第4話 乖離

 勧善懲悪、倍返し。後悔と反省、それに見合う代償を払ってもらうこと。他人を傷つけた人間には当然の報いだ。


 今何も知らない彼らが、作者が俺であるという事実を知った時、どうなるだろうか。

 

 落胆し、作品を嫌悪する。それもいい。これまで周りの流行に乗っかって、コンテンツの表面だけを舐めとってきた代償だ。それまでの時間を無駄にしたという後悔、後味の悪さを与えただけでも復讐は成功している。


 作品を純粋に好きでいてくれる人は、素直に見直すだろう。そうなれば俺自体を嫌悪している輩は面白くない。だが、そいつらにできることは何もない。元々他人を貶めて楽しもうとしている連中、何の才能も価値も持っていないのだ。人の足を引っ張り、自分と同じ土俵に引き摺り下ろしてくることだけが勝つ手段だったのだから。


 そうなればむしろ、掌を返して擦り寄ってくるハイエナがいるかもしれない。有名人と仲良くなりたい男。猫撫で声で身体を売って、俺の印税を目当てにする女。それはそれで気持ちがいい。だが、俺の外見だけを見て差別し、見て見ぬ振りをした過去は消えない。もしそんなことがあれば、その気だけ見せて捨てるのも楽しいだろうか。


 つまり、成功した俺こそが最適解。未だ乏しい想像力で俺を蔑む連中は、既に頸部を掴まれている事に気がついていない。俺が公表さえすれば、自動的に後悔することになるのはお前たちだというのに。


 だが、やはりそんなことをするエネルギーがもったいないし、リスクが見合わない。少しくらい誰かに自慢してやろうかと思ったが、雑魚に言った所で信じまい。負け犬の遠吠えと思えばこの眼差しも気持ちがいいものだ。


 そんな風に内心意気揚々としながら歩き続けていると、


「いや、それがあれって盗作らしいぜ?」


 そんな声に思わず立ち止まる。


「え、フクバンが?」


「そうそう、所々のエピソードがいろんな漫画の寄せ集めなんだって」


「マジで? あんなに流行ってんのに、やばいじゃん」


「だとしたらめっちゃショックなんだけど〜」


 おいおい、ふざけるな。あれは俺のオリジナルで、唯一無二の作品だ。そう強く喉の奥で叫ぶ。が、彼らの噂話を止める術はなく。


「てか、復讐なんて今更って感じじゃね? 俺は微妙だなー」


「うーん、まあ私もこの流行りが終わったら流石に見ないと思うけど」


「私も友達の子供がハマってたから見てただけ派」


「それにさ、なんていうか」


 最後に聞こえてきた、その声にふと記憶が蘇る。中乃林なかのばやしだ。小柄な見た目は変わっておらず、何となく近寄りがたいミステリアスな雰囲気と、寡黙な佇まいが好きだった。何度も図書室で見かけては、話しかける妄想をした。けれどそれは叶わず、彼女が自分の中で理想的な文学少女であることは今も変わっていない。


 けれど今は、普通のOLだった。ゆっくりと、記憶にヒビが入っていく音がした。焼き増しされたみたいな化粧顔、見分けのつかない服装。周りに合わせて口角を上げて、失笑を含んだ声で言い放ったのは。


「童貞が作ったっぽい、って友達が言ってて。正直分かる気がする、って話してた」


 瞬間、周りがどっと湧く。


「そう! そうそう、俺もそれめっちゃ思ってた! だよな!? あんだけ流行ってるけど、根はヲタクっぽいっていうか」


「分かるー! 中々言えないんだよね、結構本気のファンとかいるしさー?」


「別にテーマはいいけど、必ず悪が負けるとか、悪が本気で悪いことばっかりする、みたいな目線が安っぽくて、韓国ドラマとは違う気がするんだよね」


「まあそれはネット小説あるあるって奴? もっと低年齢向きなのかも?」


「どっか裏の力で売りたいだけじゃない? 売れてるだけで、全然面白くないって言ってる人結構いるよ」


 次々に湧き出る批判。一つ一つの言葉が耳を通り抜け、砂嵐の中にいるみたいに息苦しくなっていく。


 その火種を作ったのが、まさか彼女だなんて。いや、別に今更女性に期待なんてしていない。けれど、低俗ないじめっ子ならまだしも、本を嗜む彼女がネガティブな意見を持っていることが信じられなかった。


 違う、俺は正しい。俺は売れてるんだ。求められてるんだ。


 偶然、彼女が求めている文章が書けていなかった? もっと文学的に寄せるべきだったのか? いや、全て読破していない可能性だってある。


 俺は、無意識のうちに決めつけていたのかもしれない。理想で憧れだった彼女が、自分の作品を読んで感動し、気づけば反対に憧れを抱かれている。そんな妄想が、有名になっていくうちに真実のような気がして。いや、真実に違いなかった。俺の作品はシリーズ累計一千万部以上売れているんだ。


 そう言い聞かせても、目眩がして仕方なかった。周りが何を言っているか聞こえなくても、盛り上がっているのを見るだけで吐き気がした。


 逃げないと。フラついてテーブルに手をつくと、会場の人が声をかけてきた。その手を振り払ってトイレを探し、個室に飛び込んだ。


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