エピローグ

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 オレは暗い世界にいた。


 ――ひどく寒い。

 死んだか。


 しかし、たいした感慨はなかった。

 やりきったという気持ちのほうが大きい。


 レイラやリケル、彼らを置いて先に逝くのは、確かに残念に思う。しかし、どのみちオレのほうが早く逝く。それが少し早まった、それだけだ。


 それよりも、彼らのために、彼らが生きる世界を遺せた。

 ……そうだ、オレが後生大事に残り少ない自分の命を抱えるより、こっちのほうがずっと、ずっと大事なことだ。


「――?」


 俺の手に触れる、温かいもの。

 振り返ると、そこに彼女が、顔を伏せたガラテアがいた。


「見送りにでも来てくれたのか?」


「……バカ!」


「すまん、つい勢いでやってしまった」


「どん」と胸に衝撃を感じる。

 彼女が俺の胸に顔を伏せてまま埋めていた。


「何で、貴方が、貴方みたいな人から消えてしまうんです――ッ!」


「……」


 俺は何も言えなかった。


「私は迷ってました……本当に、貴方をこんな事に使って良いのか。でも、貴方はすべてを知った上で、それで良いと言う。それが、それが――」


「ガラテア……」


「私の迷いは、貴方が思うものより自分勝手なものです」


「レヴィンを、貴方を失ってまで、この世界を残す価値はあるのか? 

――私の中で生まれた迷いはそういったものです」


「買いかぶりすぎた。おれは意地汚い、ただのオッサンだよ」


「……いえ、そんな事はありません」


「私は、あなたを、死なせません!!」

「僕は、あなたを、死なせません!!」


 胸に沈めていた顔を持ち上げ、叫ぶガラテアの声に重なって、リケルの顔が俺の瞳に映った。彼は俺の腹に布を巻き、必死に血を止めている。


 ――ああ、そう、手順をちゃんと覚えていたんだな。

 彼にはこのやり方を教えていたっけ。

 荷物の詰め方も知らない彼らに、オレは簡単に応急手当の方法を教えていた。


 それが今になってきるとは。


(……ガラテア?)


 オレはリケルの手越しに、彼女の姿を認めた。 

 兜の奥の優しい光、目の光が消えている。オレを救うために、何かしたのか?

 馬鹿な娘だ。本当に、馬鹿な事を――。


「止まった、これできっと大丈夫……帰りましょう、レヴィンさん」


「あ、あぁ……」

 




 ――数カ月後


 遺跡の奥底から生還した後、オレはリケルに破壊されたテルマエの修繕を頼み、自分はのうのうと治療に専念していた。


「よっこいせ」


 あの時の戦いで負った腰の怪我のせいで、もはや杖が手放せない。

 もう名実ともに、完璧なジジイだ。まったくやんなるね。


 さて、冬を超える間に国境の戦いの行方がどうなるか?

 オレはそれを気にかけていたが、意外なことに、両者とも動きはなかった。


 どうにも、戦いどころではなくなったようだ。

 ゲルリッヒが失踪した此方こちらはもちろん、敵方もゴーレムの襲撃で相当な痛手を受けたらしく、迂闊に手は出せないといった感じだった。


 あれだけ大騒ぎして、結局何もかもが宙ぶらりんのままだ。

 しかしそのうち、街を治めるために、中央から新しい貴族がやってくるだろう。


 そうなれば春から夏にかけて、戦が起きるかもしれない。

 その時には、ここも戦場になるかもしれないな。


 オレは大きなため息をつくと、修繕の進んだテルマエの中を歩く。

 オネイロイとの戦いで、何もかもがひどいことになったが、リケルたちの努力で、浴槽も復活した。杖を使って一人で歩けるのも、これの湯治のおかげだ。


 オレは石床を歩いて、それの目の前に立った。

 古代の王国の王と、その娘を描いたモザイク画の前だ。


 真っ二つに割れて、ひどいことになったモザイク画は、根気よく散らばったタイルを探して修繕した。ひび割れた中央だけはどうにもならなかったので、そこには新しく冴えないオッサンが描かれることになった。


 気を利かせたつもりなんだろうが、どうにも気恥ずかしい。


 オレはモザイク画を見る。

 ガラテアはオレを遺して、逝ってしまった。

 ゴーレムに命を宿らせる方法があるなら、人にそれを宿らせる方法もあったのだろう。彼女はきっとそれをオレに使ったのだ。


 勝手な思い込みだが、オレは、のこるべきは彼女だったと思う。

 だが何かまだ、彼女とのつながりを感じる。

 体が動くなら、もう一度あそこへ潜ってみようと思う。


「――痛ッ」


 だいぶマシになったとは言え、まだ痛みは残る。

 俺は夢見草をとり出しそれを噛む。


「え?」


 その瞬間だった。

 俺の脳裏に青い光が見え、星空が目に入った。

 この場所は……間違いない。


「……ったく、寝ぼすけめ」




 それから数年後、この国が隣国との戦争になった時だ。

 何処からともなく現れた銀色の巨大な騎士が、戦いに割って入ったという。

 その騎士は両軍の戦いを槍を振るいいさめると、何処かへ去った。


 それからというもの、この国の各地に銀騎士の物語が残る事になった。


 ある時、銀騎士は湖の底より現れた、偽りの神の像を封印した。またある時は、地の獄からあふれ出た異形を封じたという。


 興味のあるものは、この物語の始まりとなった街にある「クズ拾いの腰掛け」へ向かうとよいだろう。そこには大きく欠けた、とても人の身では扱えぬ斧が飾ってあるという。


 いつからか、その斧に触れると、武運が上がると噂されるようになった。

 それで願掛けに、異国からも戦士たちが触れにやってくるという。


 街の名はなんというか、だって?

 はて、随分昔のことだから、オレも忘れてしまったよ。


 ひねり出したいのは山々だが……だめだ。

 この年になるとどうも名前というのが出てこなくてね。


 わるいわるい、だが、あまり年寄りに無理は言わんでくれ。

 じゃあな、若いの。

 そこの杖を取ってくれ、あんたと話せて、楽しかったよ。

 


 <おしまい>

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オッサン、世界最後のゴーレムで大地に立つ。 ねくろん@カクヨム @nechron_kkym

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