トロピカル因習アイランド コロスコロス様の謎を追え

@aloecandle

第1話

気温28.7度。湿度18%。

太陽の熱気がかんかんと照りつける先には

ハワイやグアムといった一級リゾート地を

彷彿とさせる島国、イリスィオ島があった。

どこまでも広がる青く透き通った海、

所狭しと咲き乱れるハイビスカスに

家よりも高いヤシの木。ビーチは

大勢の人で盛り上がっている。まさしく

南の楽園。


「うわ、やっぱりこの眩しさには

慣れなそうだな……」


多くの人々が自由を満喫する

そのイリスィオ島で、

憂鬱そうに目を覚ます女性がここに1人。


安いモーテルの一室、隙間だらけの

ブラインドから差した日光によって

無理やり起こされたその女性は

めんどくさそうに身を起こし

ノソノソとベッドから立ち上がると、

そのままベッドのシーツをピシッと

直し始めた。ほんの少しのシワも残さず、

きっちりと伸ばす。

いくら安いモーテルとは

いえベッドメイキングくらいは

してくれるのだが、彼女は几帳面で

神経質な性格なのだ。


「これでよし。と。」


完璧なベッドメイキングを終えた彼女は

肩をくすぐる程度の長さの黒髪を

櫛でとかしていく。


「トロピカル因習アイランド、

今日こそはいい記事になりそうな

ネタがあればいいな……」


彼女の名前は柏木若菜。

21歳になる日本人の女性で、

一流のネット記者を目指して

日夜ネタを探す三流記者だ。

彼女の言う”トロピカル因習アイランド”とは

イリスィオ島につけられた

呼び名。最近有名SNSでバズった

このワードに酷似した文化を持つ

島があると話題になり、今

イリスィオ島はかつてない観光スポットと

化している。

若菜もその観光客の1人であり、

自分の書くブログ記事のいいネタが

あればと思いこの地にやって来たのだ。


「はぁ……や、やっぱりまだ

恥ずかしいな……」


若菜は鏡の前で赤面する。彼女が

着ていたのはアロハシャツでも

無ければ持ってきた私服でもない、

”水着”だった。


若菜がこの島に来てからすでに

3日が経過している。そして

初めて若菜が島に来た日、取材を

行おうとした若菜と話してくれる

島の住民は1人もいなかった。

全く予想していなかった事態に

困惑する若菜だったが、周りの

人を見てようやく察した。

服を着ていたのは自分だけで、

他の住民はみな水着か裸であったのだ。

若菜はしぶしぶ持ってきた水着の

上に薄いパーカーを羽織りもう一度

住民に話しかけると、ようやく

住民は口を開いた。


「ようやく理解したみたい

デスねーーーい!!!!

イリスィオ島は”開放”の島!!!

自分を縛り付ける全部とおさらばして、

開放感マックス!!自分の全てを

曝け出すのデス!!逆に服を着ている

やつは自分のことを隠している

よそもの!!話すことはナッシング!!

お嬢ちゃんが上に羽織ってる

パーカーもグレーゾーンデスがぁ

パーカーの下に見えるステキな鼠蹊部に

免じて会話してあげましょー!!!!」


「そけ、なっ……!?い、いえ……はい。

ではよろしくお願いします。」


初対面の人間にいきなり鼠蹊部を褒められ

困惑と羞恥で一瞬言葉を詰まらせる

若菜だったが、なんとか現地の住民に

インタビューすることに成功した。


「因習デスかぁ、話題になったのは

嬉しいデスが、実際のところワタシも

あんまりピンと来ていませーん。

昔はあったとか、そういうのも

聞いたことないデスし

生贄を捧げるなんて話も記憶に

ありませーん。アナタみたいなのが

喜びそうな話なんてそんなに

ないと思いマース。」


「そうですか……」


その後、15分ほど話を聞くも

ここはヤシの実が上から落ちてきて死ぬ

奴が世界で一番地域だ、とか

事故死率や自殺率が意外と高いだとか

大した記事にならそうな情報ばかりで、

時間だけが過ぎていった。


そして2日目の調査も

不発に終わり、今に至る。


「トロピカル料理は美味しいけど、

ネタになりそうな情報は何もない……

今日も不発だったら帰ろうかな……」


若菜が海岸沿いをブツブツ言いながら

歩いていたその時、


ブーーーーーーーーッッッッ!!!!


車のクラクションが若菜のすぐ横を

すごいスピードで通り過ぎていった。


「この水着パーカー女!!!

死にてえのか!!!」


「す、すいません!!」


クラクションを鳴らしたオープンカーの

運転手は激昂しながら走り去っていった。

考えごとをしながら歩いていたら、

いつの間にか道路を横切ってしまっていた

らしい。若菜は冷や汗をかきながら

最悪の事態にならなかったことに安堵した。


ギリギリで命拾いした若菜がふと

海岸に目をやると、何やら見覚えのある

人物がサーフィンをしているのが見えた。

小麦色に焼けた肌に、オールバック風に

まとめて後ろ髪を少し結んだ金髪が

潮風に揺れる。


「あれは、グレート津上さん!?!??」


グレート津上。かつては考古学の

教授を務め、その後色々あって

戦場カメラマンに転職。今は

小説家として活動しているという

異例の経歴を持つカリスマ小説家で、

この前出版した

『カニVSザリガニ』は累計

1200万部を売り上げる大ベストセラーと

なった。そんな、自分とは異なる

成功者で小説家の津上なら何か

特ダネを知っているかもしれない。

若菜は急いでビーチに走っていった。


「水着にパーカーだって?あんた

この島の人間じゃないな。俺と

同じよそものってわけか。」


「は、はい……まだ恥ずかしくて……」


若菜はなんとかグレート津上と

コンタクトを取ることに成功した。

だが元戦場カメラマンだからなのか、

水着でムキムキボディが露わに

なっているからか、写真よりもかなり

激しい威圧感を与えてくる

津上に若菜はひどく緊張していた。


「トロピカル因習アイランドなんて

言うからさぞかし小説のネタに

なりそうだと思って来てみたはいいものの、

因習なんて呼べるのはせいぜい

崖から水面に飛び降りる成人の儀式

くらいであとはキャンプファイヤーだの

ダンス対決だのよくあるイベント

だらけ。期待はずれもいいところだ。

それっぽい石像をハンマーで

壊して回ったり、遺跡で小便したり

祠に落書きなんかしたりしてみたが、

祟りや呪いみたいな面白い

イベントは何も起きなかった。それで

今は気分転換にサーフィンやってんのさ。」


「ほ、本当に破天荒な方なんですね……」


「おうとも。まともな感性のやつには

まともな作品しか書けないんだぜ。

そうそう、作品で思い出したが、

図書館で見つけた本で一つだけ

気になるのがあったぜ。

コロスコロス様って話なんだけどな。」


「コロスコロス様……?」


「あぁ、立ち話もなんだしあそこの

食堂で話そうや。トロピカル料理が

絶品なんだぜ。」


「トロピカル料理……!!確かに

この島のフルーツ料理はみんな

美味しいです!!」


2人は海の近くにあった、地元では

名店として知られている

レストランに場所を移した。

もちろん名物はトロピカル料理。

だが取材中に爆食いするわけには

いかないので、

若菜はパイナップルのジュースを頼む。


「コロスコロス様ってのは、この島に

かつていたとされる神様のことだ。

かつてこの島は作物が育たず飢えて

死ぬだけの島だった。だがそんな

ときコロスコロス様が現れて、

島人に一つ果実を授けた。島人がそれを

植えると、果実は瞬く間に育ち

この島を美味い果実で満たした。

そしてこう言った。

『生贄を出せ。生贄を出せ。』と。」


「生贄……!ようやく因習っぽい

ワードが出てきましたね!!」


「そう思うだろ?でもそれだけさ。

生贄を捧げる儀式だとか

生贄がどんな衣装を着ていたか、

性別はどうなのか。何一つとして

情報は出てこなかった。八方塞がりさ。」


「そんな……」


「だが俺はもう一つ気づいた。

島の人間を見て

外見の違和感を感じなかったか?」


「外見の違和感、ですか……?」


「お前、記者かなんかみたいだが

随分とカンが鈍いな。年齢って言えば

ピンと来るか?」


「年齢……あっ!!確かに

若い人が多すぎるような……!!」


「そうだ。ここみたいなビーチなら

ともかく、この島全体を見ても

若者の割合が異常なほどに多い。

というか年寄りがいなさ過ぎる。

そこで不思議に思った俺はこの島の

平均寿命を調べるとなんと……

25歳であることが判明した。

この島の住民は20〜30代以上

生きられず大体死ぬ。病気とか

じゃない。なんか事故死とか、

そういうのが多い。」


「事故死ですか……それなら

原因を探るのは難しいですね……」


「あぁ、だが俺はこれが

コロスコロス様に繋がる重要な……」


津上が言いかけたそのとき、食堂に

設置されたテレビからニュースが流れた。


「緊急ニュースです!!

ビーチで遊んでいた男性がサメに

食い殺されました!!」


「ぶっっ!!」


若菜は思わず口に含んだパイナップル

ジュースを吹き出した。


「え!?このビーチ、さっき

津上さんがサーフィンしてた

ビーチじゃないですか!!!!!」


「ん?いきなりどうしたんだ。

あのビーチにサメが出るなんて

知ってて………あれ……?よく考えたら

なんで俺はサメがいると

分かってるビーチでサーフィン

なんてしてたんだろうな。

いや、今はそんなことどうでもいい。

とにかくコロスコロス様だ。

まだ手がかりは得られていないが、

きっと見つかるはずだ。

あんたも何か分かったら俺に

話してくれ。ここまで話して

やったんだ、抜け駆けはなしだからな。」


津上はそう言うと、再びビーチの方に

去っていった。


レストランから帰路につく途中、

若菜はネズミが果実を齧っているのを

見かけた。ネズミの背後からは

ゆっくりと猫が近づいてくるが、

ネズミは知らぬ顔で果実を齧り続ける。

さらに近づいても、まだ齧り続ける。

そしてネズミはようやく猫の存在に気づき

後ろを振り返るも、特に慌てる様子もなく

再び果実を口にしようとしたその時、

ネズミは猫に食われた。

猫という『死』を前にして、ネズミは

逃げることもなくあっさりと

食い殺されたのだ。



「トキソプラズマ……」


若菜は小さく、そう呟いた。


「いや、まさか……まさかそんな!!」


以前見たことがある。

トキソプラズマとは、寄生型の

単細胞微生物だ。これに寄生されると、

先程のネズミのように

『死』に対する危機感や恐怖感、

警戒心といったものが極端に薄れる

状態になる。また、反射神経が鈍く

なったりリスクを恐れなくなる。

最近では高層ビルで命懸けの

パフォーマンスを行うパフォーマーや

スカイジャンパーなど危険な行為を

恐れずに行うことが出来る人間は

トキソプラズマの影響によるものなのでは

という研究が出るほどだ。

トキソプラズマは基本的に動物に

寄生する微生物だ。だが、それがもし。

果実にも寄生出来たなら。


「あっ……あっ………」


若菜の心臓がバクバクと激しい音を立てる。


「私が轢かれそうになったのも……

津上さんがあんな場所でサーフィン

してたのも……ぜんぶ……全部!!!」


なぜ、この島の平均寿命はそれほど

までに短いのか。


なぜ、事故率がそれほどまでに高いのか。


なぜ、コロスコロス様に生贄を捧げるような

”因習”が存在していなかったのか。





ーーーーー因習など、必要なかったからだ。


生贄の儀式を用意する必要はない。

何故なら勝手に死んでくれるから。


コロスコロス様は生贄を必要と

しなかった訳ではない。

コロスコロス様が与えた極上の果実を

口にした者は、その時点で生贄の候補と

なる。そして恐怖や不安といった

感情を忘れ去り、”あり得ない不注意”で

その命を終える。その魂を食らう。

そして若菜は、この島に来てすでに

何度もトロピカル料理を食べていた。


「逃げなきゃ……早くこの島から

逃げなきゃ……!!!」


若菜は血相を変えて船出の時刻を調べるも

すでに夕暮れ。この時間帯に出る

船はなく、明日の朝まで待たなくては

ならない。若菜は怯え、震えた足取りで

なんとかモーテルへと帰ることが出来た。


「怖い……!!怖い……!!!!!」


歯をガチガチと鳴らして、

薄っぺらい掛け布団を顔まで掛け

若菜は泣き続けた。

そして、朝がやってきた。




「あーー!よく寝た!!今日も

太陽が眩しいなぁ!!

今日こそいいネタに会えますように!!」


若菜は起きるや否や

勢いよくモーテルを飛び出していった。


”昨日まで”着ていた水着と

パーカーは、畳まれていない

ぐちゃぐちゃのベッドシーツの上に

無造作に投げ捨てられていた。

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