第3話 吹けば飛ぶような、帰宅



 いつもの交差点で別れた、夕暮れの帰り道にて、ひとり――



(……)

(……夕暮れ時にからすが鳴き、)

(……)

(……私は家に帰る。一人きりになれるこんな時間を、かつての私は好んでいたはずだった)

(……)

(……宇宙まで透けて見えそうなほど薄く張った雲が、ついにやってきた夜に溶けていく一瞬とか。誰も彼もがわからなくなるほど、すれ違う人たちがみんな黒い影になっていく一瞬とか。お墓の近くを通るとき、そこに誰かがいるような気がする一瞬とか、目を覚まし始めた信号機、街灯、ビルの灯り。星が上り、月が浮かび、太陽は消え。私の周りに現れるそんな瞬間たちはまるで、まだ経験したことのないはずの、死、にも似たなにかなような気がして。この世で私はどこまでも一人だと思う瞬間。私はそれを寂しく想い、少しの恐怖も覚えつつ、どこかで安心している自分もいるような、そんな帰り道――)

(……)

(……そんなことをかつての私は思っていたはずで、そんな独りきりの時間を、かつての私は好んでいた)

(……)

(……はずだった)

(……)

(……のに、今の私ときたら、まるでだめになってしまった。こうして一人でいても、ちっとも独りになれやしない。こうして一人で帰っても、さっき別れた友人のこととかを気にしてしまっている。あんなこと言わなきゃよかった、とか、もっと色々楽しいことを話すつもりだったのに、とか)

(……)

(……まさかこの私が、そんなことでうじうじ悩むようになるとは)

(……)

(……いけない、ダメだなあ……裕子相手だと、どうにも余計なことまで口走ってしまいそうになる)

(……)

(……『暴力』がどうとか、そんなことをわざわざ口に出す必要なんてないのに」

(……)

(……構ってちゃんみたいじゃんね、これじゃあ)

(……)

(……ダメだなあ)

(……)






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吹けば飛ぶような きつね月 @ywrkywrk

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