3話
「えっと、それではまず、こちらにお名前をご記入ください」
「はぁい」
シュガーに促されるままに、申請用紙に名前を記入する。名前は『サトウ』だ。何でも異世界の言葉で、シュガーと同じ意味になるらしい。
「次は~、年齢?職業?どっちだっけ?」
「大丈夫だよ、落ち着いてやって」
初めてだから緊張しているのかな。ふふふ、俺はさりげないフォローもできる男さ。
「いやいや、お兄さんの受付はアタシだから!」
「・・・・・ッチ」
「ちょっと!今舌打ちしました?」
「してないっす」
そろそろ現実を受け止めよう。俺の登録をしてくれるのはシュガーじゃないんだ。ああ、一生懸命マニュアルを見ながら格闘してるシュガー、かわいいな。
「お~い、もしも~し!さっさと登録しましょうよ。こっちも暇じゃないんですからね」
「だからあっちの受付でいいって言ったのに」
「何か?」
「なんでもねっす」
めっちゃ睨んでくるんですけどこの受付嬢。隣は和気あいあいとやっているのに、この違いはなんなのだろうか。
仕方ない。とっとと手続きを終わらせてシュガーの見守り任務に戻るか。
書類に目を通し、記入事項を確認していく。
まずは年齢。ここは正直に20歳と記入しよう。
次に職業か。ここは自分の戦闘スタイルを記入すれば良いはずだ。剣士とか戦士とか?
「あれ?お兄さん剣士なんですか?最初から剣を持ってるんですね。しかもロングソード!ちょっと見せてくださいよ」
初心者の剣士は剣を持っていないものなのか?俺は魔術師として登録していたから、その辺が今一わからないんだけど。
とりあえず見せろと言われたので、腰に差していた剣を鞘ごと受付の少女に手渡した。
「お、お兄さん。この剣って!」
「あんまりお兄さんお兄さん言わないでくれ。妹以外にそう呼ばれるのは嫌いなんだ」
「そ、それどころじゃないですよ!こ、この剣。特級ギルド『風雪』の紋章が入ってるんですけど。も、もしかしてこの剣って・・・・・・」
「どおりゃああああ!」
抜かった!俺が持っている装備は全て風雪の生産職が作成したものだ。当然紋章が刻印されている。そんなものクランにも所属していない新人が持っているわけがないじゃないか!
思わず受付の少女から剣を奪い取ると、拳に魔力を乗せて剣を殴りつけた。真っ二つでは無く、粉々に打ち砕いた。これで証拠は残るまい。
「きゃああ!あんな高級品を粉々にするなんて!」
「そ、そうなんです。俺は拳が武器の拳士。ロングソードくらい、粉々にするのは余裕なんです」
「そうなんですかって、手から血が出てるじゃないですか!大丈夫ですか大ケガですよ!」
「ん?ああ、このくらいなら『ヒール』ってやればすぐ治りますよ。ははは、拳士なんで、治癒魔法も得意なんです」
「ヒール?なんでヒール使える人が拳一つで冒険者になろうとしてるんですか!今からでも、治癒術士に転向してください」
ヒールなんて低級の魔法、風雪の冒険者なら全員使えていた。そんなに珍しい魔法じゃないと思うんだけど。俺だって精霊の力を借りなくても普通に使えるし。
「ルーナちゃんどうしたの?あんまり騒ぐと、またギルマスに怒られるわよ?」
「あ、シフォン先輩。今日のはアタシ悪くないですよ。このお兄さんが」
「だからお兄さんと呼ぶなっていばあ!」
「「いばあ?」」
突然やって来た女性の顔を見て、思わず変な声が出てしまった。その女性には見覚えがあった。いや、見覚えどころか良く知っている奴だった。
「新人さん相手に失礼なこと言ってはダメですよ?ほら、私が代わってあげますから、あなたはシュガーちゃんのこと見ていてあげて」
「「わかりました!」」
シュガーを見ていてくれと言われたので立ち上がると、なぜかルーナと呼ばれた少女も立ち上がる。お互いに疑問符を浮かべながら顔を見合ってしまった。
「あなたは座っていてくださいね?登録をご希望なんでしょう?」
「あ、はい」
「それじゃあシフォン先輩、あとお願いしますね」
「ええ」
手を振って去って行くルーナ。しょぼんとしながら椅子に座り直す俺。
どうしてシュガーを見守る役が俺じゃないんだよ!別に登録なんか希望してねえよ!
という言葉を飲み込んで、シフォンからなるべく視線を逸らす。
シフォンは俺と同い年で家が隣という、まさにテンプレ幼馴染だ。テンプレ通り小さい頃から一緒に遊び、姉弟のように育った仲だ。ちなみに、俺にはシュガーがいるのでシフォンと結婚の約束なんかしていないし、恋心を抱いたりもしていない。俺からすれば、おせっかいな姉ちゃんといった感じだ。
「それじゃあ登録作業を再開しましょう。ええっと、職業は拳士?あらあら、魔法とか適正ありそうですけど、前衛職でよろしいんですか?」
「・・・・・・はい」
これは、バレてるのか?いやいや、変装に抜かりは無い。いくらシフォンが相手でもバレはしないだろう。
「あら、年齢は20歳?私と同い年だわ。偶然ですね」
「そうなんですか、偶然ですね」
「では、このあとは魔力量の測定と、実技試験を行いますね」
そう言って、シフォンは一度カウンターの奥に引っ込むと、カラカラと台車に乗ったバカでかい装置を引っ張って戻って来た。
「まずは、魔力量の測定を行います。こちらの白い石の上に手を置いて、楽にして下さいね」
おかしい。どう考えても新人冒険者の魔力測定を行う装置じゃない。昔ここで登録した時も魔力測定をしたけど、こんなに巨大な装置じゃなかった。
こんなのに素直に手を置いてしまって良いのだろうか?
「さあ、後がつかえてますので早くお願いします」
「はい」
シュガーもこれを使いたくて待っている?だったら手早く済ませるしかあるまい。
躊躇いを捨てて白い石の上に手を乗せると、体からズズズと魔力が吸い取られていく感覚があった。それに反応するかのように、巨大な装置は機械音を上げ始める。
「はい、もう良いですよ」
「はぁ・・・・・・思ったより魔力を持っていかれた気がする」
「ああ、やっぱりそうなんだ。どおりで誰も動かせないはずだよね」
「え?」
「これ、この村の結界装置なんだぁ。魔力切れで急に動かなくなっちゃって、誰も必要量の魔力供給が出来なくて困ってたんだよねぇ」
なるほど?つまりこれは、俺の正体がばれているということですね?
こういう時は、全力で逃げるしかないな!
「それじゃあ詳しいお話を聞きたいから、奥に来てくれるかな。ユキちゃん?」
「・・・・・・はい」
逃げの体勢に入ろうとしたところで、シフォンにぐっと両肩を掴まれてしまう。もう逃げられない。
「えっと、次は魔力測定をします。この水晶の上に手を翳してください」
「はぁい!」
シュガーとメイプルちゃんは楽しそうに魔力測定をしていた。いいなぁ、俺もあっちに混ざりたい。
「ほらユキちゃん、早く来なさい。シュガーちゃんばっか見てたら、メッてしますからね」
「・・・・・・はい」
「ちなみに、私を見るんだったらナデナデをつけてあげるよ?」
「いらないよ!」
「ぷ~、いっつもシュガーちゃんばっかりずるいじゃない」
そんなこと言われても知らんがな。シュガーは世界で一番大切な可愛く尊い妹だけど、シフォンはただの幼馴染なんだから。
「せっかく久しぶりに会えたんだよ?私、ユキちゃんと会うの三年ぶりなんだよ?」
「そんなに会ってないんだっけ?」
「そうですよ~。この前帰って来た時だって、私のは会いに来てくれないし、仕事終わりに会いに行ったらもう帰っちゃってたしさ」
「そうだっけ?」
「そうですぅ」
はあ、面倒臭い状態になってしまった。仕方なしにシフォンの頭に手を乗せて、軽く撫でてやる。
「ナデナデは、私がしてあげたかったのに。まあ、お帰りなさい、ユキちゃん」
「ただいま、シフォン」
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