第5話 ロバとゾンビとレーザービーム


 男は追ってこないようだ。私をマインド失格だと思っているのかもしれない。ほっとした。

 なんかようわからんけど人外の戦いに巻き込まれそうな気配なので、もう島を出たほうが良さそうだ。民宿代を前払いしていることだけが心残りだが、人生には損切りも必要なのだ。



 私は島外周の砂利道まで来ると、走るのをやめ、早足で港に向かいながらロバタクシーに電話をかけてみた。

「もしもしぃ?」

 若い女性の声だった。

「あっ、ロバタクシーさんですか? 急いでいるんですけど、今すぐ乗せてもらえませんか」

 あの男の気が変わらないうちに、島から出たい。

「今すぐぅ? ちょっと待って。聞いてみるから」

 電話口から離れたのだろう、遠くから声がする。

「かずっち、行ける? 無理ぃ? じゃあクニちゃんは? エリザベス……あれ? どこ行った?」

 しばらく沈黙。

 ややあって、

「悪いけど、きょうはダメみたい」

 と非情な声が返ってきた。

「そうですか……残念です。特別料金を払ってもいいから、来てほしかった……」

 電話を切った次の瞬間、やぶから一頭の馬が飛び出してきた。首に「エリザベス」と書かれた木札をさげ、たすきを首に掛けている。たすきには、「プレミアム商品券つかえます」と、でかでかと書いてあった。この子は、ロバタクシーの子なのだろうか。ということは、馬ではなくてロバ? 子供のころに動物園で見たロバよりだいぶ大きい。


 エリザベスは私の顔に鼻息を吹きかけてきた。

「これは……乗ってもいいよってことかな」

 エリザベスは頷いた。

「特別料金で?」

 エリザベスは何度も頷いて、鞍についた革袋を、顎で示した。ここにお金を入れろということらしい。

 そういうわけで私は特別料金を現金で支払い、エリザベスに乗って港を目指したのだった。




「ヤクザもんが来たぞ! 方角は西南西、フォーメーションCだ! ヤシ爆弾用意!」

 港は戦闘状態だった。

 以前見た閑散とした雰囲気はどこへやら、島のどこにこれほどの人数がいたのだと不思議に思うぐらいの多くの島民たちが出てきており、戦列を組んで海に向かって槍や矛を突き出してる。ほかにも網を片付けに走る者、船と港を結ぶロープを確認する者、干しているイカの干物を倉庫にしまう者などで、港は大騒ぎだった。


 エリザベスからおりて、私は海の方を見た。遠くの水面で激しくしぶきがあがっているのが見えた。沖合から港に向かって泳いでいる集団がいるのだ。

「あれがヤクザもん……っていうか、ゾンビ?」

 赤黒い肌と、ところどころ皮膚が敗れた姿は、ゾンビそのものだった。ぱっと見た感じ、100人ぐらいはいそうだ。この島は今、ゾンビの総攻撃を受けているのだ。

「っていうか、ゾンビってクロールで泳ぐんだ! 知らなかった」

 美しいクロールのフォームで水をかきながら、かなりの速度でゾンビ集団はこの島に向かっていた。県大会では厳しいけど、市の大会なら表彰台を目指せそうな速さである。

 ヤクザもんとは泳ぎが得意なゾンビのことなのだろうか?


「ヤシ爆弾、うてー!」

 防波堤のところで槍を構えている漁師さんらしきおじさんが叫ぶと、ココナッツの殻でできた爆弾が次々に海に投げ込まれた。着水すると同時に爆散し、いくらかゾンビの頭にダメージを与えたようだ。

 しかし、ほとんどのゾンビは潜水して爆弾をよけてしまった。


「くそ、もうすぐ来るぞ。皆、構えー!」

 おじさんが叫ぶのに合わせて、皆さん槍やら棒やらを構えて、ゾンビが浮上するのに備えた。

「噛まれるなよ、噛まれたら感染してゾンビになっちまうからな! 距離をたもて!」


 どうしよう。私はどうしたらいいのか。

 逃げるべきなのだろうけれど、このタイミングで自分だけ逃げるのはどうなのか。

 かといって何か役立つことができるでもなく。

 どうしよう、どうしようとパニックになっていたら、ゾンビが防波堤すぐ近くの海面に顔を出した。

 幸いこの付近には漁船はとまっていないし、階段は鉄板で封鎖されているから、ゾンビがよじ登れそうなものは何もない……と思ったのに、ゾンビはゾンビを足場にして、防波堤をよじのぼろうとし始めた。漁師さんたちは、それを槍で突いて妨害している。


 そのとき誰かがココナッツ爆弾を投げた。ひゅーんと弧を描いた丸いココナッツは、海面に顔を出したゾンビに直撃し、ゾンビの頭部は炎に包まれた。皮膚がみるみる解け、頭につけたハイビスカスの花も焼け縮れる。しかし、あっという間に皮膚も花も再生して、元に戻ってしまった。どういう原理だろう。


 よく見てみたら、ゾンビはみんな頭にハイビスカスを刺していた。髪に挿すのではなくて、頭皮に直接突き刺しているようだ。泳いでも取れないということは、頭に縫い付けているのかもしれない。

「あれが……ハワイアンパブのお嬢さんたちなの……?」

 民宿のおばあさんが私に語ったことは、今となっては何が本当で何が嘘なのかわからないが、頭にハイビスカスをさすお嬢さん? がいることは事実のようだった。


 ということは、彼らの目的は、またハイビスカスの花を盗むことなのだろうか?


「ゾンビがなぜハイビスカスに執着するんだろう……」

「ハイビスカス様の花は特別だからだ」

 気づけば、隣に腰まき男がいた。

「あ、あなた!?」

「マインドが、我から逃げられると思うなよ」

 灰色の瞳を細めて、低く笑った。しかし邪悪な感じはしなかった。やんごとないイントネーションのせいだろうか。


「ダメだ、上陸された! みんな逃げろー!」

 島民たちはちりじりに逃げ出していく。

 ゾンビは泳ぐのは速かったが、陸にあがると動きが鈍かった。これは余裕で逃げ切れそうだ。私も漁師さんたちを追いかけるようにして走り出したところを、男に捕らえられてしまった。

「どこに行く。そなたと我の戦場はここぞ」

「無理です! 私はゾンビと戦うなんて……」

 男は片手に私を抱え直すと、もう片手をゾンビのほうに突き出し……手のひらからオレンジ色の光線を発射した!

「うっそ、レーザービームが打てるの!?」

 衝撃的である。被験者として長年閉じ込められていたという話だし、普通の人間ではないんだろうなとは思っていたが、手から飛び道具が、それもレーザー光線が出るとは予想外だった。ゾンビも同感だったようで、みな慌てて海に戻っていった。レーザーが命中して体の右半分がなくなったゾンビも、よたよたと海に飛び込み、片手だけのクロールで沖へ逃げていく。


「やはり珠だけでは倒すことができぬ。ハイビスカス様の協力が要るな……」


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