第5話 駄作
「はぁ、はぁ……んだよ、なんで、こんな……」
あいつらのセンスがおかしい。だって、この国では確かに受け入れられてるんだ。それは売り上げやアニメの影響が証明してる。実はミュージカルや映画なんて話だって上がってきてる。実写ドラマは既に撮影が始まってる。たかが十数人の意見なんて数パーセントにも満たない。
それでも胸に残る、刺されたみたいな痛み。胃を下から蹴り上げられたみたいな吐き気に苛立った。何か気を紛らわすもの。一心不乱にスマートフォンを取り出し、お気に入りに入っているサイトを表示する。
☆フクバン最高!推しキャラを語るスレ part.17
匿名掲示板に書かれているのは、キャラクターへの愛。指摘や意見があっても、作品への想いが伴っていて、自然と受け入れることが出来る。
傷ついた心が、少しずつ癒えていくのが分かる。激しかった心拍数も落ち着いてくる。けれど、ふと思い出す。アニメ化が決まった時は一ヶ月でpart5〜15まで進んでいたはずだ。それが半年経っても二つしか進んでいない。
いや、そんなことを考えていても仕方ない。ネガティブになるな。自己暗示するも、飛び込んでくるコメントは。
【もうオワコンだろw】
【てか続編おもんな】
【キャラも完全に焼き増し】
【これはパクリ説濃厚】
【スポンサー編集真っ青】
「ッ……!」
全身の血が沸騰したように、目の前が歪む。声にならない声、喉の奥が焼けるような感覚に嘔吐きながら、トイレの扉を思い切り殴った。手の甲からは血が流れていた。けれど、うまく痛みを感じない。
「クソッ!!!! どいつもこいつも、好き勝手言いやがって……俺は、俺は天才原作家だぞ……最速アニメ化を果たした、トップクリエイターの俺を馬鹿に出来るだけの才能や実績があるのか、あるわけ……あるわけないよなぁ……!!」
激昂しながら一人叫ぶ。肩で息をして、少しずつ落ち着きを取り戻す。今更誰かが聞いていたらと気にする余裕もなかったが、個室から出た時には誰もいなかった。
しかし、個室に籠もってからそれなりの時間が経っている。不自然に抜け出していたことも悟られていれば、誰かがトイレに付いてきた可能性もある。そうなれば先の醜態も一瞬で広まるだろう。
先まで平気だったのに、急にそれが恐怖に感じた。あの視線に、軽蔑の眼差しが堪えられない。いや、俺には、俺にはあの作品があるんだ。あの作品が。
と、そんな時目の前に現れたのが。
「……あ」
「あ、ごめん」
軽く謝ってきた女子は、中乃林だった。何で、俺を追いかけてきたのか。一瞬で全身が震え、脂汗が滲む。
けれどよく考えれば、トイレに向かう道中だ。すれ違いざまぼうっとしていた俺に対して謝ってきた彼女は、俺の存在に全く興味がないように見えた。
そうして半身になってすれ違う瞬間、震える声が漏れ出た。
「……あ、あのさ」
「え? あ、私?」
「そ、その。俺のこと、覚えてる?」
自分でも後悔しながら、そんなことを聞いた。彼女は純粋に不思議そうな顔をして返事をした。そして少ししてから、笑って答えた。
「ごめん、ちょっと思い出せない」
その微笑みに、思わず眉が動いてしまっただろう。幾度となく見てきた愛想笑いだ。それくらい分かる。そりゃ、覚えていなくたって、この俺の見た目を見て好印象は抱かない。加えてトイレに行く途中、こんな男に絡まれて二人きりなんてのは不服だろう。
だが、彼女には責任がある。
「あぁ、そう、そうだよね。……さっき話してるの聞いてたけど、フクバンのこと知ってるんだって? 原作、全部読んだの?」
「え、あ、いや……別に……」
「読んでないんだ。なのに、あんなこと言ってたんだ。へぇ、そう」
「……」
彼女の顔から、段々と愛想が消えていくのが分かった。見慣れた嫌悪の表情。彼女は小さく溜息を吐いて踵を返す。けれどそれは今、俺にとって火種にしかならなかった。
「ねぇ、いや、おい……な、何が不満なんだよ。なぁ」
「ちょっ……」
腕を掴んで、そのまま廊下の壁に強引に追い込んだ。声は震えて、手も震えて。けれど本気でこの女が敵だと、ここで倒さなければと思って。
「何の根拠で童貞っぽいなんて言ったんだよ」
「ご、ごめんって、そんな深い意味で言ったんじゃないんだよ。周りも盛り上がるかなって、その場の雰囲気で」
彼女は必死に弁解していた。怯えているというより、半分は苛立っているみたいだった。俺は彼女がそんな言葉を使うだけで、心底落胆した。結局彼女もまた焼き増しされた存在。首筋を引っ掻きながら、顔を近づける。
「その場の雰囲気で否定するのか!? 他人の人生を! 俺の価値を!! ふざけるなよクソビッチが!!」
「そ、そんなに本気で好きな人がいるなんて、思わなくって……あ、謝るから……」
唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。それが妙に心地良くて、思い出していた。そうだ、これが本来の俺のポジションじゃないか。だって俺は。
金を払えば、女だって付いてくる。お前みたいな三十路過ぎじゃなく、十代を手に入れることだって出来る。その気になれば、豪邸だってなんだって手に入る。それだけの価値があるんだ。
昂る感情とは裏腹に、言葉は震える。彼女を見据えて、言葉を探す。
「は、謝る? 俺はさ……神、創造主だ。分かるか? 供給されるだけの凡人が……どうせそんな文句を言うだけのお前は本も買ってない、アニメも金出して観たわけじゃないんだろ? 文句言うだけ言って、人を傷つけて知らん顔しやがって……そんな奴に上辺だけの謝罪されたって何の気も収まらねぇんだよ。作る側の俺が上で、お前らは下だろうが!!」
「ッ……い、嫌!! 離して!! 頭おかしいんじゃないの!」
遂に我慢の限界で、彼女が抵抗し、叫び出す。一瞬頭を過ぎるが、もはや理性が効かなかった。
反射的に彼女を抑え込むと、バランスを崩して倒れ込んでしまう。しかし、そのまま力づくで彼女に覆い被されば、首元に右手を添えた。初めて感じる、自分以外の頸部の体温。圧倒的な優位。生殺与奪を握る快感に、今すぐ力が入りそうになってしまう。
彼女は一瞬混乱して、叫び出しそうになる。それを見た瞬間、軽く体重を加えた。響く手前の悲鳴は呆気なく掻き消されて。
「ッ……が、はっ……!!」
「な、こんなことで殺されるなんて思わないだろ。でも、自業自得だろ。……死んでくれよ。お前みたいな奴は皆死ね。俺が殺してやる。何百回でも殺してやったよ、脳内でも小説の中でも。それでも足りない。理想でもダメ、現実でもダメってさ。理想に逃げてんのは、誰のせいだよ。結局お前らが、現実でのうのうと生きてるからだ。じゃあ、こうするしかないじゃん」
ふふ、と小さな笑い声が漏れていた。少ししてから自分の声だと認識できた。彼女は両手両足をバタバタさせていたが、抵抗できるはずもない。二倍以上の体重差。小柄なお前をどれだけ眺めてきたと思ってるんだ。
「中乃林」
名前を読んだ瞬間、彼女の顔に絶望が映った気がした。左手で首筋を血が滲むほどに引っ掻いて、ゆっくりと右腕に体重を掛けた。
瞬間、後頭部に鈍痛が走って、そのまま意識が飛んだ。
**
*
男がテレビを付けるとニュースが流れた。
──次のニュースです。昨夜未明、人気アニメ「復讐へのバージンロード」の作者として活動していた若岳獣次容疑者が殺人未遂の容疑で逮捕されました。若岳容疑者は八瀬 陣というペンネームで活動し、「復讐へのバージンロード」を含む3作を執筆、特に「復讐のバージンロード」の原作小説はシリーズ1000万部を記録する大ヒット作となり、テレビアニメや実写ドラマも放映されています。若者を中心に絶大な人気があった本作ですが、作者の正体が明かされていないということも、人気の一つとされていました。
今回被害に遭ったのは同級生の女性と見られ、被害女性は警察にその理由を明らかにしていません。また、若岳容疑者は今回の容疑に対して「本当に作りたいものが作れなかったことが最大の後悔です」と供述しており、警察は今回の事件と作品との関連性を調べて──
ニュースの途中でテレビを消すと、男はパソコンを立ち上げてコーヒーを啜る。
男はとあるサイトを開き、意気揚々とタイピングしていく。
「有名になったって、人殺しじゃあねぇ。面白くない小説を無理して書くから、そんなことになるんだよ。はっ、ざまあみろ」
了
拙作のアゴニー eLe(エル) @gray_trans
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