金色の落ち葉

西しまこ

第1話

 大きなイチョウの木が、はらはらと黄色の葉っぱを落としていた。緑の芝生の上に美しく降り積もり、それを小さな子がすくい上げ、撒き散らしていた。

 幸せな笑い声、ゆっくりと散る黄色いイチョウの葉。

下から上へ撒き散らされるイチョウの葉は光線の加減で光って見えた。

 小さな手が落ち葉を抱え、存分に撒き散らす。笑い声とともに。

 母親は、その様子をレジャーシートに座り微笑みながら、やわらかく見ている。

 レジャーシートにはお弁当の箱と水筒が並べられている。

 午後の陽射しは暖かく、母子に降り注いでいる。


 ――忘れていた幸せそのものがそこにあり、わたしは気づいたら涙を流していた。

 わたしもかつて、こんなふうに息子と公園に来た。お弁当を持って来たこともあった。陽人は公園中を駆け回って、落ち葉を撒き散らし、「ママ見て!」と笑顔を見せた。

 美しい青空、光る黄色いイチョウの葉、柔らかい緑の芝生。

 笑う息子。

 もうずっと、息子の笑顔を見ていなかった。笑顔どころか、声さえ聞いていない。

 わたしはかつての息子の姿を思い出し、涙を止めることが出来なかった。

 絵本を読んであげた。手を繋いだ。いっしょにいくつも電車を見た。いっしょに眠った。

 抱きしめた。

 笑顔をたくさんもらった。「ママ、大好き!」


 高校生になり、陽人は次第に部屋から出て来なくなった。学校へは行く。学校や部活を休んだことはない。トラブルがありそうにも見えない。保護者会での先生の話によると、友だちとは楽しくやっているようだ。帰宅は遅く、補導されないぎりぎりの時間に帰ってくる。でもそれまで何をしているのかはまるで分からない。

「ママ、大好き!」

 もう、あの子の何もかもが分からなかった。用件だけがLINEで届く。

 手を繋ぐと、ぎゅっと握り返してきた、小さい手。

 話しかけても返事すらない。冷たい横顔。

「ママ、大好き!」「ママのつくるごはん、好き!」

 最近ではごはんすら食べない。どうしているのかは分からない。夜はたいてい友だちと食べているのだと思う、……たぶん。

 わたしの作るごはんをおいしそうに食べる姿、スプーンを握る手。

 お弁当を無理やり持たせていたこともあった。でも、捨てられる中身。


 何がいけなかったんだろう? 一生懸命やってきたつもりだった。もう何をどうしたらいいのか、まるで分からない。

 せめて、ごはんくらい作ってあげたかった。けれどそれすら叶わない。

 声が聞きたい。

 わたしは、用件だけ届くLINEをいつも待っていた。用件だけでもよかった。





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