第6話 マインド、舞う

 いつの間にか姿を消したエリザベスというロバのかわりといっては失礼かもしれないが、私は腰まき男に抱きかかえられて、超高速で島の中央に運ばれていた。


「そなたは我の呼び方を気にしていたな。これからはビィと呼べ」

「びいびい弾だから、ビィ、というわけですね」

「そうだ。おまえはBが好きなのだろう? だから我にBB弾を供えた。だから、我はビィだ」

 違うんだけどなあ……。民宿のおばあさんからお供え用にもらっただけなんだけどなあ。


 ビィはどう考えても人間ではない驚異的な速度で、飛ぶように島を駆けていく。振り落とされないようしがみつくのに必死で、どこを通っているのか、あたりを見る余裕もなかった。

 数分後、ビィは足をとめた。


「さあ、ついたぞ。あれがハイビスカス様だ」


 顔を上げると、目の前にひらけた空間が広がっていた。ぽっかりと空いた何もない空間だ。ベンチもなければ自販機もないし、ゴミも落ちていない。本当に何もない。そんな空間をハイビスカスの木々が囲むように生え、赤や黄色、オレンジなどの鮮やかな花をぽつぽつとつけていた。


 その何もないだだっぴろい空き地の真ん中に、小さな男の子がいて、膝を抱くようにして白砂の地面に座っていた。


 耳の下あたりで切りそろえた髪は鮮やかな赤、瞳は南国の海を思わせるエメラルドグリーン。真っ白な貫頭衣はワンピースのよう。服に負けないほど白い頬には、涙のあとがついていた。


 私はそばに寄って、目線を同じにしようとしゃがみこんだ。

「あなたがハイビスカス様なのですか?」

 男の子は、こくんと頷いた。可愛い!

「なんで泣いていらっしゃるのか、聞いても?」

「ヤクザもんに花を取られちゃったんだ」

 ハイビスカス様は、あたりの木々を指さした。どれも綺麗な花をつけているけれど花数が少ない。緑の葉っぱ部分のほうが目立つ印象を受けた。


「なんでヤクザもんはハイビスカスを盗むんだろう……」

「美しいからであろう。何かを欲しいと思うのに、それ以外の理由なぞあるか」

 ビィはそう言うが、ゾンビってそんなにも美を追い求める存在だったっけ?

「ヤクザもんはね、勘違いしてるんだ」

「勘違い。ですか」

 男の子は涙をぬぐいながら頷いた。

「ヤクザもんっていうのは、海賊が溺死することで生まれるゾンビの一種なんだけど……」

 海のヤクザもんは、ナラズもんでもあり、アラクレもんでもあったのだ。

「でも、人がゾンビになっちゃうなんて、ちょっと可哀想でしょう。それで少しでも慰めになればと思って、ハイビスカスの花を見せてあげたの。でも、そのせいで彼らは勘違いしちゃったんだ。ぼくの花を身につければ、生き返れるって。そんなわけないのに。それで盗みにくるようになっちゃった」

 ビィが鼻を鳴らした。

「おろかなゾンビだ。しかし、ハイビスカス様の花には、不思議な力があるのは事実。この島はハイビスカス様の花が咲いているかぎり、台風が直撃することはない。守護の力が働いているのであろう」

「うん。守護の力は、花を身につけているヤクザもんにも及んでいるから、殺してもすぐに生き返ってしまうんだよ」

 そういえば、火に顔を突っ込んで皮膚が焼けたゾンビが、すぐに再生してたっけ。


「そのせいで島民たちは苦労しているの。ぼくがヤクザもんに花を見せたりしたせいで……」

 ハイビスカス様はまた泣き出してしまった。すると、周りのハイビスカスの花がみるみるしおれてきた。

「え、ちょっと、花が……花がしおれたらまずいんじゃないの?」

 台風情報を見ていないからわからないけど、もしも台風が近くにいたら上陸しちゃうのでは。この島の民家は、わりともろそうな建て付けのものばかりだったから、台風がくるとかなり危険だ。

「な、泣かないで……」

「そのためのマインドであろう」

 ビィに言われて、はっと思い出した。そうだった、私は踊ってハイビスカス様を慰めるのが役目なんだった。それで民宿の追加料金がただになるのだ。


「で、では、私、マインドが舞を披露いたします」


 二人の目に見つめられて、ちょっと照れつつ、私は渾身の舞を披露した。舞台を広く使って、四肢を大きく動かすという、民宿のおばあさんからのアドバイスを思い出して、海流にもまれる海藻になったつもりで舞を踊った。


 私はワカメ……、黒潮に乗ったワカメなのよ……。


「うむ、うむ……、我が思っていた舞とはだいぶ違うが、そなたらしくて良い」

「うふふ、お姉さん、面白いね」

 予想外の感想をいただき困惑したが、ハイビスカス様が笑顔になってくれたのは良かった。


 それなのに、なぜか周囲のハイビスカスの花は、一斉に枯れてしまった。

「どうして!」

 ワカメの舞がいけなかったの!?

「だいじょうぶだよ」

 ハイビスカス様は首をちょこんとかしげて微笑んだ。

「今咲いているのを全部枯らして、パワーをよそに集中させただけだから。ほら」

 指さされたほうを見ると、小さなつぼみがたくさんついていた。

「新しいつぼみをつけるのってパワーが要るから、ずっとできなかったんだけど、マインドのおかげで、次の花を咲かせられるよ。ありがとう」

 おお、私、大手柄なのでは。

「今咲いているのは全て枯らした……ということは、ヤクザもんが頭に刺しているハイビスカスも全て枯れたわけか。つまりやつらを殲滅する好機。ゆくぞマインド!」

「ええ~、私も?」



 まあ、そんなこんなで。


 ビィとともに、守護の消えたヤクザもんたちを全滅させ、ハイビスカス様に笑顔を取り戻した私は、英雄として島民たちから崇められた。

 これでもう台風が島を直撃するかもしれないと不安になることはないし、ゾンビに襲われることもない。島民たちは私に感謝してもしきれないだろう。

 そのわりには民宿代はきっちり取られて、ロバタクシー代も払ったままで返金の申し出もないし、あまり崇められている感じがしないのだが、美味しい料理やフルーツを無料で食べさせてもらったので、まあいいかと思っている。ビィも一緒にお魚を食べて嬉しそうだった。



 ちなみにビィが手から発射するレーザービームだけれど、あれはBB弾だそうだ。今回の討伐で100発ほど使ったから、あと900発は撃てるらしい。ビィは撃ちたくてうずうずしているようだ。そのせいで、たとえば私が誰かに文句を言うと、「このウニの瓶詰め、1万円は高くないですか?」などとお土産物屋さんで言い、お土産物屋さんが「はあ? 相場より安いが? 世間知らずか?」などと言い返してきて、私がむっとすると、「よし、こやつを撃ってやろう」などと言い出すので、とめるのが大変なのだ。


 ビィってもしかして、解き放ったらヤバイ人だったのかも? ああもうだからBB弾1000発パックなんて多すぎたんだよ、何が「弾は多いほうがいい」なのよ、民宿のおばあさんよ。


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