのもと、料理を教えているのだ。

 とはいえ娘がツンデレタイプに育ってしまったのは私も知っての通り。この手のイベントは一緒に食べるのが仲良くなる近道なのだが、渡すだけ渡して、一緒にご飯を食べれないなんて予測は当然していたので、細工をしておいた。

 そして案の定、娘は土壇場で日和ったらしい。


「お母さん……お弁当は渡せたけど、一緒に食べれなかった」

「ふうん。どうしてそんなことになったの?」

「マジで作ってきたのか。なら一緒に食べようぜって言われたけど、恥ずかしくって、アンタにお弁当作ったってバレたくないから一人で食べろって言っちゃって……」

「そう……でも大丈夫よ。きっと思いは伝わってるから」

「そうかな……」

「そうよ」


 大丈夫! 何せお母さん、仕込みはしているからね!

 娘が目を離した隙に、男の子に渡す弁当箱に紙を一枚入れておいたのだ。

 『娘が早起きして作ったお弁当です。あの子は恥ずかしがり屋さんだから変なことを言うかもしれないけど、よろしくね。アリシアの母より』。

 きっと読んでくれているはず。国語力がある子なら、好意が無い人間が早起きしてまで弁当を作らないくらい分かるはずだ。

 そう思って翌日。もう駄目だと言い張る娘を早起きさせてもう一度弁当を作らせ、私が学校に送り出すと、どうやら上手くいったらしい。

 帰ってきたアリシアが頬を赤くしながら伝えてくれたのだ。

 概ねこんな会話だったようだ。


「弁当ありがとな。料理下手そうって言って悪かったよ。凄く美味かった! 毎日作ってほしいくらいだ」

「そ、そう!? な、なら今日もあげるわよ。私も料理上手くなりたいから、作りすぎちゃって……だから、また味の感想教えてくれない? その、出来れば明日以降も」

「良いのか!? すげー助かる! でもずっともらうのは申し訳ないな……なんかお返し出来ることないか?」

「えっ、そ……それなら、アンタ冒険者としてそれなりなのよね。じゃあ私にレクチャーしてくれない? そ、その……教えてほしいの」

「アリシアも冒険者になりたいのか? オッケー、任せろ。ご飯分はばっちり働くぜ!」


 そんな具合で、お弁当の味を教えてもらったり、放課後は定期的に冒険者として活動するなど一緒の時間を増やした娘はついに彼からの告白を受けたそうだ。

 恥ずかしくて、素直にうんと言えない気性も一緒に過ごした時間が長かったことで分かってもらえたようでどうにかなり、幸せそうにしていた。

 そんな話を旦那様にすると愕然とした表情を浮かべている。


「……い、つから付き合ってるんだ?」

「もう、三か月くらい?」

「う、そだろ……そんなに? うそだろ? だって、アリシアはパパと結婚するって言ってたのに」

「いつの話をしているんですか、いつの」


 娘が男に取られたー! とわめく姿はかつてのクール系男子だった旦那様とは見る影もない。

 まあそれなりに年も食ってるしね。

 それに本人には言ったら調子に乗るので言わないけど、彼氏くんは若いころの旦那様に似ているのだ。見た目ではなく、中身が。

 あれは優しい子だ。お出かけ時はさりげなく道路側を歩き、アリシアの様子をよく見てテキパキやってくれている。

 あのまま仲睦まじくやってくれるといいな。






 三十年後。


「どうか、娘さんを僕にください!」

「お父さん、おねがい。私もこの人と結婚したい」


 ついにこの日がやってきた。

 旦那様と一緒に座る私たちの前に居るのはアリシアと彼氏くんだ。

 重苦しい沈黙が我が家に満ちている。

 原因は旦那様だ。魔物と相対しているときのような殺気すら感じている。

 内心、私は大人げないなあと思いつつ、娘たちのフォローに回った。


「旦那様。彼はまだ二十歳だけどAランク冒険者だそうよ。五年も付き合っているようだし、将来性も十分だわ」

「……俺が二十のときはSランクだった」

「旦那さま?」

「……すまない」


 若い子相手にマウントを取り出した旦那様を私は睨みつける。

 流石に自分が悪いと思ったのだろう、旦那様は発言をひっこめた。

 ひっこめるくらいなら最初からみっともない真似すんなと言いたいが、娘と彼氏君の手前私も言わないでおくことにした。

 そして旦那様は尋ねる。


「娘の、どこが気に入ったんだ」

「……まず努力家なところ。言葉は素直じゃないのに態度が優しいところ、ちょっと臆病だけど、それを指摘すると周囲にめっちゃバレバレの言い訳するところ、というか、総じて可愛いんです。あとは優しいところと、野良猫見つけたときににゃーって言ってるときとか、あとはーーーー」

「ば、ばかっ! なに言ってんのよ! ち、ちがっ……私そんな変なことやってなっ」

「ぐっ……!」


 彼氏君の口から滝のようにあふれ出した良いところにアリシアは悲鳴を上げる。

 だが、そのアリシアの態度。いわゆる顔を真っ赤にした様子を見た旦那様が大ダメージを受けたようだ。うめき声をあげている。

 だが、どうにか立て直したらしい。


「ええい、大事な娘をやれるか! 俺と勝負しろ」

「バカなこと言わない!」


 いや、やっぱ立て直してなかった。

 馬鹿なことを言い出したので私は拳骨を与えた。ゴンッと良い音が響く。

 旦那様は強いので、容赦なく殴りつけないとノーダメージなのだ。

 地面に額を押し付けて倒れた旦那様はゆっくりと起き上がる。


「……旦那さま?」

「すまない、頭が冷えた」


 睨みつけて低い声で言うとどうやら落ち着いたようだ。

 良かった。次にアホなことを言い出したら潰さなくてはならないところだった。

 旦那様は二人に向き直ると真面目な口調で話し始める。


「君は冒険者だそうだな。だが、冒険者は命がけの仕事だ。それに見ての通り娘はハーフエルフ。その血を狙う者もいるかもしれない。私はこれまで命がけで妻を守り抜いてきたつもりだ。君に娘を守る覚悟はあるか?」

「……もちろんです。でなければここに居ません!」

「………………そう、か」


 呟いた旦那様の声は初めて聞いた声だった。

 諦めたような、嬉しそうな。きっと色んな感情が混ざり合っているのだろう。

 でもようやく旦那様も認める気になったらしい。

 こんな真っすぐな優良物件は中々いないのだ。きっと幸せにしてくれる。

 大きいのに、なんだか小さくなったように見える旦那様はやがてこう言った。


「ーーーーだが、まだ娘はやれん!」


 なんだてめえ。

 私がキレそうになると、彼氏君が口を開いた。アリシアと私も続く。


「なぜですか、お義父さん!」

「お父さん?」

「旦那さま?」


 旦那様は三者三葉の視線を浴びつつも、彼氏君に向かって言った。


「……俺をお義父さんと呼びたいなら、君の力を見せろ。数回で良い。君の冒険に俺もついていく。それで問題無ければ、認めてやる」

「お義父さん……」

「まだそう呼ぶんじゃない! まだ認めてないからな!」

 

 ちょっと締まらないけど、きっと旦那さまが認めるにはこの工程が大事なのだろう。

 特に私が巻き込まれた例の事件もある。アリシアも同じような事件に巻き込まれる可能性があるのだ。

 しかし、まあなんというか。旦那様が面白い。

 まだ、ということはそのうち認めるということ。最後まで素直になれない姿を見て、アリシアのツンデレ属性は旦那様由来だったのかとふと私は納得する。

 きっと彼氏君は旦那様のお眼鏡に叶うだろう。

 わーわーと言い合う旦那様と彼氏君の様子を見て、私はアリシアと顔を見合わせる。

 そして二人でくすくすと笑いあった。

 





 七十年後。

 どうやら、そろそろのようだ。

 動かなくなった身体から、私は終わりが近づいていることを察した。

 病院のベッドから見える視界の先には涙を見せる旦那様や、娘とその夫となった彼氏君。孫たちが集まっている。

 私が死を覚悟したあの、牢獄での出来事は遥か昔のようだ。

 そう、私はあれから、七十年も生きたのだ。


「アリス、アリス! しっかりしてくれ……俺には、お前が必要なんだ」


 旦那様は泣いてばかりだ。珍しい。

 そりゃあ私だって生きれるものならまだ生きたい。けれど、こればっかりはしょうがない。

 前世が何年生きたかは覚えていないけれど、間違いなく今世の方が長く生きただろう。

 ハッキリ言えば、元々私の身体はボロボロだったのだ。出産できたことも正直奇跡だった。

 そうでなくても、何か一つボタンを掛け違えていたら。

 例えば旦那様が私を見つけられなければ私はあのとき、飢え死にしていたのだ。

 それが、それがこんなにも長い間生きることが出来た。

 胸を張って言える。

 間違いなくーーーー私の人生は幸せなものだった。


「お母さん!」

「アリス、アリスぅぅ……! 頼む、おいてかないでくれ」


 意識が薄らいでいく。

 しかし、声は届いていた。まったくしょうがない旦那様だ。

 そんなこと言われたらあの世にいけないじゃないか。

 だから、せめて伝えよう。


「…………ぃ」

「なんだ、なんて言いたいんだアリス!」


 僅かに口を開くと旦那様が耳を寄せる。

 その耳に、私は最後の力で告げた。


「ーーーーし」


 あなたと出会えたお陰で、人として生きれた。


「ーーーーあ、わせ」


 あなたのお陰で、ここまで生きることが出来た。


「ーーーーで、した」


 あなたと過ごした人生は、本当に、本当に幸せでした。

 ありがとう。

 そんな思いをすべてこめて、放った私は力を抜く。

 

 旦那様は最期まで私の手を握っていた。もう見えないけれど、ぬくもりで分かる。

 ずっと、ずっと一緒にいたのだから。

 そして、私の意識は安らかに途絶えていく。

 ただ、安らかに。愛する人のぬくもりを感じながら。





 TS奴隷エルフが幸せになる話。(了)

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TS奴隷エルフが新たなご主人様に拾われる話。 伏樹尚人 @FushikiNaoto

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