2話
レームリア大陸最北端にして未開の土地。邪神が封印されているとも言われている大森林の中で、俺は一人考え込んでいた。
「これからどうしよう?」
ここまで来たのは良いものの、これからどうやってシュガーを見守れば良いのだろうか?
仕事を辞めたことを打ち明けて実家に帰る?
いやいや、それはダメだ。俺が仕事を辞めて帰って来たとなれば、シュガーは自分のせいで俺が仕事を辞めたと考えてしまうかもしれない。せっかく始めた仕事なのに、嫌な思いはして欲しくない。
膝に矢を受けて冒険者を続けられなくなったことにする?
こっちもダメだ。俺のケガを心配して、シュガーが仕事に集中できなくなるかもしれない。いや、いっそのこと俺も冒険者ギルドに就職しちゃう?引退した冒険者がギルドで働くなんてよくある話だし、同じギルド職員になればずっと一緒に居られるぞ。
「だけど、冒険者ギルドで一緒の仕事をさせてもらえるとは限らないか?」
シュガーはかわいいから、間違い無く受付嬢だろ?どこの国に行っても、基本受付は女性だった。よほど人員がいない場所だと、解体作業と兼務でおっさんがやってるところもあったが。
男は基本裏方?冒険者の経験もある俺なら、解体作業に回される可能性もある。
冒険者ギルドの解体業務はブラックだ。受付の女性は基本日中のみの勤務で、ほぼ残業は無し。それに対して解体作業員たちは、夕方に持ち込まれる魔獣の解体が終わるまで帰れない。鮮度が落ちるからな。
昔冒険者ギルドのおっさんに、『お前のせいで最近全く家に帰れない』と怒られたこともあった。
つまり、ギルドで働いたら負けじゃね?
「じゃあ、一体どうしたら?」
この夜、せっかく近くまで帰って来たというのに、最愛の妹の姿を見ることなく、対応を考え続けた。
そして翌日。
俺は一晩考えて考えて考え抜いた作戦を実行するため、リリア村にある冒険者ギルドへとやって来た。
「おはようございます。ようこそ冒険者ギルド、リリア支部へ」
「・・・・・・ども」
足を踏み入れると同時に、元気なあいさつで迎えられた。それに対して、俺は覇気も元気も何もないような小さな声であいさつを返す。あいさつしてくれたのがシュガーだったらやばかった。
一晩考えた作戦はこうだ。地味な冒険者のふりをして、一日中ギルドに居座る!はっはっは!こうすれば常にシュガーを視界に捉えておくことが出来るし、シュガーの香りも堪能することが出来るのだ。
俺の正体がバレるといろいろまずいので、目立つ白髪は黒く染め、装備も駆け出し剣士風にしてきた。準備は万端だ。
とりあえずシュガーを探そう。
どれどれ、受付カウンターは3つあるが、どこも結構な行列になっている。朝一番は忙しいから仕方が無いが、果たしてシュガーはどのカウンターにいる?
「そ、そんな。バカな!」
受付にシュガーがいないだと!
冒険者ギルドにおいて、受付嬢は看板にも等しい。そこには美少女や美女が配置されるのが基本のはず。
シュガーほどの美少女が、受付を任されないわけはないというのに!
まさか、料理の腕を買われて厨房にいるのか?シュガーの手料理は超絶上手いからな~。それでも納得しちゃうけど。
しかし、酒場エリアにもシュガーの姿は無かった。どういうことだと混乱しながらギルド内を徘徊していると、いつの間にか受付カウンターの行列が消え去っていた。結構な時間ウロウロしてたらしい。
「それじゃあシュガー、今日から冒険者登録の仕事を覚えてもらうわね」
「はい!」
ぬぁにいぃ!
突如、俺の鼓膜を可憐な声が震わせた。例え一年ぶりであっても忘れはしない。シュガーの声だ!慌てて受付カウンターに視線を向けると、右端のカウンターに最愛の妹が座っていた。
何あれ、制服めっちゃ似合ってるんですけど!あの姿を記録として残したい!
確かイルフリッド大陸では、映像を記録できるマジックアイテムが発明されたとか言ってたな。あれを今から買いに行ってこようか?
「ここに座るの初めてだから、緊張します~」
「大丈夫よ。ここは辺境だから、そうそう新人の登録なんて無いから」
今冒険者登録をお願いすれば、俺はシュガーが初めて登録した冒険者になれるのでは?
そう思ったら、自然と足が受付へと向かっていた。しかもかなり速足で。
実は近くで顔を合わせることも想定して、風雪生産部門の職人たちが作った特殊加工のメガネを持って来ていた。これを装着することにより、アイスドラゴンのブレスまで防げるという優れものだ。見た目はレンズの分厚いグルグルメガネなんだけど、顔を隠すにはうってつけだ。
そうこうしている間に、シュガーの座るカウンターまであと数歩。ああ、1年ぶりにシュガーと言葉を交わすことができる。
「すいません、登録を「やっほーシュガー!冒険者登録しに来たよー」お願いしたいんですが」
「メイプル、来てくれたんだね」
「・・・・・・」
うそだろ!あと一歩のところで横入りされたんですけど!ちょ、え?なんで。もう完全に俺がお願いする流れだったじゃん。いくら新人でも、横入り良くない!
「すいません、私が先だったんですが」
「え?あ、ごめんなさい。友達に登録してもらうのずっと約束してたから、嬉しくなっちゃって横入りみたいになっちゃいました」
うっわぁ。これは俺が譲るしかないじゃん。そんなしゅんとされたらさすがの俺でも強気に出れないよ。だって後ろでシュガーもしゅんとしちゃってるんだもん。しゅんとした顔も絵になるとか、うちの妹すごくない?
「あ~、その。お先にどうぞ。なんかすいませんでした」
思わず血涙を流しそうになるのをぐっとこらえて、横入りしてきた少女に順番を譲った。よく見たら、小さい頃からシュガーと一緒に遊んでいたメイプルちゃんじゃないか。シュガーの初めてがどこぞのクソ野郎だったら絶対に譲らなかったけど、メイプルちゃんになら、ギリ任せられる。
「いいんですか、ありがとうございます」
「では、こちらで受付をしますので、おかけください」
メイプルちゃんははにかんだ笑顔でお礼を言うと、シュガーに促されて着席した。就労している妹、尊い。
「次の方は、こちらで受付しますよ?」
「え?」
隣の受付から身を乗り出して、こちらに手を振っている少女がいた。何事だろうか?俺は妹の仕事ぶりを見届けるという崇高な使命があるのだ。これ以上邪魔しないでいただきたい!
「お兄さん?こちらどうぞ。冒険者登録ですよね?」
「・・・・・・違います」
あああああ抜かったぁ!シュガーが初めての冒険者登録をするって言うからお願いしたかっただけで、別の人にわざわざ手続きなんかして欲しくないんだよ!なんなら冒険者登録だってしたくないっていうか、すでに五年前に済ませてるんだよ!
「さっき、登録お願いしますって言ってましたよね」
「いや、その、なんというか、彼女にお願いしたくて」
「あ~、もしかしてその子に気があったりしますか~?でもダメですよ、その子には、おっかないお兄さんがいますからね。ナンパなんかしたら、大変なことになっちゃいますよ」
俺がそのおっかないお兄ちゃんなわけだが?
くそ、いったんここから離れるか?だけど、そんなことすればあの受付嬢に目をつけられるかもしれない。そうなったら、日がな一日シュガーを眺めるという目的が果たせなくなってしまう。
「と、登録を、お願いします」
「はい、こちらにどうぞ」
本日二度目の血涙を耐えながら、俺は妹が仕事をしている隣で冒険者登録の手続きをすることになった。
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