第35話:うちにしかなかったもの

 念動力者に単純な捕縛はあまり意味が無いが、やらないよりはマシだろうということで移送の人員が到着するまで気絶している金髪と黒髪の二人を拘束することになった。


「いやしかし……凄まじい力だったな。あれは何だったのだ?」


 あれ、村木さん権能とか知らない? その一種だよ。

 一つずつ開帳されれば分かるけどああも連続されると分からない? 確かにそうかも。コエダさまが詳しいから訊いてみたら教えてもらえると思うよ。


「初めて出力で劣る相手と戦った。貴重な経験」

「アンジェラもご苦労だったな。そんな相手が二度と現れないことを願うが」

「結局どうやって権能を突破したの?」

「重力で足止めして発火で燃やしながら力場で殴った。際限なく力が補給されていたら押しきれなかった」


 クールな印象の多いアンジェラさんが汗ばんでシャツが汗でベトベトだ。結構ギリギリまで力を使ったのかな。元を絶たなきゃ危なかったってことか。先に機械の方を止めてよかった。


「この人たちってアンジェラさんの同僚だったの?」

「同僚ではあった。ジョナサン・モストのとき強引に捕縛に動いた人たち」

「ここで姿を現したのは運が良かったな。この機械の出所といい、調べねばならないことは多そうだが。地脈の類を利用できる技術が攻撃的に使われたことは、由々しき事態だ」


 ほんとコエダさまが早めに気づいてよかった。今度油揚げ上げよう。


「"……うっ!? ぐぅ、なんだ、どうなっている"」


 黒髪の方が意識を取り戻したらしい。何言ってるか分からないけど呻いている。何か痛そうだ。


「"ぐうぅぅ……腕が" 腕が痛い。医者を呼んでくれ」


 言葉は途中から日本語に変わった。なんだ喋れたのか。アンジェラさんが無機質に答える。


「骨が折れている。暴れると悪くなる」

「そんな事言われなくとも分かる! が、痛いものは痛い! ぐぅぅぅ、医者を呼んでくれ、頼む……!」


 痛みで意識を取り戻した黒髪さんが悶えながら喚く。

 いやいや。医者とか言ってないで魔力残ってるんだし治せばいいじゃん。

 別にいいよ治しても。もういつでも制圧出来るし。


「馬鹿を……言うな。癒しや回復の異能などあるわけがないだろうが……!」


 ん? 何を言ってるんだこの人。

 ねえ村木さん。


「お前こそ何を言っているんだ?」

「え、どういうこと?」

「回復に類する異能は、異能の歴史の中で、確かなものは一つも確認されていない」






 え?


「お前、知らなかったのか……? 過去から現在まで約4千年の間、異能力についての記録は残されているが、真偽の確かな人体を修復するような異能は1つとして記録されていない。メジャーな異能力である魔術、念動力は言わずもがな、その他ローカルな異能力に至るまでだ」


 唯一の例外は約一年前。魔界の界境で拾得した癒しの水晶と呼ばれる物の出現で、当時日本の魔術界は沸き立ったものだ。

 だがそれすらも特定波長の魔力を放出することで周囲の人間の細胞修復を誤差程度に早める効果しか発揮しないと確認され、チタンネックレスの方がまだ疲労回復に効果があるという検証結果だった。

 余計にファンタジーにありがちな急速な肉体回復を行う回復魔法という物が異能で再現する事が難しいことを認識させられただけだ。

 今年の夏に、あの魔族の女が持ち帰った物のことだ。


「えっ……」


 それじゃあ。それじゃあ本当に?


「都会って回復魔術(ヒール)ないの?」


 いやいや、そんな馬鹿な。

 本当に言ってるの?

 え、じゃあ学校にある保健室ってなにをするところなの? 怪我を治すところだよね?

 怪我の治療? それって魔術で治すことじゃないの? ちがう?

 たまに傷口を放置していたり絆創膏をつけてるやつを見て疑問に思わなかったのか? いや、あれくらいの傷だったら放っておいても治るからほっといてるのかなって……うちの従妹とか妹とかそんな感じだし。


 そもそも魔術は秘匿されてる? あ、そっかそういえばそうだ……え、じゃあ病院は? 病院もそう?

 え、じゃあ大きめの怪我したらどうしてるの?

 切り傷なら包帯巻くか縫う? 縫う!? 身体を!? なんでそんな恐ろしいことを。

 え、じゃあ身体とかがバラバラになったらそのまんまってこと?

 まじかよ。魔術の訓練とかいままでどうやってきたんだ。


 まじかよ。まじかよ。そんなことってあるのか。

 頭がクラクラする。ちょっとしゃがもう。


 じゃあ、もし。もしも。

 もしも、俺が、身近な人へ妹や従妹にやるみたいに力を振るっていたら。そしてそれを治せないと知らず、放っておいてしまっていたら。


 もしも、タケシやラヴィーネ、村木さんに桐原さん、ジョナサンさんの転移に失敗していたら。身体の一部が欠損するような怪我を負ってしまっていたら。近くに俺が居ればいいかもしれない。でも転移の後、俺は電車で帰っていた。

 都会ではそういう怪我は、取り返しがつかないんだ。俺はもしかしたら、大切な人たちを傷つけていたかもしれないんだ。

 そうなってなくて良かった。本当によかった。







 はー。


「どうしたのメイジくん。溜息なんか吐いちゃって」


 げ、タケシ。なんでここが分かったんだ。


「いや、メイジくん目立つし。町の人にメイジくん見ませんでしたかって訊けばそのうち見つけられるよ。学校でも元気なかったし、何かあったの?」

「んーまあ、あったっていうか、元からだったっていうか」

「マサヒロくんも直接訊かないくらいには心配してたよ」


 珍しいなマサヒロが気を使ってくるなんて。そんなに俺暗い顔してたのか……。

 まーさー、何があったっていうか、自分の馬鹿さ加減に気づいたっていうか、そんな感じ。


「え、メイジくん自分で自分の事頭がいいと思ってたの?」

「思ってないけど! 思ってないけど、上手くやってるもんだと思ってた」

「うーん、まあ、どうなんだろうね。何をもって上手くやったとするのかは難しいけど、メイジくんはこっちで過ごしてみてどうだった? 楽しくなかった?」


 いんや、めっちゃ楽しいよ。

 知らない人が一杯居るし、皆違うことしてるし、食べ物はおいしいし、ゲームは面白いし、配信も知らない人といっぱい話せて面白い。


「じゃあいいんじゃない? しくじった所は反省すれば」

「うーん、そーゆーもんなのかなー」


 そうである気もするし、そうでない気もする。


「でもさ、コエダ様から聞いたよ。なんだか大活躍だったみたいだね?」

「まあ、戦ったりするのは俺得意だからさ」

「そうなの?」

「何ならそれしかしてこなかった」

「蛮族じゃん」


 確かに。俺よく町を破壊しなかったな。妹のこと笑えねーや。


「そういえばメイジくんがこれまでどうしてきたのかって、聞いたことなかったね」

「そうだっけ?」

「うん」


 はーそうだったか。そういや俺が都会のことばっかり聞いてた気がする。


「俺んちって山の奥なんだよ。本当に家と畑、あと山しかない。山には猪とか鹿とか、たまに狼がいてさ。そいつら何か知らないけどうちの方まで出張ってくるんだよ。そういう奴らと戦うのが俺の役目だった」

「毎日狩猟してたってこと?」

「狩猟っていうか、戦いだな。バトル。猪も鹿も普通に魔術使って武器もって殺しに来るからさ」

「なにそれこわい。それこっちに出てきたりしないの?」

「それはないな。タケシには前にもちょっと話したけど、奥卵の山の奥に界境ってのがあって、それを通じてうちの山と奥卵は繋がってるのね。で、その界境って鍵みたいなのがないと出入りできないようになってんだ。だからタケシを家に招待することは出来ないし、向こうの生き物がこっちに来ることもないよ」

「ふーん。前は聞き流したけどさ、その界境っていうのは何なの?」

「界境? 界境は界境だよ。都会にもあるじゃん。場所と場所を繋いでる場所」

「無いよそんなの。世界は地続きで出来てるんだ。そんなワープゲートみたいなのないって」

「いや魔界があるじゃん。たぶん他にもあるぞ、そういうの」

「……た、たしかに。いや、でも一般的にはあると思われてないんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」

「また一つ勝手にしていた勘違いが解けた気がする。うちって変わった場所にあるんだな」

「対話って大事だね」

「まーでもこれは魔界も似たようなもんで、魔界の人たちもたぶんなんかそういう資格的なものがないとこちらに出てこれないんだと思う。じゃないと魔界の人たち、今頃スマホとSNSに夢中だ」


 あ、魔族といえば。神社の境内でラヴィーネの使用人さん? のじーさんとちょっと話した時のことを思い出した。


「今まで聞けてなかったんだけどさ、タケシって魔術の存在とか魔族の存在って知ってたの?」

「うん。話に聞いてはいたよ」

「そうなのか」

「うーん、まあせっかくだし話しちゃおうか。別に面白い話でもないんだけどね」


 タケシは小さい時に魔術や魔族の存在を父親から聞いていて、けど成長するにつれてそれは父親が言っていた嘘だと思うようになったんだとか。


「親って子供に夢を持たせるために有り得ないような事を結構言ってくるんだ。サンタクロースはお父さんだったし、節分の鬼なんて実在しないし、赤ちゃんはコウノトリが運んでくる訳でもないし、いい子にしていて良い事があるのは子供じゃなくて大人なんだ。だから同じように魔術も魔族も居ないんだって自然と思うようになっててさ」


 でも魔術はあった。魔族は居た。


「楽しくなっちゃってさ。なんか結構、僕も無茶苦茶してたと思うんだよね。本当に居たんだって、皆に伝えたくなっちゃったんだ」

「ラヴィーネと会った時のタケシはなんかすげーグイグイ行ってるなとは思った」

「まーね。ラヴィーネさんって分かりやすく『ホンモノ』だったじゃん。だから今思い返すと結構とんでもない事してたなって思う。はー。なんか僕も落ち込んできた。村木さんいつもありがとうだね」


 じゃあ一緒に落ち込むか。

 はー。

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