あの峠
Ss
第1話
12月、雪がしんしんと降る夜。
路線バスの最終便は残り一往復のみとなった。
田舎の山間部を走る路線バスで雪が降っており夜9時を回ったせいか客は乗っていなかった。
このバスは市街地を出て15キロ離れた山の中の集落まで行って折り返すバスである。
運転手佐藤は運転手歴20年のベテランであるがこのバスを運転するはずだった人が風邪をひき休んでしまったために急遽運転することになった一人であった。
運転手佐藤は明日から休みをもらっているせいか、上機嫌で引き受けてくれた。
「発進します。手すりにお捕まりください」
佐藤しかいない車内に音声がなった。
バス停に客がおらず、スリップに気を付けながら車の少ない道を盆地の市街地から田園地帯の方へ早く早く抜けていった。
(客がゼロのバスは落ち着かないな、次のバス停もゼロか…)などと思っていると、押しボタン式の信号に赤信号がついていた。
田舎のこの時間に誰が渡るのかと思っていると誰も渡らないし周りに人すら見当たらない。
なんなら田んぼのど真ん中であるのは数基の墓だけである。
(故障か、事務所に帰ったときに連絡しておこう)
と思いつつ青になったのでアクセルを踏んだ。
「次は、東山寺、東山寺です。お降りの方はボタンを押してください」
佐藤しかいないはずの車内に音声がなったときだった。
「次、止まります」
背筋が凍る感覚がした。
(!!!)
佐藤は驚いてブレーキを踏んだ。
佐藤の手にはハンドルの痕が付いていた。
そして乗客がいるのかを確認するため車内を一周したが誰もいなかった。
この車両は型式が古くどこかがおかしくなったのだろうと結論づけた。
(なんだよ脅かしやがって。)
はぁー、とため息をつきながらルームミラーをみてみると、一番奥の右端に白い服を着た顔の見えない人影があった。
はぁ?、と思わず口にだし後ろを見たがそこにはやはりいない。
しかし、ミラーのなかにはそれが確実にいるのである。
ブレーキをかけようと踏んだが一向に速度が下がらない。
「なんだ」
そして照明がトンネルに入ったと同時に消えてついたと思うとそれが一席手前に座っている。
「何が起きてんだよ」
人間ではないことは明らかだった。
カーブの先から対向車がハイビームを焚いてやって来てミラーから目を離してしまった。
そうするとまた、もう一席前に移動している。
「次は、東山霊園前、ひgザーーーー」
と突然ノイズが入り聞こえなくなってしまった。
すると今度は「ガタガタガタガタ……」とものを立てて「次止ま次次止まり次……」となり止まなくなった。
霊園前のバス停には着物をきた人や現代の人ではない姿をしている人たちが立っている……
次第に落ちていくスピード……
佐藤がブレーキを踏んでいるのではない。
「くそ、なんだよぉ。言うこと気いてくれよぉお」
ミラーを見るとさっきよりまた一席近づいて来ている。
そして気づくと既にバス停の前で止まろうとしていた。
プシュー
バス停の前で停車した。
佐藤は降りるチャンスだと思いシートベルトを外そうとするが、ボタンが動かない。
「夢か夢なんだよなそうに決まってる」
後ろを見てみるとどうやって入ったのかはわからないがさっきまでいなかったものが席を埋めている。
そして、それらが小さくそれぞれ何かをつぶやいている。
しかしそれらは先ほどからいる人影と共に中間の席に座ってこちらの方を向いている。
バスはまた、意図せず動き出す。
アクセルに足をかけてみるとなぜか下がっていて自分以外の何者かによって操作されているのがわかる。
速度は徐々に上がっていき、70キロを超えた。
どんどん寒気が強くなって、全身から冷たい汗が一気に出てきた。
ハンドルを握る手が強くなる。
(もう少し行くと長い降りだったな…緊急退避所があったはず。)
ダムの上を走るところまで出るとダム湖に突っ込んでいく車が見えた。
一台ではない、何台もだ。
雪が酷くなっていく。
後ろをみるとそれらは既に3メートル程まで近づいていて、声が聞こえる。
「助けて……助けて……助けて……ねえ……助けて」
それはこちらに一歩また一歩と近づいてくる。
その間、それは
「助けて……助けて……助けに来てよ」
ハンドルから手が離れないことに気がついた。
それは横までくると、俺の手を握りハンドルが動かないようにしていた。
握っている手は冷たくこの世の物ではない感触だった。
そして、急カーブが見えてきた。
『東山の道には昔から魔のカーブがある。』
そんな噂を聞いたことがあった。
一見どこにでもあるような普通のカーブだがなぜかそこだけ事故が多発する。
車や、道に原因があるわけではないし、ただ曲がれず突っ込んでいく。
ふとそんなことが頭の中を駆け巡った。
カーブに差しかかった瞬間
「ケケ……クケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ」
と突如笑い出した。
ハンドルは動かない。
そのまま真っ直ぐ進む。
ガードレールにあたり、ギギギギギギギと擦れる音が鳴った直後、ガコと鳴ってガードレールがとれてバスは谷の下に消えていった。
佐藤の記憶はここで途絶えていた。
佐藤の次に覚えている記憶は病院のベットで目を覚ました時だった。
起きようとするが、体のあちこちが痛かった。
「いてててて」
頭を上げて見てみると足を骨折しているだけらしく、他には特にないようだった。
少しするとナースが入ってきて、医者を呼びに行く前に少し話を聞いた。
日付けや自分がどういう状況なのかを質問した。
「今は1月15日ですよ。あなた、三週間も寝ていたのよ」
「お医者さん呼んできますから」
と言って部屋から出て行ってしまった。
そのあとすぐ、医者が来て怪我の具合を聞かされた。
「右足の骨折と胸の強打で肋骨が折れています。退院まで四週間、全治二ヶ月ぐらいです」
「そうですか……」
「そんなに落ち込まないでください、あんな事故で、これだけで済んでよかったですよ。今日は安静にしていてください。明日から検査を行いますので。それでは」
と言って部屋から出て行った。
次の日は検査を受け、骨折の他に障害がないことがわかった。
その次の日は警察の人が来て事故現場の写真を見せられ、事故の経緯を聞かれた。
「ガードレールを突き破って谷に落ち、巨大な岩に引っかかるようにして止まり、たまたま運転席付近だけ潰れていなかった。というのがあなたが助かった理由ですが、どうしてブレーキ痕もなく、突っ込んで行ったのです?」
「……」
「バスの車内カメラのデータが残っていたので見ましたよ。あなた、後ろをやたらと気にしていたようですね。気になってバスの路線周辺のカメラを確認しましたよ。煽り運転を受けていたわけでもなく、普通に走っていたようでした」
「……」
何をどう話そうか考えていると、
「昔から、似たような事故が多発しているんですよ。同じ場所、似た時間帯にね。死者も出ていて、大体の生存者はこういうんです。『人間ではない、何かに操られていた』と、あなたが何もしゃべれていないのはこんな現実離れした話だから、そうではありませんか?」
「……はい」
「やはりそうですか。我々もガードレールの強度を上げるなどして対策していたつもりなのですが対策不足で申し訳ない」
「謝らないで下さい。それよりこんな事故理由信じてるんですか?」
「ええ、新人の頃は信じていませんでしたよ。ですが、同じような事故が過去にあったのと、似たような事故が多発していたので信じざる負えなくなってきた、そんなところですよ。ほかに聞きたいことなどありますか?」
「とくにはないです」
「私も聞きたいことは聞けたのでこれで」
と言って、写真を片付け始めたが写真をベットの上に落してしまった。
「おっと、失礼」
落してしまった写真を警察の人と拾う。
その中の一枚に目がとまる。
「この写真は?」
「ああ、この写真ですか。岩の下にあった祠の残骸ですね。今回の事故で壊れてしまったのでしょう」
「そうですか」
写真を集め終わり刑事さんは帰ってしまった。
一ヶ月後無事退院し、無事に会社に復帰した。
事故から1年が経ち、バスの乗務を続けている。
あの事故から、あの場所で事故が起こることはなくなったらしい。
やはり、あの霊たちが事故を引き起こしていたのだろうか。
そうだとしたら、あの霊たちは、写真の祠に何らかの関係があったのだろう。
あの峠 Ss @b787a380
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