5-5 回答

 


 環と別れ、守たちは会話もなく、ただ静かに家路を歩く。

 大活躍だった自転車も、今日はもう、乗る気にはならなかった。そんな自転車を押しながら、守はちらりと隣に目を向ける。するとその視線に気が付いた天と、パチリと目が合わさった。

「……」

 だが実際に面と向かってしまうと、どう話を切り出せばいいのか分からない。

 そんな気まずさを紛らすように、守は「えっと…」だとか「その…」だとか、その場しのぎの言葉を紡いでゆく。

 それでも守には、どうしても彼に聞きたいことがあった。

「ねぇ天さん…」

 やがて守は勇気を振り絞り、天の目を見て話しかける。すると彼は、いつもの穏やかな表情で相槌をくれる。

「うん?」

「……天さん!」

 その優しい雰囲気に背中を押され、守はようやくを口にできた。

「前にも俺と、会ったことないかな?十年くらい前の夏に…さ…?」

 緊張

 期待

 信頼

 不安

 好奇心

 そんなさまざまな感情が入り混じる心を抱えて、守は天の顔を見上げる。

「……さぁ、どうでしょうか?」

 しかし彼から返ってきたのは、そんな曖昧な、いつもの言葉だった。それは守の求める『答え』とは、程遠いもののように感じる。

 それでも、そう言った天の表情は晴れやかだった。いつも答えをはぐらかす時の、困ったそれとはまるで違う。それどころか、とても嬉しそうだった。

「はは、そっか…」

 そんな彼の笑顔を見られて、守はそれだけで十分だった。結局のところ、守は天に甘いのだ。

 その時が来るまで待つとしよう。彼ならばいつかきっと、真実を話してくれるだろうから。

 だからひとつだけ。

 まずは自分から、こんな話を天に送ろう…

「俺の地元では、を育てちゃいけないんですよ」

「…ん?」

 唐突に始まったその話題に、天は思わず首を傾げる。

 そんな彼の反応にクスっと笑うと、守は緊張が解けたように、そのまま話を続ける。

「昔からある、言い伝えみたいなものなんです。それが俺の生まれ育った所では、『そら豆を育ててはいけない』ってやつなんです。育てると災いが起こるって。

 これは地元の人だったら誰でも知ってて、特に、昔から住んでるお年寄りなんかは、絶対に守ってました。…まぁ実際のところ、みんなが皆、その言い伝えを信じてるわけでは無かったですけどね?俺も含め。

 だって、何だそれ?って感じじゃないですか?『災い』って言われても、なんかざっくりしてるし。しかも育てちゃダメだけど、買って食べるのはオーケーなんですよ?意味分かんないですよね?

 …まぁでも、言うても『そら豆』ですからね。わざわざ言い伝えを無視してまで、育てる人はいなかったです。メジャーな野菜じゃないし、毎日欠かさず食べたいものでも無いですからね。これが玉ねぎとかじゃがいもとかだったら、話は変わってきそうですけど」

 古くからある田舎街いなかまちならば、伝承のようなものが一つや二つあってもおかしくない。それでも何故、その伝承が生まれ、今でも受け継がれているのか。なんとも不思議な事だ。

 今回の事に当てはめると、どうして『そら豆』なのか。そこが重要だろう。

 そんな疑問を頭に浮かべながら、天は守の話を静かに聞いていた。するとタイミング良く、守の口からはその重要な鍵となる言葉が飛びたした。

「そら豆の実って、空に向かってなるでしょ?だから普通、漢字で書くと空の豆で『空豆』。あと、中身がかいこまゆみたいだから『蚕豆』とも書きますよね。

 でも俺の地元では、そら豆は天の豆…『天豆』って書くんですよ。それこそが、育てちゃダメな理由!」

 そう言い切った守は、さも「これで解決!」という笑顔をしている。だが一方で、天の頭には、未だ疑問が残っていた。

の豆だと、ダメなのですか?」

 天はその疑問を素直に尋ねた。

 すると守は待ってましたとばかりにニッと笑ってみせる。

「俺の地元にはもう一つ、言い伝えがあるんですよ。『がこの土地を守っている』っていうね?」

「……」

 それを聞いた天は、少し驚いた様子で守と視線を交わす。そんな天に対し、守は穏やかに天狗の物語を紡いでゆく。

「俺の地元には小さな神社があって、その近くには滝があるんです。なんでもその滝は、ずーっと昔に、神社の神主の願いを叶えるために、彼を慕っていた天狗が山を削って作ったものらしくて。

 今はもう、その神社は無人なんですけど、滝は変わらず流れ続けています。そこから見える朝日が最高に綺麗で、ちょっとした名所って感じになってます!

 そんな、この土地を守ってくれる天狗様。

 天狗は空を舞う。

 空に向かって実をつけるそら豆、だから俺の地元では、そら豆をの豆、『天豆』と書く。

 そして何より、この土地の天狗は、そら豆が大好物なんだとか。

 故にそら豆は神聖な食物で、人が容易に育ててはいけないもの。

 …そう、昔の人は考えた。

 それが今でもずっと残ってるんだから、ほんと、すごい事ですよね?」

 何百年も昔から、地元で語り継がれる物語。

 それを今、自分が口にしていることが、何とも感慨深かった。

「…と言っても、これは俺が小学生の頃に、近所のおじいさんに聞いた話だから、内容はうろ覚えなんですけどね?」

「……」

 そんな幼少期を思い浮かべながら、守は懐かしそうにそう語る。それを天は、ただ静かに見守っている。

「まぁつまり、何が言いたかったかというと、…俺は昔から、天狗はいると思ってました。別に妖怪がどうのとかではなくて、ただ、天狗だけは、絶対にいると信じてたんですよ。だって…、だってあの時も……」

 その続きを、守は口にしなかった。

 けれどその代わりに、ニコリと笑い、こう尋ねる。

「天さんは『そら豆』、好きですか?」

「…そら豆…ですか?」

 その問いが意外だったのか、天は一瞬キョトンとした。

 だがすぐに、こう答える。

「はい、好きです。おそらく一番…」

 その答えを聞けて、守は心の底から満足だった。

「そっか、だよね!」

 結局、守の知りたかった真相は分からず終いだった。

 けれど心は弾んでいる。

 だってあのとき、9歳の自分が下した回答こたえは、きっと正しかった。

 そう、思ったのだ。



「お帰り」

「おかえりー!わ、なんか守いっぱい汚れてる!」

「お前ってやつは…。何でバイトの度にそうなるんだよ?」

 家に帰ると、こうして今日も、藤と水が出迎えてくれる。

「ただいま!」

 そして散々駆け巡り、ところどころ汚れている守の姿に、彼らはパタパタと心配そうに駆け寄ってくる。

「大丈夫?」

「怪我とかしてねーか?」

「うん、大丈夫だよ。だって……」

 そんな彼らに、守は笑ってこう答えるのだった。



天狗天さんが助けてくれたんだ」















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百鬼夜行、回収します! 青山 菜緒 @pechino

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