1話


 幸せとはなんだろうか?


 仕事で成功をおさめ、出世して高い給料をもらうことだろうか?


 いいや、違うな。いくら良い給料をもらっていても、仕事ばかりでちっとも金を使うこともできないし、満足に連休だってとることが出来ない。


 じゃあ、自分の能力を認めてもらえることだろうか?


 認めてもらえないよりは幸せかもしれないが、これも違う。ちょっと有能だということがわかれば、社会はその能力を利用しようとする。ちょっと高く給料を払っているからって、他の人間の三倍以上の仕事を投げてくるのはおかしいだろう!


 俺には特殊な能力があった。持って産まれたものでは無く、与えられたものではあるが、精霊を使役する能力だ。元々人並み外れた魔力を持っていた俺は、魔力を糧にして精霊の力を借り受ける事が出来る。そのおかげで、『世界最高の魔術師』だとか、『神々に愛されし男』だとかいう恥ずかしい二つ名をつけられたが、そのせいで世界中からひっぱりだこになった。


 結局金も時間も自由になんてできないんだ。こんな生活を幸せなんて言えないだろ。




 俺の唯一の幸せは、妹と過ごす時間だ。


 最近は全くもってその時間を作れなくて死ぬほど辛いが、毎月送られてくる妹からの手紙が、その辛さを紛らわせてくれていた。


 先ほど受け取ったばかりの手紙。封を開けると、愛おしい妹の残り香が鼻孔をくすぐるようだった。



ユキお兄ちゃんへ


 いつもお仕事お疲れ様です。それから、お誕生日プレゼントありがとう。お兄ちゃんのおかげで、無事に15歳の成人を迎える事が出来ました。

 お兄ちゃんから推薦をもらったおかげで、王都の学園にも無事に合格することができたよ。でも、ごめんね。せっかくお兄ちゃんが手配してくれたんだけど、私は王都の学園へは通いません。

 村のみんなは、成人を迎えたからそれぞれが働きにでることになったんだ。それなのに私だけ学園に通うなんておかしいよ。貴族でも、優秀でも無い私は、普通の生活が出来ればそれで十分だもん。

 だからね、私も働くことにしました。

 なんと、村の冒険者ギルドです。

 これで少しはお兄ちゃんのお手伝いもできるかな?なんてね。

 世界最高の魔術師様には、私の手助けなんか必要無いかもしれないけど、冒険者ギルドで働いていれば、少しでもお兄ちゃんを近くで感じられるかも、なんて思ったんだ。

 これからは、自分で生活費を稼ぐことが出来るから、仕送りはいりません。その代り、たまには実家に帰って来て欲しいな。

 もう1年以上会えてないから、顔を見せてくれるとうれしいな。


シュガーより


「うぅ、俺の妹が優しすぎて辛い。俺のために、俺のために働きに出てくれるなんて。それも、冒険者ギルドなんて・・・・・・冒険者、ギルド、なんて・・・・・・」


 あれ?なんて?冒険者ギルド?お花屋さんとかお菓子屋さんとか俺のお嫁さんとかじゃなくて?


冒険者ギルドだと!


 だ、ダメだダメだダメだ!よりによって冒険者ギルドだと!


 いっつも女に飢えた顔した男ばかりが集まる冒険者ギルドだと!


 下品で小汚い男ばかりが集まる冒険者ギルドだと!


 シュガーはかわいい!世界一かわいい!女神すら嫉妬するほどにかわいいんだぞ!


 そんなシュガーを冒険者ギルドで働かせるなんて、ドラゴンにブリリアンバッファローを差し出すも同義!


「お、おおおおお、お兄ちゃんは認めませんよ!」


 は、早くシュガーのところへ行かなければ!


 今俺が居るのはレームリア大陸南方にあるチルス共和国。実家があるガラド王国は大陸の北方、シュガーが居るリリア村は一番端っこだ。


 馬車を乗り継いで移動すれば半年。魔道列車を乗り継いでも半月はかかる。手紙だって出されてからクラン本部に届いてここの支部に転送されるまでに一月はかかっているはずだ。


 つまり、もう一月はギルドで働いていると?


 ふざけるなよ!冒険者たちに一月以上俺のかわいい妹が視姦されてるってか!


 ダメだ。想像しただけで吐きそうになってきた。


 今すぐにでも駆けつけて、仕事を辞めさせたい。シュガーは一生俺が養っていくんだ!


 しかし、働くのはシュガーが決めたことだ。それを無理矢理辞めさせるってどうよ?干渉し過ぎて嫌われでもしたら、俺は死ぬぞ。


「ど、どうすればいいんだ」


 ギルドで働くってのは、きっとシュガーがやりたいことなんだ。シュガーがやりたいことなら、なんだってやらせてやりたい。シュガーに不自由な生活をさせないために、俺はこの五年間必死に働いてきたんだ。


 今さらそれを俺の意思で踏みにじることなんてできない。


 だったらどうする?


 そんなの決まっている!


 妹を、陰から護る!


「そうと決まればとっとと実家に帰ろう。幸い、シュガーは自分で生活費を稼いでいるし、俺からの仕送りで貯金もあるはずだ。俺が仕事を辞めたって問題無い」


 五年間働いたクランに愛着や恩義はあるし、仲間との別れも辛い。それに、さっきスカウトした新人たちを鍛えてやるって約束もした。


 だが、シュガーの方が大切に決まっている!シュガーのためなら、約束だって破るし未練だって断ち切ってみせる!


 本当はマスターにあいさつするのが筋だろうが、今は時間が惜しい。


 退職願を書いて置いとけば、明日あたり誰かが見つけてくれるだろ。


 手早く退職願を書きあげて、窓から飛び降りる。地面に衝突する寸前に、風精霊が受け止めてくれた。


「風精霊?」


 今まで宙を浮いたりする時に力を借りていたけど、この力を使えば空を飛んでリリア村まで帰れるのでは?


 空なら、直線距離を移動できる分、時間が短縮できるのでは?


「風の精霊よ。舞い上げろ」


 その言葉と同時に、体が上空に舞い上がる。クラン支部の屋根を優に超え、街を一望できる高さであった。


 普段なら夜景の感想を述べるところだが、今はそんな場合じゃない。


「風精霊、あっちの方向に、出来るだけ早く飛ばしてくれ!」


 精霊を使役する精霊魔術は、精霊に自分の意思やイメージを伝えることで力を借り受けて魔法を発動させる。魔術師が魔法を発動させるのと同じだ。


 違いがあるとすれば、自分の魔力と精霊の魔力が合わさることによって、威力が桁違いに上がることぐらいだろう。


 普通の風魔法では長時間人を浮かせておくことは出来ないが、俺は空を飛んでいる。御幣は無い。文字通りぶっ飛んでいる。


 ドラゴンやグリフォンが飛行するのとは違う。大砲を発射して鉛球をぶっ飛ばすように飛んでいるのだ。


 速度はぐんぐんと上がり、すでに目を開けておくのが困難な状態だ。さらに呼吸もし辛い、体温も奪われていく。


 これはどこかで止まらなければならないと思ったところで、視界にかすかに巨大な森が映った。


「か、風精霊、すす、ストップ!」


 前方への移動がびたりと止まる。安堵して大きく息を吸い込もうとすると、今度は下に向かって身体が移動を開始する?


「って、落ちてる落ちてる!風精霊、受け止めてぇ!」


 がさがさと木のクッションによって威力を殺しながら落下し、最後の最後で風魔法が間に合い、どうにか地面に激突しないですんだ。


 威力は高いのだが、どうにも融通が利かないのが難点である。


 まあ、その威力のおかげで、わずか数時間のうちに実家付近の樹海に到達することが出来たわけだが。


 こんなに早く移動できるんだったら、毎日仕事終わりに実家に帰れてたじゃん!


 今さら気づいても、妹に会うことができなかった時間は帰って来ない。ショックはあるが、引きずることなかれ!


これからはシュガーと、毎日毎時毎分毎秒一緒に居られるんだもん!







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る