エピローグ
島の中心部にある朱色の神殿。
ここに住まうのは比翼の鳥となった女性たち。
長老勢は混乱を起こさないようにこの建物から出る気はなかった。
見目麗しいまま百年以上も生きているのだ。
外界に混乱を起こさないようにする分別があった。
その長老勢に向かって怖い顔をした役人が頭を下げる。
「此度の不手際申し訳ありませんでした」
そのようすを見て、長老の一人が笑う。
少女のように笑う。
「不手際? 功績じゃろ。比翼の鳥を禁じているのはお国だけ。我ら島民にはあまり関係ない。まさか島に戻ってきて一か月も経たずに二羽の比翼の鳥が生まれるとは素晴らしいかぎりではないか」
皮肉ではない。
本当にそう思っている。
長老勢がそんな考えを持っているから、東西分断のしきたりがあるのだ。
遺伝子を検査して、カニバリズムを伴う生殖欲求を発生させない男女に分ける。
そうしなければこの島から男性が消えてしまう。
子種が絶えることはなく、子供は生まれ続けるが今の人類のあり方とは相容れない。いや相容れてはならない。だから隠匿されている。発表すれば世界各国の注目を集め、非難され、熱望されかねない可能性があるからだ。
神切島は江戸時代に日本に編入された。
その時に島に大人の男性がいなかった。代わりにいたのは異常な怪力を持ち、飲まず食わずでも生き続ける不老長寿の女性たち。
時の政府は支配下に置きながら神の島と崇めた。
女性限定とはいえ不老長寿は人類の夢。
番に選ばれた男性を食らうのは倫理的に間違っているだろう。
けれど生物学的には間違っていない。男性の遺伝子を含んだ子を何年にも渡り、産み続ける。飢饉のときは飲まず食わずで三人ほどだったが、現在は飽食の時代。百を超えた長老でも何十人目かの子を生むことが可能だった。
人類の進化の可能性としてこれほど有力なモノはないだろう。
カマキリなど生殖活動で雄を食らう生物も珍しくはないのだから。
役人もそれをわかっている。
わかっているが嫌悪感を隠せない。
このあり方を許容してはならないと真に思っているから。
「まさか外部から適応する番を見つけてくるとはのう」
「本土では起こらなかった現象です」
「この島に戻ってきた途端に愛する夫と一つになるか。真実の愛じゃのう。やはり島民をもっと本土に出して、本土からも人間を受け入れて、交流を活発化させるべきか」
「…………させるわけねえだろ」
「なんか言ったか?」
「……いえ」
「若いのう。本土にもとうの昔から我らの血筋が混じっておる。昔から人は我らのあり方を求めて、何人も浚っていったからの。その末裔もおる。彼らは島に戻ってこないから発現しないだけじゃろうて。息子の方はともかく、かの夫の方は本土人だった。だから血液検査もせずに放置して、奥方と一つになったのじゃろうて」
「……そうですね。事前に検査しておけば貴重なサンプルが得られたかもしれません」
「うむ。そこだけは失態じゃな」
「そこだけ? 二人の男性の命が失われて、一人の無関係な少女が殺されたんですよ」
「男二人は死んでおらぬ。これからも永遠に生き続けるのだ。子種がその証よ。殺された女児は阿呆よ。番を認識しておりながらまだ食っていない比翼の雌鳥の前で、番と親しそうにしていれば殺されても仕方があるまい」
「仕方がないで済まされるのですか!?」
「済ますしかあるまい。本能には抗えん。番を認識して比翼の雌鳥として覚醒した時点で止まらん。殺すか殺されるかじゃ」
簡単に割り切っていいものではない。
そのとき戸が開き、一樹の母親は入ってきた。
「失礼します」
「おお来たか。青葉の様子はどうじゃ?」
「美味しそうにカズ君のもつを食っています。幸せそうですね」
「……ご子息が殺されたんですよ」
「カズ君は生きていますよ? これから青葉ちゃんと永遠に生き続けるんです。島に戻ってきて、いきなり女の子と仲良くなって孫まで見せてくれようとしてくれたんです。自慢の息子ですね」
「……狂ってる」
そう言い残して役人は去る。
今回の件でまた枠が余った。
本土からの入植を斡旋するチラシを作らなければいけない。
おぞましい。やりたくない。けれど国はこの島のあり方に期待している。
不安定な世界情勢。進む少子化。この先どうなるかわからない。
食料がなくても確実に多くの子を残すこの島のあり方を消し去ることができない。
だからまた『ようこそ噛切島へ!』というパンフレットを用意しなければならない。
離島・ゲーム・そして恋! たまに男性が消失するトロピカル因習アイランドにようこそ♪ 内臓ポロリもあるよ! めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri
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