序章②


 外套の青年は、未だに名乗りを続けている冒険者集団の輪に突入した。


「ちょいとごめんよ」


 するすると人垣をよけながら、外套の青年は、座り込んだまま立ち上がることができずにいた栗色の髪の少女に手を差し出した。


「大丈夫か?」

「あ、はい。ありがとう、ございます」

「キミは、彼と同じパーティなのか?」


 青年が青髪の少年を指さしたのを見て、少女は小さくうなずいた。


「この子も彼のパーティかい?」


 いつの間にか冒険者たちの押しくら饅頭に巻き込まれていた金髪の少女を引っ張り出しながら、再度少女に尋ねる。


「えっと、たぶん、はい」

「曖昧だな。キミはどう思ってるんだ?」


 無理矢理引っ張られたことでフラフラしていた金髪の少女をしっかりと立たせて、青年は尋ねた。


「私は、ルークとミーシャの仲間。バカラたちは乱暴だから、嫌い。ルークは優しいから、好き。ルークがパーティを抜けるなら、私も一緒に抜ける」

「おっけー了解。ミーシャちゃん、だっけ?キミもその考えで良いか?」

「は、はい。このままバカラと一緒にいたら、何をされるか・・・・・・」

「いやいや、そうじゃないよ。キミはあの少年のことが好きかどうか聞いてるんだ」

「え?」


 栗色髪の少女は一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、急に首まで真っ赤に染め上げてうつむいてしまう。


「ここははっきりさせとこう。好きなの?嫌いなの?」

「えっと・・・・・・そのぉ、き、嫌いじゃない、です」

「つまり?」

「・・・・きです」

「なんだって?」

「うぅ、好きです!大好きです!ずっとずっとルークが好きだったんです!」


 赤髪の少年以上に熱気を放ちながら少女が叫んだ。その声は、酒場中に響き渡り、当然意中の少年にも伝わっていた。


「じゃあ、ルークくんのことが大好きなミーシャちゃん。それから金髪のお嬢さん。よければ俺が所属しているクランに入らないかい?」

「あなたは意地悪そうだから嫌でむごむご」

「本当に、私たちを入れてくれるの?」

「ああ、一人前になるまで、三人は俺のパーティでしっかり鍛えてやるよ」

「すごい!」


 金髪の少女はキラキラした目で外套の青年を見上げている。栗色髪の少女の口を押さえながら。


 栗色髪の少女はバタバタと手足を動かして、金髪少女の拘束をどうにか抜け出した。


「ぷはあ!何するのよエリーザ。死ぬかと思った。大体、あなたも何者なんですか。意地悪だし失礼だし」

「ああ、エリーザちゃん?の方は気づいてたみたいだから、名乗らなかった。ちょっとは有名になったと思ってたけど、調子に乗っちゃダメだな」


 そう言って、青年は深々とかぶっていた外套のフードをとる。黒いフードから現れたのは、雪のように白い白髪の髪だった。


「俺の名前はユキ。総合クラン『風雪』で冒険者部門に所属している冒険者だ」


 それを聞いて、栗色髪の少女はぷるぷると震え出す。


「雪原のように白い髪。『風雪』の冒険者って、まさか!」

「神々に愛されし男。世界最高の魔法使い」

「ちょっと、止めて。神々に愛されし、とか恥ずかしいから。別に世界最高でもないし。普通にユキで良いから」


 ポリポリと頬を掻きながら、青年は照れくさそうに笑った。


 その様子を見て、青髪の少年を取り囲んでいた冒険者たちはわらわらと散っていく。


「あ~あ。特級クラン様が相手じゃ、勝ち目はね~な」

「か~、たまには中小クランにもいい人材を回して欲しいもんだぜ」


 人垣が無くなったため、少女たちは青年と共に青髪の少年の元に駆け寄った。


「ルーク、ごめんね。護ってあげられなくて」

「俺の方こそ、助けられなくてごめん。そ、それで、さっきの話なんだけど・・・・・・」

「う、うん」


 甘い空気を感じ取った冒険者たちは、ぴたりと足を止めて聞き耳を立て始める。さすがに歴戦の冒険者たち。空気を読まずに邪魔をしようとする奴は誰もいなかった。


「ちょっと待てや!」


 そして、そこで邪魔に入るような奴はゲスである。


「おかしいだろ!俺は特別なギフトスキルを持ってるんだぞ!それなのに、なんでルークみたいな役立たずを特級クランが勧誘するんだよ!」


 騒ぎ立てる赤髪の少年を、店中の人間が冷めた目で見つめていた。


「俺の力だって見せただろ?すげーギフトを持ってるんだぜ!」


 赤髪の少年の言葉に、誰も返事をしなかった。このままでは甘い展開も無くなってしまいそうだったので、仕方ないと大きなため息を吐いて白髪の青年が声をあげた。


「すげーギフトを持ってるらしいぜ。どうする?人材不足のクランさん?」


 それを聞いた冒険者たちは、一斉に顔をしかめる。


「いくら人材不足でも、仲間を役立たず呼ばわりする奴はいらねえよ」

「それに、装備を買う金も均等に割り振れねえ奴はごめんだね」

「うちみたいな小さいクランに、性格破たんしてるギフト持ちなんて抱えらんねえよ。それこそユキのところで面倒見やがれ。うちが嬢ちゃんたちを引き取るからよぉ」

「「「そうだそうだ!」」」


 冒険者たちのやり取りを聞きながら、赤髪の少年は拳を強く握りしめ、青髪の少年を睨み付ける。


 言われたこともろくにできないクズが、どうして特級クランに勧誘されているんだ。ギフトスキルを持つ優秀な俺が、どうして低級クランにさえバカにされなきゃならないんだ。


「死ね、ルーク!」


 怒りが頂点に達した赤髪の少年は、青髪の少年に向かってギフトを発動させる。怒りによるせいか、先ほどよりも不格好だが大きなドラゴンの形をした炎が青髪の少年目掛けて放たれる。


「こんなところで、全く」


 青年が割って入ると、何をすることも無く炎が消滅した。


「ほら見ろ、ユキが適任じゃねえか」

「「「そうだそうだ!」」」

「いやいや。こういうやんちゃなガキは、うちなんかより適任のクランがあるでしょ」

「「「あぁ~」」」


 青年の言葉に、冒険者一同が納得の声をあげる。


 暴力的な冒険者や、犯罪歴のある冒険者を引き取っては更生させるという、伝説的な特級クラン。その名も『乙女の花園』!


別名『オカマ天国』。


 心は乙女な冒険者が所属しており、暴力的な冒険者も一月で丸くなると言われている。もれなく、心も乙女になるらしいが。


「な~によおぅ。ユキちゅわん、また面倒な子をうちに押し付けるつもりいぃん」


 ムキムキの筋肉にピンクのワンピースを着た、苛烈なオカマがくねくねしながら歩み寄ってくる。


「特級ギルドに入りたいって言ってたし、ちょうどいいんじゃないか?」

「う・ふ・ふ。躾がいのありそうな子が三人もいるのねぇ。それじゃあん、このままママのところに連れてくわねん」


 オカマは三人の少年をまとめて背後から羽交い絞めにすると、ひょいと軽々三人を持ち上げて歩き始める。


「は、離せよオカマ野郎!」

「あんだって、クソガキが!オカマバカにすると、どうなるか教えてやらあ!」

「ちょ、どうして俺まで!」

「く・・・無念だ」


 こうして赤髪の少年たちは、オカマにドナドナされていた。きっと一月後には、彼らも立派なオカマに更生していることだろう。


「さて、ルークくん、ミーシャちゃん、続きをどうぞ」

「「無理ですけど!」」


 にっこりと微笑んで両手を差し出す青年に向かって、二人は一斉にツッコみを入れた。


「んじゃ、それはクラン本社に行ってからのお楽しみってことで」


 甘い展開が見られなかった冒険者たちは、一斉に崩れ落ちた。それを見て笑いながら、青年は少年へと手を差し出した。


「改めて、ルークくん。俺たちのクラン、『風雪』に入ってくれるか?」


 差し出した手を見つめ、少年は躊躇った。自分のような何も無い人間が、世界最高峰と言われている冒険者と一緒にやっていけるだろうかと。もしかしたら、ミーシャやエリーザが狙いで、自分はすぐに捨てられるのではないかと。


「どうして、僕なんですか?」


 その不安を、口にせずにはいられなかった。それほどに、少年は自分に自信が持てなかった。


「理由は二つある。冒険者界隈の言い伝えでは、追放されるルーキーは将来絶対に大物になると言われている。だから、キミが追放されたことを口にした途端、勧誘合戦が始まったろ。俺もその言い伝えに乗っかったってのが一つ」

「そんな理由で?僕の力も何も知らないのに?」

「力は知らないけど、ミーシャちゃんやエリーザちゃんからは好意を向けられていた。バカラって少年にいびられてたのに、腐らずまじめにやってた証拠じゃないか」


 そう言われて、ルークとミーシャは互いの顔を見やり、視線が合った瞬間に全力で顔を逸らした。


「二つ目の理由はもっと単純だぞ。精霊がキミを紹介してくれたんだ。すごい力を秘めた子がいるってね」

「僕が、力を秘めている」

「そこら辺は、今後しっかり指導してやるよ」

「よ、よろしくお願いします!」


 ルークは、深々と頭を下げると、ユキの手をぎゅっと握りしめた。


「それじゃ、この町のクラン支部に招待しよう」




 ユキに連れられてやって来たのは、特級クラン『風雪』のクラン支部だった。


 支部と言っても、この町の冒険者クランや総合クランの中では最も立派で大きな造りになっている。


 特級クランであるということは、世界中の国からその力を認められたということであり、支部であってもその国に与える影響力は計り知れない。


「それじゃあ、今日はもう遅いし、みんなへの紹介は明日にしよう」

「えっと、本当に僕たちが、ここを使っても良いんでしょうか?」


 クランの支部には、冒険者用に宿泊できる部屋が複数用意されている。個人が長期間使用することはないため、ベッドやテーブルなどの最低限の物しか置かれていないが、その全てがクランに所属する職人たちの手による物だった。


 つまり、王侯貴族が使用するものと同等か、それ以上の物である。


 安宿での生活を送っていたルークたちにとっては、まさに別世界であった。


「足りない物があったら言ってね。すぐに手配するから」

「い、いえいえいえいえ!じゅ、十分すぎますから」

「そうか?」


 少し不満げな表情を浮かべながら、ユキはルークの部屋を後にしようとする。そこで、ルークはユキの外套を両手でつかんで足を止めさせた。


「あの、ユキさん。ほ、本当にありがとうございます。これから、お役に立てるように頑張りますから」

「気張る必要は無いさ。もう仲間なんだ。お互い助け合っていこうぜ」

「はい!」


 ルークの頭を軽く撫でた後、ユキは笑顔を向けながら去って行った。


「仲間、かぁ」


 その後ろ姿を、ルークははにかんだ笑顔で見送った。



「ルークさん。お手紙が届いております」


 ルークの部屋から自分にあてがわれている部屋に戻ろうとしたところを、一人のメイドに呼び止められた。


 メイドの持って来た手紙の宛名を見て、ルークは目を輝かせる。


「シュガーからだ!」

「相変わらず仲がよろしいのですね」

「当然です!手紙、ありがとうございます!」


 メイドから手紙を受け取ったユキは、小走りで部屋へ向かって行った。




 その翌日。


 ユキは姿を消した。


 部屋のテーブルには、一枚の殴り書きで書かれた紙が残されていた。


『一身上の都合により、退職させていただきます』





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