最終話 ハイビスカス様


 食べて食べて食べまくって、たまに島を散策もして、海水浴もして、レーザーを撃ちたがるビィをなだめるなどしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。


 予定していた旅程を終え、島を出る日となった。

 

 荷物をまとめ、お土産にもらった留花るばなマンゴスチングミ、留花マンゴスチン饅頭、留花マンゴスチンカレー(レトルト)などを限界ぎりぎりまでカルディの猫ちゃんバッグに詰め込んだ私は、港に行く前にハイビスカス様にお別れを言いにいくことにした。民宿で一緒に寝泊まりしていたビィも一緒についてきた。


 ビィの外見だけれど、腰まき一丁を卒業し、今はだいぶ浮かれた感じになっている。「I love マンゴスチン」と書かれたマンゴスチンのイラストのTシャツを着て、エンゼルフィッシュ柄のハーフパンツ、パイナップルのワンポイント付きのビーチサンダルをはいている。私がお土産物屋さんで買ってあげたのだ。

「どうも柄が気に入らんが、店ではこれしか売っておらぬのだから、まあ、いたしかたあるまい」

 文句を言いつつも、ちゃんと着てくれてよかった。

 ビィとも、これでお別れだ。少し寂しいな。いつかまた会いにこよう。




「元気でね、マインド」

 ハイビスカス様が小さな両手を胸の前でふよふよと振る。大変可愛らしい。


「ハイビスカス様も、お元気で」

「うん。ビィと仲良くね」

 ……はい?


「え、ビィは島に残るのでは?」

「何をいう。我もそなたと一緒に行くぞ。さて、次は何を討とうか」

「いや、一緒にこられても困るし、何も討たないし、もうお別れだよ」

 ビィは愉快そうに笑った。

「安心しろ、我はそなたとともにある。血飛沫を毎日そなたに捧げよう」

「いやあ、びっくりするぐらい話が通じないなあ……」


 私はハイビスカス様に顔を寄せて、小声で相談した。

「ビィを座敷牢に戻すことってできません?」

「僕にはできないよ。もともとビィを封じたのは人間だしね。たしか研究所で働いていた人の子孫だとか言ってたけど……。それに、いまさら座敷牢に戻すなんて可哀想じゃないかな?」

「うっ」

 可哀想って言われたら、反論しづらいものがある。ゾンビ討伐もしてくれたわけだし。

「それにね?」

 ハイビスカス様はいたずらっぽく笑った。

「見てみたくない? ビィが殺戮のかぎりを尽くすところを」

 突然そんなことを言われて、ぎょっとした。

「は、ハイビスカス様……? 殺戮だなんて、そんな、じょ、冗談ですよね?」

 ハイビスカス様は奇妙にじっと私を見つめたあと、何かを思い出したかのように吹き出した。

「ふふ。面白かったなあ、ビィがヤクザもんを殺して回るの」

「我の殺戮がハイビスカス様に喜んでいただけたのなら何より。これからもたくさんお見せいたしましょう」

「うん、楽しみにしてるね」


 本気だ。これ、本気のやつだ。

 急に目の前の男の子が恐ろしく思えてきた。ハイビスカス様は可愛い男の子なんかではない。死を喜ぶ異形のものなのだ。


 私はふと、嫌な想像をしてしまった。

 ひょっとしたら、ヤクザもんは花を奪っていないかもしれない……?


 私は手近のハイビスカスの花を引っ張ってみた。やはり取れない。強引に引っ張ったところで、ハイビスカス様が、

「花が欲しいの? じゃあ、一輪だけあげる」と言い、その瞬間、ぶつんと枝が切れて、真っ赤な一輪が手に入った。

「やっぱり! ハイビスカス様の許可がないと、勝手に花は取れないんですね?」

「ふふ、そうだよ」

 花を枯らせたり咲かせたりがハイビスカス様の気持ちと関係しているのだから、花を切るのも同じなのではないかと思ったが、予想どおりだった。本人にしかできない……。

「ヤクザもんに花を奪われたのではなく、与えたんですね?」

 ハイビスカス様はにっこり微笑んだ。

「うん。だって退屈だったんだもの」

「いくら退屈だからって、ゾンビを不死ゾンビにしちゃうだなんて……」

 ハイビスカス様は私の手から花を取ると、私の髪に挿した。

「でも、そのおかげで倒せないゾンビの襲撃に困った島民たちは、ぼくのところに相談に来てくれたよ。だから、ぼくはアドバイスしてあげたんだ。「島外から来た人間に珠をお供えをさせて、封じられた男を解放し、その男にゾンビを倒してもらったらいいんじゃないかな」って。ぼくとしてはマインドを選定する必要はなかったんだけど、もしかして島民たちからぼくへの気遣いのつもりだったのかな。踊りを見せてくれてありがとう。面白かったよ。踊りを見せられたところで、実は何の意味もなかったけど。でも結果的にきみがマインドになってくれてよかったな。ビィも懐いているみたいだしね」


 ビィが吠えた。

「ああ、殺したくてうずうずする。マインドよ、我は一体いつまで我慢すればいいのだ。さすがにそろそろ限界ぞ。早く何か殺させろ」


 灰色の瞳が、凶暴にぎらついている。

 血に飢えた獣、それがビィの本性なのだ。


「本当はぼくも一緒に行きたいんだけど、ここから動けないんだ。だから、ビィを連れて、世界を旅してね。できるだけ治安の悪いところに行ってみてほしいな。ぼくはビィの目を通じてものを見ることができるように作られているから、離れていてもビィの殺戮を見ることができる」


 ハイビスカス様が笑う。とても愛らしく、邪悪に。

「ぼくは、ビィと同じ研究所で作られたんだよ」


 私は後ずさりしながら、鞄に手を入れて、スマホを探した。あった! そして、ゆっくりと口を開いた。

「マ……」

「マ?」

 ハイビスカス様が小首をかしげる。

「マインドは……」

 私は駆け出しながら叫んだ。

「マインドはただいまを持ちまして引退いたします~! ビィについては次にマインドになる人にお任せします。それじゃお疲れ~! もしもしロバタクシーですか、大至急お願いします!」

 やぶから飛び出してきたエリザベスに飛び乗り、私は港を目指した。面倒ごとはごめんだ。逃げるにかぎる。


 港に着くと、超特急で走ってくれたエリザベスにチップを払い、すぐさま渡船に乗り込んだ。


 追っ手は来ない。

 良かった、逃げ切れたようだ。


 出港の汽笛とともに、ゆらりと船が動き出す。私は船のデッキに出て、遠ざかる島を眺めた。


 さらば、南の島。

 さらば、殺戮のハイビスカス様。

 ビィも元気でね、ばいばい!


 さっきから私の隣に立っている人が、ビーチサンダル、エンゼルフィッシュ柄のハーフパンツ、マンゴスチンのイラストの入ったTシャツという格好のような気がするけど、まあ、たまたまだよね、うん。あんまりそっちは見ないようにしよう。


 めでたし、めでたし!!


<終わり>

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殺戮マンゴスチン ゴオルド @hasupalen

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