第5話 比翼の鳥の真実

『役人が近づいてきたので役場から離れます。一樹君は私の匂いを追って来てください』


「匂いを追ってって」


 そう思ったが役場に近づくと確かに甘い香りがした。

 そして周辺を歩いている役人の姿もある。

 青葉を探しているのかもしれない。俺も見つからないようにしないと。

 甘い香りは島の中央地区の深いところに続いている。

 朱里が話していた研究所や神社を思わせる荘厳な朱色の建物の前を横切る。

 入ったことはないが重要施設なのだろう。

 進むにつれて青葉の甘い香りも濃くなっているので迷うことはない。


「……ここか?」


 そこは島の中心部。フェリー乗り場の反対側にある入江だった。

 鳥居やなにかを祀っている祠があり、その奥の朱色の建物から青葉の香りがする。

 この中にいる。それは間違いない。間違いないのだが、俺の足は少し躊躇した。

 むせ返るような甘い香りが脳をチカチカさせてくるほどだ。それなのに微かな異臭もする鉄さびの匂い。血の香りだ。

 実はここに来る道中に気になっていた。たまに真新しい血痕が落ちていたのだ。

 この先に行ってはいけない。朱色の戸を開けてはいけない。理性がそう叫んでいるのに。


「一樹君来てくれたんですね! 早く入ってきてください」

「……ああ」


 熱に浮かされた本能が屈した。

 青葉の声に逆らえない。

 俺は朱色の戸を開ける。建物の朱色とは異なる赤色。血がべったりついていたのに触れることに躊躇いもなかった。ただ青葉に会いたくて。

 戸を開けると中は明るかった。部屋の中の様子がよくわかる。

 今日の青葉は赤いワンピース姿だった。


(違う)


 木張りの床に転がるのぐちゃぐちゃに潰された肉塊。血だまりをつくっており、着ていたと思われる繊維質の布切れも赤く染まっている。


(うちの学校の制服だ)


 それが誰かはわからない。肉塊には顔がなかったから。肉塊から分断された生首は綺麗なモノだった。


(見るな見るな見るなこれ以上見るな!)


 朱里は首から下がなかった。

 その表情は恐怖に歪んでいる。


(逃げろよ! 早くこの場から逃げろ! ここはおかしい! こんなことがあるはずない)


 頭の中で誰かの声が聞こえるが身体は動かない。

 小さくなった朱里を見ていたら、青葉が不機嫌になった。


「やっぱり他の女を見てる。私のことを好きって言ったのに!」

「好きだよ。愛してる」

「本当ですか? ならもう他の女の人は見ないでください。ううん私以外目に入らないようにしてあげますね。早く子作りを始めましょう」


 そう言って青葉は斑に赤いワンピースを脱ぎ、肢体をあらわにした。

 美しい。幸せだ。


「さあ一樹君。私のそばに来て。邪魔な服を脱がしてあげますね」

「……うん」


(逃げろよ。この幸せから逃げろ! 幸せ? 親父はどうした? あのメッセージは?)


 理性が考えるのを拒絶し始めた。

 脳を覆う多幸感には抗えない。

 青葉は俺の服を丁寧にうっとりと熱い吐息を漏らしながら脱がしていく。


「最近ずっと夢に見てました。でも一樹君の気持ちがわからなくて。私のことを好きなんですよね」

「愛しているよ」

「嬉しい。もう我慢しなくていいんだ」


 脱がし終えると青葉が俺に抱き着いてきた。

 胸に赤くなった顔をうずめて、恥じらいながら。


「では子作りを始めますね。一樹君は力を抜いてください」


 そう言って青葉は俺の右肩をかみ砕いた。

 痛くない。

 むず痒い。

 自分の身体が削られていく感覚が快感ですらある。


「これは? 青葉はなにを?」

「子作りですよ。この島の男女の正しい子作りの作法です。男女が永遠に一つになるたった一つの方法」

「男女が永遠に一つ?」

「はい。女性が男性を食らう。すると何年も飲まず食わずで過ごすことができるようになり、大好きな男性との子供を生み続けることができるんです。素晴らしいですよね。永遠に一緒なんて幸せです」

「……これが幸せ?」

「はい。一樹君も幸せですよね」

「うん。幸せです」


 俺の意識はそこで永遠に途絶えた。

 青葉の中で俺は生きているのかは定かではない。

 ただずっとその光景は見ていた朱里の生首は確実に死んでいたと思う。

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