7話


 シフォンに連れてこられたのは、初日にも使った応接室だった。


 今回も先に腰掛けたシフォンは、ソファーの端に座り、空いた部分を手でポンポンと叩いていた。


 そんな様子を気にするわけも無く、前回同様向かいのソファーに腰を下ろした。


「ぷ~。なんでよ~」

「なんでじゃないよ。良いから早く用件を。俺は一刻も早くシュガーの元に戻らなきゃならないんだ」


 こうしている間にも、野獣共がシュガーを襲うかもしれないんだから。目を離すだけでも気が気じゃないですよ!


「えっとね~、実はお願いがあるんだけど。聞いてくれる?」

「前置きは良いから本題、早く!」

「も~、少しは私ともお話してよ。シュガーちゃんばっかりずるいじゃない!」


 ずるいも何も、俺はこっちに戻って来てから一度もシュガーと会話なんかしてない。だ、大っ嫌いって、言われた、だけで。


「すまん。今日はメンタルが無理だ。本当に早く、シュガーのいる受付に戻らせてくれ」

「はいはい。じゃあ、お願いなんだけど。メイプルちゃんの指導をしてあげてくれない?」

「なんで俺が?そんなの、ギルドの先輩連中が受ける仕事だろ?」


 ただでさえ依頼を受けたらギルドに居られなくなるのに。指導依頼なんて受けたら、ほとんど一日中ギルドを空けることになってしまう。下手をすれば、野営やら護衛任務やらと、数日帰って来れないことだってある。


 そもそも指導依頼とは、新人冒険者育成のために、ギルドが信頼を置くベテラン冒険者に対して依頼するクエストだ。


 ここのギルドにやってきたばかりの俺に依頼が回ってくるのがおかしい。


「ユキちゃんだって、十分先輩な冒険者でしょ?むしろ、世界最高峰の冒険者を差し置いて、誰にこの依頼を回せばいいのよ」

「うぐ・・・・・・でも今は、ただの新人冒険者のサトウだ。新人同士でパーティを組むならまだわかるけど、指導なんて・・・・・・」

「じゃあ、パーティを組んでくれるのね。やった~!それじゃ、手続きして来るから!」


 そう言い残して部屋から飛び出して行くシフォン。


 くっそ~、最初からそっちが本命だったな。俺とメイプルちゃんを組ませて、長期間面倒を見させるつもりか。


 指導依頼なら長くても一月ほどで終われるけど、パーティを組むとなるといつまでかかるかわからない。


 いや待てよ?お互いにあわないとわかれば、一日でパーティ解消もできるか?


「ふっふっふ~。残念ながら、すぐには解消できませ~ん。メイプルちゃんはシュガーちゃんの親友よ。一日で親友とパーティ解消したあなたを、シュガーちゃんはどう思うかしらね?」

「謀ったな」

「謀ったよ」


 だから俺のシュガーに対する愛を利用するんじゃねえよ!



「ということで、今日から二人にはパーティを組んでもらいま~す」

「お~!」


 なぜかノリノリのシフォンとメイプルちゃん。


「・・・おぅ」

「・・・・・・」


 そしてテンションの全く上がらない俺と、そんな俺を睨み付けてくるシュガー。


 どうにかしてシュガーと仲良くなりたいのだが、どうしたら良いのだろう。今までシュガーとケンカしたことも、嫌われたこともないからどう対応すれば良いのか全然わからんの

です。誰か助けて!


「ほらほらシュガーちゃん、そんな怖い顔しないの。今日からサトウさんはメイプルちゃんのパーティ。仲間なんだよ~」

「なんでよりによってこの人なんですか?メイプルには、もっと良い人がいたはずです」


 やめてシュガ~。お兄ちゃんのHPはもうゼロよ~。


「わ、私はサトウさんがパーティを組んでくれたら嬉しいよ。だって、あの時私たちを助けてくれたんだよ?」

「わかってるけど、あれだけ強いなら、もっと良いやり方があったはずだよ。お兄ちゃんが言ってたもん。力の使い方を間違えるなって」

「ああ、はいはい。シュガーのお兄さんは偉いね~」

「そうだよ!お兄ちゃんは世界一やさしくて強いんだから」


 シュガーに褒められた。俺のHPは満タンになった!


「よし、メイプルちゃん。俺が冒険者のイロハをしっかり教えてあげよう」

「はい!よろしくお願いします」

「それじゃ~、とりあえず採取依頼と魔獣討伐依頼をいくつか受けてもらうね」


 そう言いながら、シフォンはガサガサと大量の紙束を渡してくる。いくつかの基準ってどうなってるんだろうか。




 大量の紙束を種類ごとに整理しながら、近隣の平原に到着した。リリア村は隣に大森林があるが、村自体は比較的安全だ。平原に出る魔獣は弱いし、数も多くない。初心者にとって活動しやすい場所だと言える。


「さて、まずは冒険者の基本、採取依頼をやっていこうと思う」

「はい!」

「じゃあ、この場所で採取可能な依頼書を見つけてくれ」

「えっと、『シリクの葉』と『ポロンの花』は草原でよく見かけます」


 この二つは、繁殖力が高く、日当たりが良い場所であればどこでも目にすることが出来る。低級ポーションの材料としても用いられている素材だ。少し歩けばすぐに見つけることが出来るだろう。


 採取方法や注意点をレクチャーして、メイプルちゃんを送り出し、残りの紙束に目を通すことにした。


「討伐依頼は、『スズツバメ10羽』に『ウルフ5頭』、『ゴブリン5匹』それに『ピンクボア3頭』か。どれも初心者向けの魔獣だけど、どう考えても初心者が一日でこなす量じゃないよな」


 普通に武器を振り回すだけじゃ、一つの依頼をこなすだけで一日が終わってしまうだろう。特にスズツバメは逃げ足が速いから、やり方を工夫しないと10羽も討伐出来ないだろう。


「サトウさ~ん、シリクの葉とポロンの花、採取終わりましたよ」


 嬉しそうに手を振りながら、メイプルちゃんが帰って来た。思ったよりも早かったな。


「お疲れさま。少し休憩するかい?」

「大丈夫ですよ。それより次は、魔獣の討伐ですよね?」


 魔獣とは言え生き物を殺すことに抵抗がある人もいるが、メイプルちゃんはどうかな?今はウキウキしているように見えるけど、魔獣と対面して腰が引ける新人も多い。


「メイプルちゃん、魔獣は見たことある?」

「はい。実家は畑をやっているので、スズツバメやウルフを倒したことがあります」

「なんだ、経験者か」

「あの時の武器はカマとかクワでしたけどね。今は、ちゃんとした武器がありますから」


 そう言って、腰に下げたショートソードを抜き放った。


「じゃあ、ちょっと戦ってみようか」

「え?サトウさんとですか?」

「違うよ、あそこ」


 俺たちが居る場所から少し離れた場所に、昼寝をしているウルフが一頭いた。メイプルちゃんの力量を知るのにちょうど良さそうだ。


「こっちが風下だから、向こうにはまだ気づかれていない。周囲の警戒は俺がするから、遠慮なくやってみな」

「わかりました!」


 剣を抜き放ったまま、メイプルちゃんはウルフに突撃した。起こさないように、という発想は無かったようだ。


 物音に気付いたウルフはもちろん目を覚まし、そのままメイプルちゃんとは逆方向へと逃げ出していった。


「逃げられました~」

「でしょうね。メイプルちゃんだって、寝てるところにいきなり剣を持った人が走ってきたら逃げるでしょ?」

「私なら、返り討ちにしてやろうと迎え撃ちますけど?」


 とんでもない戦闘狂だったよ。この子本当に俺の知ってるメイプルちゃんかな?


「魔獣との戦いは、剣術の訓練とは違うからね。いかに相手を罠に嵌めるかが重要になるんだよ」

「なんだかせこいですね~」

「あ、安全第一ってことで」


 この後たまたま遭遇したゴブリンの群れを、メイプルちゃんは一人で楽々殲滅した。


 俺、必要だったかな?






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義妹が心配なので実家に帰らせていただきます! 世界最高峰の精霊使いは義妹のために辺境に隠居する マグ @mag3627

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