6話
「兄貴、お疲れ様です」
「「「お疲れ様です!」」」
「・・・・・・」
訓練場での一件以来、灰色狼の野郎どもは、俺のことを兄貴と呼ぶようになった。どう見ても俺の方が年下だし、何よりシュガー以外に兄と呼ばれるのは嫌だった。
「サトウさん、よければこちらのカウンターにどうぞ~!」
「いえ、大丈夫です」
それから、なぜか受付嬢のルーナに懐かれた。カウンター周辺でシュガーを見守っていると、わざわざカウンターから出て俺のところまでやって来る。
シュガーだったらほいほい着いてっちゃっただろうけど、ルーナには塩対応を貫いている。それでも時間が空けば俺のところにやってくるんだから、随分と暇なようだ。
それだったら隣で行列をさばいているシュガーの手伝いでもしてやってくれ。
「灰色狼の人たち、シュガーちゃんに依頼の受注をして欲しいみたいで、他の受付に並んでくれないんだよ~」
「だからシフォンも暇なのか?」
「ぷ~。またそんな言い方する~。私はちゃんと、ユキちゃんに用があって来たんだもん」
良い歳した女が、頬っぺたふくらまして「もん」なんて言ってるんじゃありません。そんなんだから恋人の一人もいないんだよ。
「なんだか失礼なことを考えてる人がいる」
「なんでわかるんだよ」
「やっぱり!あんまり失礼だと、シュガーちゃんに泣きついちゃうぞ」
「マジすんませんした!」
「じゃあ、私のお願いを聞いてくれたら許してあげよう」
これは完全に嵌められた。シフォンのやつ、いつも俺のシュガーへの愛を利用しやがって。
「まだユキ殿は見つからんのか!」
ユキが退職届を置いて姿を消してから3日。チルス共和国支部は混乱の真っただ中にあった。
何せ、世界最高峰の魔術師と謳われるユキに退職届を提出されてしまったからだ。
支部での対応に問題があったのでは?仕事を押し付け過ぎたのでは?
とにかく、チルス共和国支部のせいで辞められたとなれば、責任の取りようが無い。今後の出世に響くとか、他の支部からバカにされるとか、そんな些細な問題では無かった。
世界中で、ユキにしかこなせない依頼は山のようにあった。その全ての依頼をキャンセルしようものなら、莫大な違約金を請求されるかもしれない。そんなもの、人一人の人生で到底稼ぐことなどできない。
本部に気付かれる前にユキを連れ戻すか、無理なら責任の所在がこちらに無いことを説明してもらわなければ、最悪子孫にまで莫大な借金を背負わせることになりかねない。
「あの、僕達にも何かできることはありませんか?」
「キミたちは、確かユキ殿が連れてきた新人だったね」
「はい。ルークです。ユキさんには、一緒にパーティを組んで、鍛えてもらえることになっていたんですけど」
がっくりと肩を落とした三人の若者を見て、支部長も頭を抱える。
将来有望な新人をスカウトしておいて、その翌日に姿を消すとは、彼は一体何を考えているのか、と。
「ユキ殿が姿を消した原因など、心当たりは無いかね?」
「いいえ。あの夜も、仲間になったんだから、お互いに助け合っていこうと言われて、そのまま部屋から出て行ったきりです」
「仲間か。そうだな、彼はクランの皆を大事にしていた」
どのような職業の者であっても、ユキはクランのメンバーを大切にしていた。だからこそ理解できない。なぜ今になって、仲間を捨てるようなことをしたのかと。
「支部長、大変です!」
突然支部長室の部屋を開けて、事務職員が入室してきた。相当焦っていたようで、全身から汗が噴き出している。
「ノックくらいしないか。それで?何かあったのか?」
「は、はい。ユキ殿のパーティメンバーの方々がいらっしゃいました」
「終わったー」
その言葉を聞いて、支部長は真っ白になった。
「ユキ殿が不在なことに疑問を持たれて、支部長に面会を求められています」
「よ、よし。今日からキミを支部長に任命しよう。私は、キミの代わりに事務員になるから」
「バカなこと言わないでください。お通ししますよ?お通ししますからね?どのみち、自分たちでは御止めすることは出来ませんからね~」
そう言って、事務員は元来た道を戻って行った。
「ユキさんのパーティメンバー!」
ルークは思わずごくりと唾を飲み込んだ。夢にまで見た特級クラン。世界中で数える程しか存在しない特級クランの中で、風雪の冒険者部門は他の追随を許さない程隔絶された力を持っていると評判だった。
その中で、最強と謳われるパーティこそが、ユキの所属していたパーティだ。
まさに世界最強のパーティが、今からやって来る。その事実に、緊張と興奮で頭がおかしくなってしまいそうだった。
ミーシャとエリーザも同様なようで、二人とも緊張した面持ちを浮かべていた。
「ちょっとユキ、あんたどこに隠れてんの?早く出てこないと細切れにするわよ!」
廊下から音が聞こえた瞬間に、重厚な扉がバラバラと崩れ落ちた。扉だった木片は、まさに細切れになっていた。
「カリンさん、扉は手で開けてくださいといつも言ってるではないですか。新しい物をあつらえるのも、ただでは無いんですよ?」
「嫌だ嫌だ、ユズはいつだって金の話ばっかり。そんなんだからいつまでたってもユキに相手にされないんじゃないの?」
「それはカリンさんも同じでしょう?あなたががさつで暴力的だから、ユキさんが逃げ隠れするのでは?」
細切れになった扉の残骸を踏みつけながら入室してきたのは、蜂蜜色の髪をサイドで束ねた少女と、白銀の長い髪をした少女だった。
蜂蜜色の髪をした少女はカリン。両方の腰に一本ずつロングソードを帯刀し、青い外套を羽織っていた。職業は魔法剣士。双剣に魔法を纏わせて振るわれる剣技は世界最高峰と言われ、その緻密さと速度はまさに神業と言われている。
対して白銀の髪をした少女はユズ。手には木製の魔法嬢が握られており。カリンと同様に青い外套を羽織っていた。職業は治癒術師。彼女の手にかかれば、瀕死の重傷を負ってもたちまち元通りになると言われている。
「それで支部長?ユキをどこに隠したの?」
カリンが鋭い視線で支部長を睨み付ける。あまりの威圧に、支部長の意識は飛びかけてしまう。完全に意識を切らさなかったのは、さすが支部を任されるだけはある。
「・・・・・・でございます」
しかし、はっきりと言葉を紡ぐことはできなかった。内容が内容なだけに。
「はっきり言ってください。ユキさんはどこですか?」
「そ、それが、三日ほど前から行方不明でございます!」
ユズの圧力に負け、支部長は現状を正直に打ち明けた。それを聞いた二人の体内から魔力が溢れ出し、部屋中に暴風が発生する。
「聞き間違えかな支部長?ユキがなんだって?」
「ちょっと、カリンさん。支部長さんを怖がらせても仕方ないでしょう?それとも、ここの支部が何かよからぬことでもしましたか?」
「めめめめめ、滅相もございません。私共は何も!」
「そうですよね。ただ、ユキさんが居なくなったことを、隠そうとしただけ、ですものね」
その言葉に、支部長は何も返す事が出来なかった。
「それでは行きましょう。ユキさんのところへ」
「ちょっとユズ。あんたユキがどこに行ったか分かってんの?」
「突然の退職届ですよ?理由は知りませんけど、帰る場所の検討はつきます」
「帰る場所?ああ、そういうことね。あのシスコン!」
口をパクパクさせている支部長を尻目に、二人は部屋を後にしようとする。
「す、すいません!」
そこへ、ルークが勇気を振り絞って声をかけた。
「あなたは?」
「る、ルークです。先日、ユキさんにパーティメンバーにスカウトされました」
「へ~、それじゃあキミが、『聖剣の担い手』なんだ」
「え?」
「なんでもないよ。それで、何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「はい!お二人はユキさんを捜しに行くんですよね。だったら、僕も連れて行ってください!」
こうして、別の物語は幕をあげた。
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