5話
うちのかわいい妹に、今晩たっぷり付き合ってもらうだと?つまりそれは、殺してくれということか?
「交信(コネクト)、炎精霊ハナビ」
その言葉と共に、空間に亀裂が入る。ぴしりと音を立てて小さな裂け目が出来ると、その中から炎髪の小さな少女が飛び出してきた。
「あいさ~マスター!」
炎のように揺らめく髪と羽を持った少女は、俺の頭の上を数回回ると、肩の上に腰を下ろした。
「あちゃ~、マスターぷっつんしてるね、なんでなんで?あ~、あの人間が何かやったんだ。そこの人間、早くマスターに謝った方が良いよ、死んじゃうよ?くふふふふ」
「なんだそのちっこいのは?人形遊びでもするつもりか?」
ハナビを見て、男は鼻で笑っている。どうやら上位精霊を見るのは初めてらしい。まあ、精霊使いは極めて特殊な職業らしいから、知らないのは仕方ない。
「ねぇねぇマスター、あの人間どうするの?爆殺?焼殺?くふふふふ」
「そんなグロイことはしないよ」
シュガーが見ているので、いきなり体をはじけ飛ばしたりとか、じわじわ焼き殺したりとか、精神衛生上よろしくないだろう。
ただし、当分仕事はできないようにするけど。
「じゃあハナビ、融合しようか」
「な~んだ。町ごと吹き飛ばすんだねぇ。くふふふふ」
再び俺の周りを旋回すると、ハナビは俺の体の中に入ってきた。体の中とは、服の中とかではなくて体内だ。ハナビは今、俺の魔力と融合している。
「ゆき、サトウさん。大丈夫なんだよね?」
シフォンが心配そうに言うのだが、どうだろうな?さすがに町ごと燃やしたりはしないけど、訓練場はあきらめてもらった方が良いだろう。
「できれば俺の前方にはいない方が良いよ」
「わ、わかった。シュガーちゃんもこっちに」
「う、うん」
シフォンとシュガーは慌てて俺の後ろに移動する。そこならたぶん、被害は無いだろう。例えあったとしても、シュガーにだけは傷一つつけないけどね。
「おうおう、準備はいいかクソガキ」
「いつでもどうぞ」
「では、実技試験、はじめ!」
「ヒィヤッハアァ!」
シフォンの開始の合図と同時に、男はナイフを舐めまわしながら突撃して来る。こいつ本当に高難度依頼を受注してる冒険者か?
「炎の精霊よ、我が腕に集いてその力を顕現せよ」
大気中に漂う炎の精霊たちを右腕に収束する。傍から見たら、俺の腕が燃え上がっているように見えるかもしれない。
「ハナビ、行くぞ!」
『あいあい、マスター』
「『炎拳!』」
炎の精霊を外側から纏い、内側から上位精霊であるハナビの力を発動する。
飛びかかってくる男の顔面目掛けて拳を振り抜いた。炎を纏った拳は火柱の如く噴き上がり、男と、その直線上にあった何もかもを巻き込んで吹き飛んで行った。
うんうん。男が飛びかかって来たおかげで、傾斜角がついたから村に被害は出ていないだろう。ほんのちょこっとだけ、訓練場の天井が犠牲になっただけだ。
「さて、『灰色狼』の皆さん、さっきの人だけだと俺の力を全てお見せすることが出来なかったので、もう少しお付き合いしてもらえませんか?」
「い、いやぁ。もう十分じゃねえか?」
「そ、そうだぜ兄ちゃん。兄ちゃんが強いのはよおくわかったよ」
なんだこいつら、仲間がやられたのに敵討ちをしようっていう気概がないのか?それとも、後で闇討ちでもしようって魂胆か?
「きょ、今日は俺たちも忙しいからな」
「おや?受付の女性たちと一晩中遊べるほど暇だと言っていませんでしたか?」
「い、いやいや。そんなこと言ってたのは、あいつだけだぜ。なあ?」
「「「そうだそうだ!」」」
「なら、あなたたち『灰色狼』の誰かがギルド職員をナンパしていたら、暇だから俺の相手をしてくれると思ってよろしいんですね?」
「そ、それは・・・・・・」
「俺はやっと体が温まってきたので、そろそろ本気が出せそうです。やっぱり今から・・・・・・」
「「「すんませんっした!もう受付の嬢ちゃんには絡みません」」」
全員で一斉に土下座だと?
「そこまでして謝る必要なんか無いのに」
「ゆ、許してくれるのか?」
「バカだなぁ。許さないから謝る必要は無いって言ってるんだよ。全員顔は覚えたからな?訓練場の修理費置いて、とっとと出て行け。さもないと・・・・・・」
精霊の宿った右腕を突き出して、男たちの前で拳を広げて見せる。広げた瞬間に、天井を突き破って遥か上空まで一筋の炎柱が立ち昇った。
「こ、ここころされぇ」
「たす、たすたす」
どうやら脅かし過ぎてしまったらしい。灰色狼の面々は腰を抜かして、その場で動けなくなってしまった。
本当ならこいつら一人一人、しばらく冒険者活動ができないようにしてやりたいんだが、どうしたものか。
「や、やめてください!」
「え?」
なぜかラブリーエンジェル・シュガーたんが男たちの前に立ちはだかった。
両手を広げているってことは、抱き着いて良いってことかな?
「冒険者同士で争うなんて、おかしいと思います。それに、いくら強いからって、こんなに怯えている相手に攻撃しようなんて、可哀想だと思わないんですか!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?
もしかして今、シュガーに怒られたの?愛するシュガーの言葉が理解できないなんて、生まれて初めてだよ?
「わ、私は、力をひけらかすアナタみたいな人、大っ嫌いです!」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・ヴぇ?
「ぎゃ~マスター!しっかりして~!し、心臓が動いてないのよ~!」
どうやら俺はここまでのようだ。目の前が、真っ暗になっちまったぜ。
「ぐあああぁ!」
とんでもなく恐ろしい夢を見た。かわいい妹に、大っ嫌いなんて言われるなんて、悪夢以外の何物でもない。
「残念ながら現実なのよね、これ」
「なんでシフォンがここに?そ、そうか。まだ悪夢の続きを見てるんだな」
「妹に大っ嫌いって言われて心停止って、意味わからないからね」
「あ、あれは現実?」
「残念ながらね」
「殺せ~!いっそ殺して俺を楽にしてくれ~!」
「まあまあ、おかげで丸く収まったんだし、良かったじゃない」
どこが良いんだよ!シュガーに大っ嫌いって言われたんだぞ?シュガーに大っ嫌いって、大っ嫌いって言われた・・・・・・
「ダメだ、死のう。もう、俺が生きてる意味なんて無い」
「も~。そんなことで死んでたら、次は誰がシュガーちゃんを護るの?」
そ、そうか。今日の脅威は去ったが、これから先まだまだ善からぬ連中はやって来る。これしきのことで俺が居なくなったら、シュガーを護ってやれないじゃないか。あきらめるな、俺。がんばれ俺!
「すまない。俺にはシュガーと添い遂げるという重大な使命があった」
「そんな命の使い方するなら死んだ方が良いよ?」
せっかく持ち直してきたメンタルを笑顔で折りに来る幼馴染。これ以上有意義な使い方は無いというのに、わかってないな。
「それより、ユキちゃんのおかげで『灰色狼』の人たちすっかり大人しくなったんだよ」
「へぇ~」
シュガーに手を出そうとした以上、どれだけ大人しくなろうとあいつらは俺の敵だ。
「それでね~、助けてくれたシュガーちゃんを女神のように崇めてるんだよ~」
「あんのクソバカ野郎どもが~」
シュガーが女神?そんなのは昔っから知ってるよ!だからって、俺にことわりなく勝手に崇め奉ってんじゃね~よ!
ちなみに訓練場の修理費は、正式にクラン灰色狼が負担してくれることになった。そんなことしても、許してなんかやんないんだがらね!
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