4話


 シフォンに案内された部屋には、質の高いソファーとテーブルが備え付けられていた。どうやら拷問部屋や牢獄ではなかったようで、一安心した。


 シフォンが腰を下ろしたので、俺も向かい側に腰を下ろす。


「ぷ~」


 なぜか不満そうに頬を膨らませているのだが、理由は全くわからない。


「なんでこんなに大きいソファーなのに、隣に座ってくれないの」

「隣に座る意味が解らないんだけど?」

「じゃあ、抱っこなら良いの?」

「良いわけないだろ!なんでこの歳でお前を抱っこしなきゃいけないんだよ」

「違うよ?私が抱っこしてあげるんだよ?」


 頭が痛くなってきた。子どもの頃にはシフォンに抱っこされたこともあったかもしれないけど、今はどう考えても俺の方が体が大きいんだから、抱っこなんかしてもらえない。


 それに、シフォンも年相応に体が成長しているんだから、そんな密着できるわけないだろ。


「シュガーちゃんならどっちでもするくせに」


 シュガーを抱っこ?何それ一生やってられる。シュガーを膝に乗せてぎゅっと抱きしめながら俺は死にたい!


「はぁ、もういいよ。それで?どうして冒険者登録なんかしようとしてたの?ユキちゃんもうギルド証持ってるでしょ?」

「シュガーが初めて冒険者登録をするって聞いたから、思わず」

「ああ、もうわかりました。じゃあ、どうしてそんな格好をしてるの?そのメガネ、すっごく変だよ?」

「正体を隠して、一日中シュガーを見守るため」

「何それ怖い!」


 ふん。俺の愛を誰かに理解してもらおうとは思っていないさ。誰に罵られ、後ろ指をさされようとも、シュガーと一緒に居られさえすれば、俺は良いんだ。


「クランのお仕事忙しいんでしょ?そんなことしてて大丈夫なの?」

「あ~、ま~、大丈夫じゃよ?」

「ウソだね」


 幼馴染にウソは通じないようだ。とは言え、さすがに本当のことを言うわけにもいかないし。


「どうせ、シュガーちゃんが冒険者ギルドに就職したから、心配で仕事辞めて村に帰って来たとかでしょ?」

「なんで知ってるんだよ!」

「幼馴染だもん」


 やだ、幼馴染怖い!


「でも、風雪の人たちがそんなに簡単に仕事を辞めさせてくれたの?ユキちゃんって、風雪の看板冒険者だよねぇ」

「シュガーの手紙が届いた日に、退職願を書き残して帰って来た。反省も後悔もしていない」

「反省はしてよ!ということは、クランのリーダーにもちゃんと話を通していないってこと?それってすごくまずいんじゃないの?相手は世界規模の特級クランなんだよ」


 相手は世界規模の特級クランなんだから、俺一人が抜けたぐらいでどうにかなるわけないだろ。組織ってのは、誰かが抜けてもなんだかんだで回るように出来てるんだよ。


「どうしよう、ユキちゃんの手配書とか出回ったら。シュガーちゃんショックで寝込んじゃうかも」

「それはまずいですね!」


 でも、寝込んだシュガーの看病とか最高かも。アプルの実を剥いてやったり、背中を拭いてやったり、御着替えを手伝ってやったり。くふふ、たまらん。


「エッチなこと考えてないで、真面目に考えてよ」


 え、エッチなことなんて考えてないんだからね。本当だよ?


「それで、ユキちゃんはこれからどうするつもりなの?いくら辺境だからって、ユキちゃんが風雪を抜けたって話が広まれば、ここまで情報は入って来るんだよ?」

「それなら、フリーの冒険者としてここで活動しようかな。いやいや、そんなことしたら、ギルドにシュガー一人残していくことになる。変な男にナンパでもされたら大変だ!」

「フリーの冒険者か。それなら私たちもすごく助かるかも」

「いや、今その話は否定したばっかですけど」

「最近ちょっと問題があるんだよね~」


 なるほど、シフォンは俺の話を聞いてくれないようだ。


「問題って?」

「あのね、リリア村に第3級のクランが居付いてるの。その冒険者たちが、フリーの冒険者と揉め事を起こしたり、ギルド職員にちょっかい出したり」


 ギルド職員にちょっかい、だと?


 それはギルド職員の中で最も可愛く愛らしいシュガーにもちょっかいを出していると言うことか?


「そのクラン、『灰色狼』っていうんだけどね。規模は20人で、全員がDランク以上の冒険者なの。高難易度の依頼は、どうしても『灰色狼』に回さなきゃいけないから、ギルドとしてもあまり強く言えなくて」

「高難易度の依頼って、具体的にランクは?」

「Cランク以上の依頼だね。Aランクの依頼は無いけど、Bランクはちらほら」


 確かに、こんな辺境に高ランクの冒険者がいつくことはほとんどないから、この村に居るフリーの冒険者はランクがあまり高くない。


 第3級でも高ランク依頼を受けられるクランは重宝されるし、発言力も強くなる、か。


「それはそれだ。依頼については置いておこう。今一番重要なのは、シュガーに言いよるクソ野郎がこの村にいるということだ」

「いや、シュガーちゃんはまだ研修中で、ほとんど表には出てないから絡まれたりなんかしてないと思うよ?」

「思うよ?確定じゃないなら、絡まれてる可能性は大いにある」


 思わず部屋を飛び出して、受付カウンター、というかシュガーの元まで戻る。


「なあ、ちょっとくらい良いだろ?俺たちゃこのギルドに貢献してやってるんだぜ?だったら嬢ちゃんも、俺たちに貢献してくれてもいいじゃねえか」


 案の定、ゲスな男が受付カウンターで絡んでいた。男の隣でおろおろしているのはメイプルちゃんだ。ということは、あいつが絡んでいるのは?


「死ねやごらあああぁ!」

「ぐぶはあ!」


 全身に風精霊を纏って移動速度を上げ、早さの乗った拳をゲス野郎の顔面に叩きつける。男はよくわからない言葉を発しながら吹き飛んで行った。


「大丈夫か?」

「お兄さん~、ありがとうございます~。怖かったよ~」


 泣き出しそうな顔を向けてきたのは、ルーナだった。なんで?


「シュガーは?」

「シュガーちゃんは訓練場で実技試験の準備をしてます~」


 なんだ、シュガーはいないのか。飛んだ無駄骨だったな。それじゃ、シュガーの居る訓練場とやらに行ってみようか。


「おい、待てやクソガキ」


 なぜか取り囲まれたんだが?人数にして13人。全員が中級者程度の装備をしている。こいつらがシフォンの言っていた『灰色狼』のメンバーか?


「失礼。人を探しているので」

「おいおい、逃げられると思ってんのか?俺たちゃクラン『灰色狼』だぞ。この村で高難易度の依頼を受けてやってる、英雄様なんだぞ。それに手ぇ出して、無事に帰れるなんて思ってねえだろうな!」


 どう見てもただのチンピラ集団じゃん。こんなのがギルドに出入りしていたら、シュガーの教育によろしくないな。


 ここは一度、きっちり痛い目にあわせておいた方が良いかもしれない。


「俺はこれから実技試験をするんですけどね。そんなに仕返しがしたければ、試験の相手をしてもらえませんか?」

「上等だ!新人のくせに調子乗りやがって。もう冒険者なんて出来ない体にしてやんよ!」


 なるほど。そう言う手もあるのか。ボコボコのボコにして、再起不能にすればもう悪さはしたくても出来ないだろう。



「で、なんでこんなことになってるの~」


 立ち合いを任されたシフォンが訓練場の中心で叫んでいる。まあ、少しは悪いと思っているけどね。


「シフォンお姉ちゃん、大丈夫なの?」

「う~ん、ダメかも?」

「え~!」


 なぜかシュガーまで立ち合いの場に居た。訓練場の準備をしてくれていたため、そのまま巻き込まれた形だね。ごめんね。


「新人の試験相手をしてやんだ。報酬は、それなりに期待していいんだろうなぁ」


 ゲスな視線でシュガーを舐めまわしやがって。舐めまわすならそのダガーだけにしとけや。


「げっへっへ。嬢ちゃんたちには、今晩たっぷり付き合ってもらうぜ」


 ぷちん。俺の中で、何かが切れた音がした。





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