エピローグ:一年生の終わり

 世界はうちの集落みたいに年中命のやり取りをし続けるような、殺伐としただけの仕組みで動いてはいなかった。

 漫画みたいにイイモン、ワルモンに別けられるような単純な仕組みだけで動いてもいなかった。


 俺に将来の夢はなかった。

 俺の世界はこれまで自分、獲物、家族、それだけしかなかった。

 朝起きて、その日生きていくために獲物と戦って、畑を手伝って、空いた時間で魔術の訓練をして、暗くなったら寝る。

 俺の生活は獲物との戦いと魔術しかなかった。

 このままずっと死ぬまでそうなんだろうと思ってた。


 だけど、都会に出た。学校に通うようになった。

 知り合いが出来た。友達が出来た。

 ルールを知った。仕組みを知った。

 たぶん色んなルールを破って、色んな仕組みを無視していた。

 そのたび俺は、きっと俺が知らないところでたくさんの人に助けてもらっていた。


 界境を越えた先にある土地にはその土地のルールがあって、仕組みがある。

 都会で暫く過ごしていてようやく分かったことがある。

 たぶん俺たちは強い。強すぎるんだ。


 俺たちが猪と呼んで狩っていた生き物は、都会の技術じゃ恐らく戦車の砲弾でも倒せない。

 鹿と呼んでいた生き物は対抗手段を持ち合わせないと、視界に入った人間全てを焼き殺す。

 狼はもっと悪い。遠吠え一つで町なんか簡単に氷漬けにされてしまう。


 動物図鑑を調べてみたけれど、都会の生き物に種として人の生存を脅かすものは一つも居なかった。歴史の授業で習った。人を一番殺した生き物は人だった。


 力の強さはただあるだけだ。

 力が強いだけじゃ、スマホは作れない。町を便利にする電気は作れないし、見上げるような大きな建物も作れやしない。


 だから、俺たちは注意しなくちゃいけないんだ。

 そうして人の営みによって積み上げられた世界を壊してしまわないように。

 そうする事で俺たちは世界に受け入れられるんだ。


 とーちゃんがこっちの物を最低限しか持って帰ってこなかったのは、きっとそういうことなんだ。いつもどこかの界境へ消えては帰ってきて、行った先の世界の話なんて一つもしなくて。たぶんとーちゃんもそこで何かやってるんだ。知り合った人たちと、友達と、仲間と。


 とーちゃんは最初に言っていた。

「他人に怪我をさせるな」「女の子には優しくしろ」

 頷きはしたけど、本当には理解してなかった。

 俺はもし他人を怪我させてしまったとしても、すぐに回復魔術(ヒール)で治せばいいとずっと思っていた。

 だってこれまでそうだったんだから。穴が開いても、足が折れても、腕が取れても、死んでさえいなければ、治せば何も問題はないのだから。

 でも違った。例え魔術師だったとしても、回復魔術なんてものは皆が使えるものではないんだ。


 初めて出来た友達がマサヒロでよかった。

 じゃなければ人間関係は明るく楽しく接するのが良い事だと知ることがなかった。

 世界の仕組みを教えてくれたのがタケシでよかった。

 じゃなければ俺はもっと気安く人を傷つけていた。


 初めてちゃんと接した女の人が山中さんでよかった。

 優しくすれば、優しくしてもらえるってことが分かったから。


 出来ないことや知らないことも沢山あるけど、それでも俺、まだまだ都会で過ごしてみたい。だってまだ俺は何も返せていないんだから。


 将来の夢が出来たんだ。

 村木さんみたいな、仕事が出来て、色んなものを守れる人。

 俺はそういう男になってみたい。


 俺、今度二年生になるんだ。

 もっと勉強して、ご飯を食べて、世界を知ろうと思う。

 誰かの役に立つ人になるために。






「……――とゆーよーな事を思ってるんだ。どうかな山中さん」

「なれるといいねー」

「しんけんにきいてない!」

「なれるかどうかは、これから次第なんじゃないかな。メイジくんまだ中学生だし。でも、私はメイジくんなら頑張れるんじゃないかなって期待しているよ」

「うん! 任せて!」


 都会に回復魔術(ヒール)はない。

 でも、将来の夢があった。




【第一部:一年生編 完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おまえんちヒールないの? 野井ぷら @noipura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ