大文字伝子が行く97

クライングフリーマン

大文字伝子が行く97

 正午。伝子のマンション。

 EITOのPCの前に座っている伝子と高遠。

 「理事官。もう3日になりますね。」「人材不足かな?いや、兵隊不足か。」

 「そういえば、バスジャックの時、日本人でしたね、配下は。」

 「雪かな?」「雪?」

 オウム返しをした理事官に伝子は言った。「那珂国マフィアの兵隊は、北海道や東北に船でやってくるとすれば、東京に移動出来ないまま、かも知れない。あ、そうだ、舞子ちゃんのDDバッジの連絡が無かったこと、分かりました。」

 「何だったんだね。」「みちるが教えて無かった。結局、今回も青木君達のネットワークというか、フットワークで手がかり掴んだけど。」

 「また、お仕置き部屋かね?」「もう止めました。疲れるから。」

 「まあ、敵も我々も今は身動きとれないな。」

 画面は消えた。「7人の『シンキチ』、どこ行ったかな?」と、高遠が言うと、 「まとめて捕まっていると、厄介だな。」と、伝子は言った。 

 「雪、雪、雪。いろんな物流止まっちゃうわねえ。」と、編集長が言った。

 「あ。チャイム押したわよう。」

 「編集長はどう思います?」と、入って来た編集長に伝子は尋ねた。

 「どう思う?って、いきなりねえ。何について、どう思うかって?」

 「例の『シンキチ』ですけどね。情報流出したデータの内、東京都内にいる、お名前カードの持ち主のシンキチが後7人なんですよ。行方知れずで、それぞれ捜索願いが出ているんです。ひょっとしたら、全員捕まって、1箇所にいる可能性もあるかな、って。」

 高遠が説明を補足した。「ふうん。そうねえ。名前以外の、明らかになっていることってないの?」

 「会社員が3名、学生は4名。」「会社員は調べる範囲は広いけど、学生は友人知人を調査すべきよ。警察の調査方法じゃ漏れはあるかもね。」

 その時、ひかるから伝子に電話がかかってきた。「大文字さん、どうしよう?」

 伝子はスピーカーをオンにした。「青木君が行方不明になっちゃった。捜索願いを出しているらしいけど。今、ご両親が相談に見えて。」

 「分かった。ここにお連れして。知っての通り、警察は何か起こってからでないと動いてくれないからね。」「分かりました。」

 「ひかる君って、中山ひかる君?前に愛宕さんがいたアパートの?」編集長が言うと、高遠が感心した。

 「流石、編集長。よく覚えておられましたね。」「高遠ちゃん、おだてるのはいいけど、締め切りギリギリよ。何%出来てんの?」「30%。」「一日だけ延ばしてあげるわ。どうせ、青木君捜しに奔走するんでしょ、二人して。」

 「恐れ入りました。」高遠と伝子は揃って土下座した。

 午後1時半。編集長と入れ替わりに、中山ひかると青木の両親がやって来た。

 「初めまして。青木いさむです。」「青木梅子です。」

 「いつからいないんですか?」と言う伝子に、「スクールバス誘拐の事件以来だよ。」と、横からひかるが言った。

 「いつも、人探しで困った時に、このひかる君や青木君にお世話になっているんです。改めてお礼を申し上げます。」と、伝子は丁寧に挨拶をした。

 「その青木君がいなくなるとは、ね。伝子さん、DDバッジは?」

伝子ではなく、横からひかるが応えた。「僕が渡したよ。ガラホより、ずっと前に。」

 「ガラケーの方も渡しておけばよかったな。まだ数は少ないが。」伝子は、きょとんとしている両親に、学生証とかは無くなっていないんですか。」と尋ねた。

 「学生証もお名前カードも、家にありました。」「やはり、何か事件に巻き込まれたのかも。」青木の母と伝子が話している途中、高遠は、「あっ!!」と叫んだ。

 「どうした、学。」と、不思議がる伝子に高遠は学生証とお名前カードを差し出した。

 「学生証は青木真一、お名前カードは青木真吉。どういうことですか?」伝子が尋ねると、梅子は「改名しちゃったんです、勝手に。学生証は交付された時のままです。」

 梅子の説明に高遠が補足した。「伝子さん、前に話した改名のケースだよ。15歳以上なら、本人の意思で改名出来るんだ。大抵の場合は、親が変なきらきらネームつけて、悩んだ子供が改名したりするケースだ。ひかる君。改名の理由に心当たりは?」

 ひかるは素直に応えた。「最近、と言っても3ヶ月位前かな。ガールフレンドが出来たらしいんだ。元々はLinen友達だったらしいけど。僕は一度しか会ってないけど、ちょっとわがままっぽかった。」

 「青木君がぞっこんだったとすると、名前がダサイなんて言われたら、改名するね。日付は、情報漏洩が発覚する2週間前だ。誘拐されたか悩んでいたか分からないが、教えてくれていれば・・・。」

 「学。タラレバを言っても仕方がない。」伝子は、愛宕とあつこに連絡をした。

 「ひかる君。これで、警察も動きやすくなる。です・パイロットからの保護対象だ。」

 「よく分からないが、改名したことで、マフィアに狙われやすい状態になっているから助けてもらえる、ということですか?」と、青木いさむは言った。

 「そうです。ひかる君。EITOのことは?」「話しました。」

 「そうか。警察もEITOも全力で探します。約束します。」と、伝子は言った。

 午後3時。EITOのPCを起動し、伝子は理事官に話した。

 「そうか。青木君は7人の内、一人になってしまった訳か。カードを作った時は、まだ、です・パイロットが現れていなかったからな。草薙。エリアだけでも特定しておけ。」「了解しました。」

 午後3時。おやつにと、隣の藤井がたこ焼きを作って持って来てくれたので、3人で食べることになった。

 青木の話を聞くと、「そういうパターンもあるんだ。親から貰った大事な名前、粗末にしちゃいけない、と言われて育った私には、改名って想像がつかない。」と藤井が言うと、「きらきらネームってあるでしょう?僕には親のエゴにしか思えない。15歳以上になったら改名出来るって、知らない人が多いね。15歳未満の場合は法定代理人が行うことになっている。法廷代理人は弁護士とかでなくてもいいんだ。例えば、男親が強引につけた名前でも、女親が手続き踏めば変更出来る。一番問題なのは、イジメの対象になることだよ。変な名前でなくても、あだ名で苦しむ人はいる。親がイジメの手助けをするなんて、酷いよ。子供の将来を全然考えていない。ペット扱いだと思う。」と、高遠は一気に言った。

 「お前の言う通りだ。私は、小学校から身長が高かった。腕力もあった。ガキ大将の抗争に、関係のない生徒が巻き込まれた。黙って見ていられなかった。3人のガキ大将達は、子分達が全部やられて、悔し紛れにこう言い出した。『トシマは乱暴だ。トシマは一生結婚出来ないぞ。乱暴だしな。』それが、一種のトラウマになっている。ガキ大将より年齢が上なのは事実だ。抗えない条件を探してつけ込んだ。結果は言うまでもない。学校側は担任も含めて、退学か転校を勧めた。でも、一人味方してくれた先生がいた。それが、書道部の顧問をしていた、副島先生だった。」

 「副島先輩のお父さんだね、伝子。」高遠の言葉に、「うん。副島先輩も庇ってくれた。ある日、ガキ大将の父親達が、当人達を連れてやって来た。土下座させて、頭を小突いて、下げさせて。あんたは悪くない。悪いのはこいつらだ。正当防衛だ。」と、応えた。

 「立派な親ねえ。今のPTAじゃいないわ、絶対。」と、藤井が言った。

 「虐められた子はどうしたの?」「虐められた子は大勢いたんだが、その子を放って逃げちゃったんだ。私が助けた子は、その明くる日に、転校したよ。」

 「ふううん。」と、高遠と藤井は声を揃えて唸った。

 「それが『トシマ』パワーか。」と高遠が言うとl、「『火事場のクソヂカラ』ってやつかな。」と、伝子は笑った。

 「時々、話のネタにしているだろ?池上先生にも相談したんだってな。池上先生には、話したよ、その逸話。副島先輩は、その頃のことがあるから手伝ってくれているんだ。」

 伝子は、いきなり高遠をヘッドロックした。「何すんの?」「お前はいい婿だ。」

 「ごちそうさま。」藤井は、舌を出して出ていった。

 「出掛けてくる。」と言って、伝子はバイクのキーを持った。

 「たまには、墓参りをしなくちゃあな。また、先輩に叱られる。」

 伝子が出ていった後、早速、高遠は物部達にLinenで報せた。

 「お互い、スッキリしたな、高遠。」と、物部がメッセージを送ってきた。

 福本や依田達も、同様のメッセージを送ってきた。

 思いついて、小説を書き出した高遠だったが、1時間作業をしていると、イエ電が鳴った。

 「大文字伝子の家か。」「はい。どちら様?」

 「お前達の大事な仲間を預かっている。明日。午前9時。沼辺小学校跡に来い、と伝えろ。身代金はいい。大文字伝子の命と交換だ。」

 すぐに、高遠はEITOのPCを起動した。草薙が画面に出た。

 「草薙さん。青木君を誘拐した犯人から電話がありました。会話は、そちらに転送されています。」と高遠が報告すると、「確認します。」と草薙は言い、一旦会話が途絶えた。

 5分後。「確認しました。理事官と一佐、警視に連絡をしました。肝心の大文字さんが繋がらないんですが・・・。」「墓参りに行っています。お寺に言って、伝言を頼みましょう。」

 午後4時。副島家の菩提寺。

 墓の前で話をしている伝子と副島のところに、住職が走ってきた。

 「大文字さん。大変です。」住職から話を聞いた副島は、「大文字。すぐに行け!私も後でEITOに向かう。」と言い、伝子は「住職、お手数かけました。」と住職に頭を下げ、走った。

 午後5時。EITOベースゼロ。

 「エリアが違う?どういうことだ、草薙。」と、理事官は尋ねた。

 「考えられるパターンは2つ。以前、一佐のDDバッジが樹海に捨てられた時のように、犯人に意図的に捨てられた場合。そして、犯人が呼び出した場所には、青木君がいない、という場合です。」

 「青木君がバッジを押さないということから考えると、後者かも知れませんね。」と、伝子は言った。

 「よし。それでは、その線で作戦を考えよう。丁度今、届いたところだ。」

理事官は、伝子にあるモノを渡した。「ネックベルトだ。防具だよ。」

 翌日。午前9時。沼辺小学校跡。

 朝礼台の所に、椅子が置かれ、縛られた人物が頭巾を被せられている。

 朝礼台の隣に、同じ頭巾を被った女がいる。

 少し離れた所に、大勢の人間が頭巾を被って、銃や機関銃を持って立っている。

 エマージェンシーガールズがやって来た。

 伝子は、1歩進み出た。「間違いないだろうな?人質の名前は?」

 頭巾の女は言った。「青木真吉。」

 「いいだろう。では、私と交替だ。人質を返してくれ。」伝子は、女に歩み寄った。

 「待て。そいつらは何だ?」と、エマージェンシーガールズをさして女は言った。

 「見届け人だ。一人で来い、って言ったか?そっちは、何だ?」

 「見届け人だ。変なコスプレだな。」「おまいう。」「おまいう?」

 「お前が言うなってことだ。早く開放しろ。」

 「ええい、やっちまえ!」女の合図に、銃を持った連中が、詰め寄った。男達は頭巾を取った。

 「それは、こっちの台詞だな。」バイクに乗ったエマージェンシーガールズが数人、現れた。

 そのエマージェンシーガールズの一人である稲森が、次々と、投げ縄で拳銃を、機関銃を弾き飛ばした。ブーメランが3つ、宙に舞った。なぎさ、金森、あつこが投げたブーメランだ。

 「人質の命が惜しくないのか?」と叫んだ女を羽交い締めにした伝子は、女の頭巾を取った。青木梅子と名乗った女だった。

 人質の筈の男は、自ら頭巾を取り、拳銃を身構えた。青木いさむと名乗った人物だった。

 伝子は男にブーメランを投げ、男は朝礼台から落ちた。

 その時、伝子の首に、吹き矢、いや、吹き矢に似たものが刺さった。

伝子は唸って倒れた。「形勢逆転だな。」女が言うと、伝子が起き上がり、女にペッパーガンを撃った。

 女はむせ返った。ホバーバイクが近寄って来た。

 「吹き矢ボウガンと言えばいいのかな?掲揚台の向こうから狙っていたよ。警官隊に渡した。」と、エレガントボーイ姿の夏目警視正が言った。

 女は目をむき、「どうして生きている?」と言ったが、伝子がネックバンドを外して見せたら、気絶をした。

 伝子は、エマージェンシーガールズと合流し、三節棍を駆使して闘った。弓矢隊が救援に到着した。バイク隊と弓矢隊、ホバーバイクの後方支援で銃や機関銃を無効にされた集団の攻撃力は脆かった。

 エマージェンシーガールズと敵の那珂国人の手下の闘いは、30分が過ぎると終っていた。

 午前11時半。伝子のマンション。

 EITOのPCが起動していた。

 「使い魔は、青木君のガールフレンド、那智映子だった。新町達の聞き込みで、彼女から熱烈アプローチを受け、青木君がメロメロなのを見ていた同級生がいた。アジトは那智の家。そこに、青木君は捕らえられ、がんじがらめに縛られた状態で見つかった。愛宕達が行ったときは、訳が分からない、と言っていた青木君も那智が28歳だと聞いて目眩を起したそうだ。よく化けたもんだな。あの、吹き矢みたいなボウガンは、自作らしい。詰まり、前の吹き矢が飛んできた事件のホンボシでもある。青木君の両親に化けた男女が間抜けで助かったな。本物の青木君の両親は、佐賀県にいた。里帰り中だった。」

 「理事官。学とも話していたんですが、先日の、振動で起動するガラケー、関係者全員に配って貰えませんか?」「いいだろう。これから益々危険に直面するだろうから。大阪支部のも用意しよう。」

 「ありがとうございます。総子も喜びます。ネックバンドですが、上からスカーフかマフラーをするのはどぅでしょう?」「うん。考慮しよう。」

 画面が消えると、伝子は服を脱ぎ始めた。「伝子。先にご飯食べなさい!」

 高遠の剣幕に、「はぁあい。」と返事し、服の襟を直した伝子だった。

―完―

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